第十七章:最終幻想種=■■■■②

「まさか……」

 夜波藍端も流石に驚きを隠せていなかった。

「音信不通は意図的にそうしたからだ。俺が異界に逃げ込めば、誰も俺には気づけないだろう。最後の救命措置だ」

 異界に逃げ込むか…。

 私はルディアほど、頭が回るわけじゃないけど、たぶん彼の能力は「移動する能力」で、だからブラックホールみたいね変な空間でも、無視して移動できた。

 それで、きっと世界を越えて移動もできる…。

「加々野未紅。余計なことは考えるな」

 あと、会うたびに姿が違う…。

「おい、加々野未紅。俺はこれから別の場所へ向かう。向こうにも危機が迫っている。夜波藍端は、お前が倒すべきだ」

「分かってるわよ」

「そうか。では」

 音もなく彼は消えた。

 いや、彼女なのだろうか?

「何を……考えている?」

 夜波藍端は混乱していた。

「もし私がもう一度使ったら、彼女は死ぬ。私がもう一度、あの能力を使うだけで…」

「ええ。でもあたし、どうやら期待されてるみたい」

 自分で言ってて恥ずかしいけど、なんとなく分かる。

「こんな感じよね。誰かに任されるって。なんか悔しいけど、勇気が出てきたわ」

「そんなもの…」

 私は歩き出す。

 私が歩けるのなら、彼女だって歩けるかもしれない。

「藍端。アンタはどうするの?」

「私は…」

 彼女の杖を持つ手が震えているのが分かる。

 何故の恐怖であるか、私には分からない。

「誰も分かってくれないのが普通なんじゃん」

「それは」

 藍端が、鋭く声を上げる。

「それは、私が弱いからだった」

「そうよ。バカ」

 彼女は、裁かなければいけない。

 多くの人を巻き込み、命を奪った。

 でも、もしそれだけなら。

 私は彼女が許せなかった。けど彼女には、許される権利もまた、あるのではないだろうか。

 私はもう復讐はしない。なら、優しくしてもいいのかもしれない。

「夜波藍端は、今から死ぬ。永遠に蘇ることはない」

「でも」

「でも、あなたが愛した何かはどこかにあって、それはきっと人間なんだからさ。あとちょっとだけ、苦しんでみてもいいかもね」

 誰もが苦しみから解放されたいと願っている。

 夜波藍端、私はあなたのことが分からない。

 共感できない。仲間になれない。友達になれない。救えない。

 でも、以前よりは許せるし、悪くないと思える。

「ああ。殺せ」

「悪人は裁かれるべき…って、すごく大事な考え方よね。それが正しいか間違ってるかは分かんないけど、折り合いをつける、って意味で」



 炎の槍は、夜波藍端の胸を貫通し、黒く変色した。



「変色…?」



 しまった、と後ろから声が聞こえた。

 誰の声かは分からないけど、さっき聞いたかもしれない声だ。

 ばくんと心臓が高鳴る。

 弾け飛んだ私の右腕が、断線したケーブルのように見えて、血管は導線に、血の飛沫は火花に…。

 まさか、ここで?

 夜波藍端は何者だったんだ?


 夜波藍端は幻想種ではないのか?


 夜波藍端は全能の少女ではなかったのか?


 魔術師で、それで、彼女は……。













 私が目を覚ますのに、どれくらいたっただろうか。

 目を覚ますことは、生還を意味しているわけではなかった。

「起きたか」

 薄情そうな男性が歩いてくる。

 紫と銀の長髪、黒色の…白衣?を着ている。

 私はお花畑の真ん中に寝そべっていて、彼は私を見下ろしていた。

「もう少し持てば会えたのに、残念だ」

「あたし、死んだ?」

「事実、君は夜波藍端を殺し、別の者に殺された。私はそれを知りながら、介入できなかった。申し訳ない」

 何を謝られているんだろう。

「死者は蘇らず、過去は変えられない。これらはどれだけ魔術や魔法を行使しても、絶対に覆らない現象だ」

 当たり前だ、と呟く。

「だが一度だけ、その常識を破ることができる。私はこの神殿に、無限に等しいエネルギーを収束していた。死んだ君は蘇らないが、君に限りなく近い存在を呼び寄せることができる」

「偽物ってこと?」

「いいや、本物だとも。別の世界にいる君を、転生させるだけだ。転生は唯一の成功例がある。可能性はゼロじゃない」

「どれくらい?」

「多めに見積もると、9パーセント」

 はあ、とため息が出る。

「あたしが戻ることは?」

「………やってみるか」

 男は離れていった。なんだ、できるんだったら最初から…と言いかけた矢先、男は忠告した。

「丁度、死者を復活させることができないかを試していた。本来は“別の人間”に使うはずだったものだ。それを使うか?」

「生き返るはずの誰かが、死ぬことになるってこと?」

「ああ」

「どっちも助かる方法は?」

「わがままだな」

「死んでるんだからなんでもアリよ」

 男は渋々答えた。

「結論から述べる。“ある”」

「じゃあいいじゃない」

「簡単なことで、君がその生き返るはずの誰かを死なせなければいい。だがその生き返るはずの誰かが、この地球上にいる70億以上の人間の誰かは分からない。それでいて、助かる方法はある。この言葉が何を指すか分かるか?」

 ああ。

 私はこれから、一体どこにいるのか分からない生き返るべき人間を、死から救わなければいけない。

 もしかしたらもう死んでしまったかも、と諦めることはできない。彼がある、と言った以上は、必ず救えるはずなのだ。

 これからはその「知りもしない一人」を見つけ出し、その命を救わなければいけないという責任の呪縛に呑まれる。

 そんな面倒なことになるくらいなら、一人で死ぬほうがいいかもしれない。

「選ぶのは君だ、加々野未紅」

「そうね。やってやろうじゃない」

 まあ、この際だからなんでもいい。

 どうせ今蘇らないと、全部終わっちゃうんでしょ?と尋ねると、男はまた薄情に、そうだ、と答えた。

「だったら行くわ。絶対助ける」

「君が不幸に見舞われやすいのは、そういうところがあるからだな」

「そりゃどうも」

 さあ、行こうか。

 新しい荷物を背負ったけど、力もついてる。


「苦しいか?」


「ま、苦しいって言えてるうちは幸せだし」


「良い人生観だ。ルディアを頼んだぞ」


「え?」



 聞き馴染みのある言葉が聞こえたのと同時に、私の意識は戻っていく。





 目を見開く。

 最初にやるべきことは。

「おりゃあっ!」

 変色した槍を引き抜く。

 傷跡から誰かが覗いている。夜波藍端の中に、誰かがいる。

「なるほど、黒幕も全能も、夜波藍端じゃなかったってこと」

 もう一度炎の槍を突き刺す。

 そこで、袖を引かれた。

「未紅殿」

 その瞬間、ベルンが。

 私に代わって、傷跡から現れた奇妙な刃に、全身を引き裂かれた。


「お達者で、皆様」


 機械片が崩れ落ちる。

「ベルン…」

 社長が声を漏らす。

 だが悲劇は、これだけでは収まらなかった。


「あ……」


 シンさんは確かに、強力な外装に身を包んでいた。

 あらゆる攻撃を防げるであろう、彼の鎧は、あくまで彼を外敵から守ってくれるものだ。

 内側からの引き裂くような攻撃に対応していないのは、鎧である以上は当然だった。

 鎧の隙間から、滝のように血液が零れ落ちる。

「愚かだ。そう、最初から勝利はこちらの手中にあった」

 声は、おどろおどろしいものだった。

 相手の能力は…と、私が推測したところでどうなる。

「なんのためにこっちに戻ってきたのよ!あんたらも…あたしも!」

 そう自分を奮い立たせて、身構える。

 だがどうすればいい?相手はどこにいる?


 そこで、社長が声を上げた。

 目に焦りが見える。そして、今しかないという決意が。

 何かを心に決めた目だった。


「いいか、彼は篠谷有裏、二代目社長、能力は相手の能力をひとつ奪うのと、触れた人の内臓」


 そこで、社長は体を倒した。

「アインさん!舌が…」

「ああ……」

 吐息が、何かを伝えようとしている。

 もう喋れないながら、何かを教えようと…。

「流石はアンブラ=アルフィエーリ。クラウディオの娘。“やり直し”で最善を引いたか」

 彼は、社長の背中を突き破り、まるで羽化するかのように、血みどろのまま姿を現した。

「能力も知れてしまったか…。構わないが。厄介な奴は全員殺した」

 ここで、私はふと思い出した。

 私が救うべきだった人間っていうのは…。



 今さっき死んだこの人たちだったのではないか?



「厄介な奴は…?」

 この世界を守るために必要なものを、まさか私は、早速、守れなかったのか?




「最初から勝利していたのだ。君たちをここにおびき寄せるところまで、全て」




 出てきた男は、二つの目をこちらに向けて、赤一色で、死神のように佇んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る