第6話:ダンジョン
大宝の天災以来、世界中の物は
そこら辺の雑草も、学校の前に生えている木も、そこら辺に落ちている石ころさえも、微量の魔力を含んでいるのだ。
そんな魔力が普通より遙かに多く存在する場所のことを人々はダンジョンと呼んだ。
ダンジョン――それは地域であったり洞窟であったり、若しくは古い建物であったりする、魔力を多量にため込んだ場所の事。
ダンジョンの中には外とは比べものにならないほどの魔力が満ちており、それを求めて多くの魔物がやってくる。弱い物は淘汰され、ダンジョンの中には強い生物だけが生き残る。勝ち残った物はダンジョンに満ちる多くの魔力を吸収しより強く、負けた物は勝者の養分として消えていく。
そんな過酷な環境であるから、生き残った魔物は信じられないほどの強さになっていることが多い。そしてそんな環境で手に入る魔物の素材は信じられないほど高値で取引される。だからダンジョンというのは全ハンターが目標とする場所であると同時に、殆どのハンターにとっては畏怖の対象でもあった。
生半可な装備でダンジョンに入れば生きては出られない。
それがハンターの間での常識だったのだ。知能の低い魔物でさえ中から漂う圧倒的強者の気配を感じ取り、決して奥に立ち入ることは無いと言われている。
希望の無い中で1年近く見苦しくハンターを続けたのだ、当然そんな噂を知らないはずも無かった。
しかし他に選択肢は無い。このままここに居れば殆ど確実に魔物と遭遇し、悪くすればそのまま死んでしまうだろう。上手くその魔物から逃げ出してもこの広大な森をなんの手がかりも成しに脱出出来るとも思えない。
「少なくとも……中に入れば魔物と遭遇する可能性は低い」
ただ出会う魔物が馬鹿みたいに強くなるだけだ。
こんな2択、最早好みで選んでも結果は同じように思われるが……
――バウバウバウッ!!
そんな風に悩んでいたら狼の吠え声が聞こえてきた。
もう悩める時間は無い!
覚悟を決めるしか無さそうだ。
一つ深呼吸をしてから、10メートル先も見えない暗闇を奥に向かって進んでいった。
* * * * *
しばらく進むと薄暗かった道がボンヤリと明るくなり始めた。
光源を探すと所々に点在している石が淡く光っていることに気がついた。
「へ~、これが
噂には聞いたことがあったが実際に見るのは初めてだった。
石の中には魔力を一定量吸うと光り始める物があるのだそうで、そういう石はまとめて夜光石と呼ばれている。当然漂う魔力量の多いダンジョンの中ではありふれた物らしいのだが、万年レベル7の雑魚ハンターが見たことがあるはずもなかった。
まじまじとそれを見ているとなんだか美味しそうに見えてきた。
――ごくっ
考えてみればもう昨日から何も食べていない。
あふれ出る生唾を飲み込む。
ちょっとだけなら食べられたりしないだろうか……
確か南米かどこかの国では土だか石だかを食べるらしいし……
転がっていた小さめの石で夜光石を叩く。
思ったよりも簡単に砕けた。
砕けた夜光石は小さくなってもまだ光っていた。
見れば見るほど飴のようで美味しそうに見える。
ボロボロと地面に落ちた欠片のうち、一番小さな欠片を服で吹いてから口に入れた。恐る恐る口の中でコロコロと転がしてみる。
「…………まずい」
土臭いというか鉄くさいというか、簡単に言えばまずかった。
普通に考えればただの光る石なのだから美味しいわけも無かったのだが、頭痛と空腹でまともな思考が阻害されていたのだ。
食べ物でも無いのだからさっさと吐き出してしまおう。
そう思って地面に吐き出すと、口に入れる前まではボンヤリと光っていた石が光を放たなくなっていた。
「……あれ、そういえばさっきより頭が痛くないような」
もしかすると、もしかするのかも知れない。
目を凝らして能力値を確認した。
【名前】カザマ・セロ
【種族】風の下級精霊
【状態】空腹、魔力不足
【レベル】9
【HP(体力)】1.8/8
【MP(魔力)】43/1083
【STR(筋力)】3.4
【VIT(耐久)】4.9
【DEX(器用)】13.2
【INT(知力)】185
【AGI(敏捷)】26.4
【称号】黒き風の支配者
【
「魔力が回復してる……」
石が蓄えていた魔力を吸い取ったということだろうか?
……人間にそんなことが出来るのだろうか?
少なくとも夜光石を口に含むと魔力を回復できるなんて言う話は聞いたことがない。だとするといよいよ自分が人間らしくないような気がしてくるが……
「まぁ今は考えなくていいか」
自分に言い聞かせるようにそう呟くと、もうそれについて考えるのは辞めた。
今一番に考えるべきなのはどうやってこの森を脱出するかだ。
持ってきた荷物もあいつらに持って行かれてしまったし、そもそもこの森についてもあまり調べられていない。
一番確実なのはまっすぐ歩いて行くことだが、5000ヘクタールもの森をそう簡単には抜けられないだろう。
だとすると他のハンターを探したり、彼らに見つけてもらうのが一番良いように思われる。……けどそもそものハンターの絶対数が少ないから広い森のなかでそう簡単に会えるとも思えない。
大声で叫んだりすればハンターより先に魔物に見つけられてしまうだろう。
だとすると……もう、どうしようも無いな。
この森の中で生きていく事を考えた方が良いかもしれない。
そんな風に色々と考えていたときだった。
左手の暗闇から重たい足音が聞こえてきた。
すぐに立ち上がって臨戦態勢をとる。
――ズシンっズシンっ
夜光石でボンヤリと光る洞窟の奥に、そいつの姿が見えてきた。
正式な名前は知らなかったが、聞かなくてもなんとなく想像がついた。
岩で出来た体、目玉がある位置にハマっている宝石、きっとゴーレムとかいう名前なのだろう。
そのゴーレムはズシンズシンと近づいてきて、明らかに俺の方をむいていた。
想像の中にいるゴーレムよりも断然動きが素早い。
逃げよう
見た瞬間にそう思った。勝算の無い戦いは避けるべきだ。もし体力に余裕があって何人かのパーティで来ているのだとすれば戦ってみても良かったかも知れないが、こちらはHPが残り1.8、MPが残り43なのだ。そんな余裕はどこにも無い。
そう決めるとすぐに後ろを向いて走り出した。落ちていた夜光石を拾えるだけ拾っておいた。
もう入り口がどこにあるのかも分からなかったが、取り敢えず走った。
しばらくしてゴーレムが撒けたことを確認すると、夜光石をポンポンと口に放った。美味しくないとか人間らしくないとか、そんなことを言っている余裕は無いことを実感した。
持ってきた夜光石を全てなめると、MPは800近くまで回復していた。
「やばいな……」
そう、その通り、やばいのだ。ダンジョンの中で迷子になっているのだから。
しかももっとヤバいことに、近くから何かの叫び声が聞こえる。
なるべく音のしない方に進んできたつもりだったのだが、気がつけば右からも左からも何かしらの音が聞こえている。
取り敢えずここから離れようと、音が近くないことを確認してソロソロと移動する。
そうして移動すること5分、どういう訳か目の前に俺の事をひと呑みに出来そうなでかい蛇がとぐろを巻いていた。
(俺はなんて運がわるいんだろうか…………)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます