第4話:進化

 目の前には牙が1メートルもある猿の顔があり、体は蔓で縛られている。

 誰がどう見ても絶体絶命だろう。

――グギャオオォォ!!!!

 納豆と牛乳を煮詰めたような、最悪の口臭が襲ってくる。

 真っ赤な二つの目玉が俺の方を見つめている。


「…………あぁ」


 さっきまで頭を埋め尽くしていた怒りと恨みが急速に萎んでいくのを感じた。

 もう多分駄目だろう。

 猿に食い殺される未来しか見えない。

 掌に魔力を集めようとするが、絡みついた蔓が魔力の流れを邪魔してくる。

 唯一自由に動くのは首だけだが、首を動かして出来ることなど高が知れている。


 猿はゆったりと俺を眺め回しながらガチガチと牙を噛み鳴らした。そして口を大きく開いて近づいてくる。

 脈絡のない映像が頭の中を駆け巡った。

 走馬灯というやつだろうか?

 そして視界が暗くなった。


* * * * *

 

「現在の肉体が修復不可能な損傷を受けました。条件が満たされました。進化を開始します」


 真っ暗な世界でそんな声が聞こえてきた。今まで聞いたことのあるどの声とも似ていて誰の声でもない、そんなおかしな声だった。


 次の瞬間、体中をもの凄い熱が包み込んだ。かと思うと次の瞬間には芯から凍えそうな寒さを感じた。体中が切り刻まれるかのような痛みが続き、頭の中を意味不明な言葉が飛び交った。

 真っ暗だった視界がチカチカと点滅し、レベル7で止まっていたはずの俺の能力値が表示された。


【名前】カザマ・セロ

【種族】風の下級精霊

【状態】—

【レベル】1

【HP(体力)】5.6/6

【MP(魔力)】640/847

【STR(筋力)】2.6

【VIT(耐久)】4.3

【DEX(器用)】10.8

【INT(知力)】157.3

【AGI(敏捷)】19.4

【称号】―

【スキル】残りスキルポイント108


(…………え? どういうことだ? レベルが1に戻ってる!? けどMP

とかAGIはすごい伸びてる…………しかも風の下級精霊ってどういうことだ? 俺が精霊になったってことか?)


 魔物は大量の魔力を吸収したり、何かしらの原因によって急激にその姿を変化させることがある。ハンターの間ではそれは進化と呼ばれていて、よく知られている現象だった。

 けど俺は人間だ。そんな……そんな魔物みたいなことがおこるわけが無い!

 しかしそんな俺の思いとは関係なく、目の前の文字に新しい文字が追加された。


祝福スキルを選択して下さい》

・風魔王の才能(108)

・風神王の加護(108)

・雷神の加護(108)


(…………意味がわからない。一体なにが起こってるんだ?)

 戸惑っているとまたあの声が聞こえてきた。


「あと30秒で世界への介入を終了します。30、29」


 そういってカウントダウンをし始めた。

(ど、ドレ選べばいいんだよ! 説明も何も無かったら選びようが無いだろ!)

 しかしそんな事をいっている間にもカウントダウンは進んでいく。


「20、19、18」


(あ~もう考えても駄目だ。直感で選ぼう。雷神の加護は3つの中だとなんとなく弱そうだからなしとして、風神王か風魔王のどっちかなんだよな。…………加護と才能ってどう違うんだよ)

 一般的に考えれば加護というのは後天的に与えられた守ってくれる力のようなものだろうか?

 それに対して才能といえば、先天的に生まれ持った自身の能力のような感覚だろう。

 だとすれば才能の方がいいような気もするが、風というのが気になる。どんな物語でも基本的に魔王は悪者だ。だとすると…………


「4、3、2」


 いやもうそんなに悠長に考えている暇はなさそうだ。

(風魔王! 風魔王の才能にする!!!!!)

 そう決めると目の前を黒い風が吹き荒れた。

 そして次の瞬間、一気に目の前が明るくなった。


* * * * *


 目を開けるとそこには信じられない大きさのケツがあった。上を見上げると腕の4本生えた猿が周りをキョロキョロと見回している。

 すると突然こちらを振り返り、もの凄い形相で吠え始めた。

――ギャオオオォォ!!!!


 気がつくと体が勝手に動いていた。

 右手を体の前に構える。腕に力を込める。

 すると黒い風が掌に集まり始めた。

 しばらくすると直系50センチほどの黒い球ができあがった。

 猿は更に必死になって吠え始めていたが、そんなものは聞こえなくなるほどの風が当たりに吹き荒れていた。

 あまりのエネルギー量に手が震え始めている。

 今にも爆発しそうなその右手から、一気に力を解き放った。


――チュドォォォオオオン!!!! ゴオオオオォォオオオオ!!!!!


 黒い風は目の前の猿を、森を、景色を、全て吹き飛ばしながら進んだ。

 衝撃波で森が震えた。足が地面にめり込んだ。

 まるでお伽噺か伝説に出てくるドラゴンのブレスの様な爆風を放ち終えると、もの凄い目眩が襲ってきた。

 巨人に抉り取られたかのような地面を前にして、俺はそのまま気絶した。



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