第7話 聞こえてしまった、少女の内側

 夜が更けていく。寝苦しいとまではいかないが、なかなか寝つかせてくれない夏の夜。私は窓を開けて月を見ていた。月には薄曇りがかかり、はっきりと姿を見せない。まるでそれが自分がどうしたらいいのか、明瞭に掴めない、私の心のようだった。


 昼間、優那に言われたことを何度も思い返す。

自分は今、どんな物語を書くのだろう。仕事を放り出して、島にまで来て、私はどんな物語を書きたいのだろう。

 島に来てからろくに電源をいれてないノートパソコンの電源をつける。起動音とともに、ぼんやりと光を浮かび上がらせた画面を見ているが、正直なにを書けばいいのか、分からなかった。本業は作家といえど、ぽいぽいアイデアやネタが思いつくタイプではないのだ。

 しばらく考えあぐねたが、一文字も打てなかった。自分には書くものがないのだろうかと肩の力を落としそうになったが……こうやってまた書こうとする意思も感じたことには、少しワクワクした。不思議なワクワク感だった。

 もう夜はだいぶ遅い、就寝しているものもいるだろうと、私は物音をたてないようにして一階に行った。

 少し移動して、月でも見て、気分転換しようと思ったのだ。しかし何か声が聞こえてきて、思わず立ち止まった。何かあったのだろうかと、恐る恐る声のする方を覗いてしまった。すると……。


 庭に秋雨と優那がいた。


「優那ちゃん、村田さんの声掛け断ったって聞いたよ、せっかくプロの作家が宿題を見てくれるってチャンスだったのに……それにそもそもお客さんなんだよ、無下にしちゃだめでしょう」


 優那は黙り込んでいた。心なしか、視線は明後日の方向を見ている気がする。


「夏休みが終わったら、お姉ちゃんのところに戻って学校に行かなきゃなんだし。不登校じゃなくなる……勉強に遅れたら大変だよ」


 私は軽く目を見開いた。優那は不登校だったのか……と。しかしそれ以上に釈然としない気持ちだった。秋雨の意見が気に食わない。確かに一見すれば、もっともな意見だ。授業に遅れがないように勉強も大事だし、客である私への配慮だって大事だろう。


 だが、優那の気持ちをちゃんと踏まえて、今の言葉は言っているのだろうか。


 優那は秋雨の言葉に何も言わない。たまに頷いたり、はいとは言うが、感情のこもっている感じがしない。

 なんとなく二人の間に割って入ってしまいたくなったが、大人の理性が止めて入る。

 人様の事情に、他人が入ってはいけない。

 それはそうなのだが……相手に対して無遠慮なだけではなく、私の印象も悪くなる可能性もあるが……。


 そうこうしていると、秋雨がため息をついていた。

優那の態度にほとほと呆れたようだ。優那を置いて、去っていく。話は一応終わったと見ていいだろうか。


 私も宿泊している部屋に戻ることにした。

長々とこんな暗い建物の影にいてもしょうがないだろう。

 また音をたてないように移動をはじめると……声をかけられた。


「今の話、聞いてたんでしょ」


 どこか疲れたような優那の声だった。

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