第十七章:最終幻想種=■■■■①
廊下はまさかの一本道だった。
「セキュリティ管理がよわよわね」
「まあ、そもそも誰も入ってきませんし」
「ついたぜ。ここが最奥。おそらくはこの向こうに…」
「いえ、待ってください」
來さんが前に出る。
「お祈り短縮、菅眼!」
來さんの目が青く光る。
「向こうには人はいませんね。何かありますけど」
「何か?」
「はい。すごーく遠くに何か」
そのときだった。
未紅が振り向いた。
「ルディア、あれが来る!」
「はい!」
あれ、ということは。
振動は、ここの空気の振動。
― 汎用:大気、形式:振動 ―
音は逆波長で相殺できる。
「その向こう側には誰もいないぞ。加々野未紅」
彼女は足音も立てず、この冷ややかな空間でも一際の冷たさを感じさせるほどに、無機質だった。
「じゃあ幻想種はどこにいるんだ、夜波藍端」
「今、地上に放った」
シンさんが身を乗り出す。
「…は?」
「貴様らに捕まえられるくらいなら、どこかへ逃がした方がマシだ」
「おい、めんどくさいなお前」
「ああ」
まずい。計画が大きく変わる。
今ここにいるのは危険だ。相手をしている暇はない。今地上で、幻想種を対処できる人間はいない。
「出るのも難しいな」
「さあどうする? 貴様らは私を倒す以外に、先に進む方法はない」
彼女の言う通りだ。
いつかは戦う日が来ると思っていた。
こうして、勝敗をはっきりさせる日が来ることを。
私は先頭に立ち、シンさんが作った魔術杖を構える。
「皆さん、ここは私に任せてください。今の私なら、彼女に勝てるかもしれない。例え彼女が全能であっても、全力で振るう水銀魔術なら防戦は可能と見ています」
「いえルディア、あたしがやるわ」
未紅が私より一歩先に出る。だがそれ以上前に出ようとはしない。
「恨みがあるのはあたしのほうよ。それに、まだまだ聞かなきゃいけないこともあるし」
「でも、未紅だけじゃ」
「何言ってんの。今のあたしは、今までのあたしとは違って“あたしたち”なのよ」
未紅はいつか見たような、初めて会ったときに見たような、獣のような横顔を見せる。
「ルディアとみんなの力を使えば、物理的に脱出もできるんじゃない?あたしはあとからどうにかしてもらうとして、まずは目の前のアイツを殺すのが先よ」
「分かりました。未紅を信じます」
「信じられた…っと」
さて、と私は前を向く。
「アンタと戦うのは初めてね。初戦はルディアが相手してたから」
「そうだな。それで、貴様の能力は、私に勝るものなのか?」
「知らないわよ。ただ、能力がどうこう以前に、アンタを殺すことだけは確定してる」
「……楽観的か」
「慣れっこなのよ」
私の手のひらの刻印が赤く光る。
「炎の能力と軌道の能力の“組み合わせ”だな。本来、能力同士が組み合うことはあり得ない。背反する真理への意志が同調することはないはずだが」
「どうやら貴様は違うみたいだ、って?当たり前よ。あたしは一人じゃなくて二人。二つの能力があって当然というべきよ」
炎の線が、衛星軌道のようなものを描く。
「守護線」
「NIGHTWAVE」
音の振動が来る。
だがその強力な壊音波は、私の鼓膜には届かない。
炎は分子の振動。音と同じ、気体に干渉する能力。
「ね。ルディアよりあたしのほうが相性良いんじゃない?」
「そのようだ」
行こう、と声をかける。
渦巻いていた炎が、私に従う…いや、私と共にある槍に変わり、相手に突き進んでいく。
ばこん、と金属がへこむ音がした。
「貴様に直接攻撃はできなくとも、環境を変えればいい」
私は歪んだ廊下に足を取られてつまずく。
姿勢が崩れ、炎の槍が解かれる。なんとなく気づいていた。私が炎を操れるのは、対象を見ている間だけ。敵を明確に見据えているときだけが、私が勝利するための…。
すかさず壊音波が飛ぶ。廊下内に気色の悪い音が響き渡り、施設そのものがそのまま崩壊してしまうのではないかと思えるくらいだった。
それでも私は崩れない。
「もう一度!」
チャンスはまだある。敵が目の前にいる以上は。
炎の槍を携えて、姿勢を低くしたまま走る。
地面は…。
「どうしようというのだ。それ以上、貴様は近づけない」
後ろから何かに引かれた。
似たものを知っていた。それはルディアが飛行するときに使った「空間を歪ませる魔術」だ。
「アンタ、魔術師なの?」
「ああ…。私は以前、自らの手で魔術に到達した。異界のそれほど完成されてはいないが、最低限の万能としては成立している」
万能の能力…。それは魔術師が当然のように持つ強力無比な力。
私が持っているのは、「生まれついての力」と「椎奈の力」。
ああ、負けてないはずだ。
「炎は推進力になるかな…」
「不可能だ。私がもし、もう少し歪みを強くすれば、貴様は空間の穴に押しつぶされて死ぬ。私がそうしないのは、私が貴様をもう少しだけ“延命させたい”からだ」
「今更、情けでも湧いたのかしら」
「ああ。加々野未紅、本来貴様は我々の側に立つはずだったのだ」
「なんで何もかも奪ったアンタのほうにつかなきゃいけないのよ。あたしは」
それ以前に、と藍端は割り込んだ。
「貴様がかつて何によって苦しんだかは覚えていないのか?」
「それは…アンタが……」
いや、自分でも違うと分かっている。
違うわけではない。でも、完全にそうとも言い切れない。
私が、あのとき独りだったのは…。
「たしかに画策していたのは私だとも。貴様が“人類を滅ぼす側”につくため、人間によるどうしようもない孤独を味わうように仕向けたのは事実。だが実際に貴様に、汚らわしく忌むべき罵詈雑言を浴びせ、否定し、人格を破壊したのは、君の周囲にいた全ての人間ではなかったか?」
私は夜波藍端を許さない。だが許していないのは、彼女だけではなかった。
私を指さす同い年の子供たち、それをまるで眺めているだけの大人たち。
もしかしたら私は、家族さえも信じられていなかったのかもしれない。
もし、私が全てを家族に打ち明けられていたら?
「貴様の過去にもしもなどない。全ては計画通りだったのだから。貴様も幾度となく言っていたが、貴様の人生はあまりにも都合が良すぎる。我々が、貴様がまるで“悲劇のヒロイン”であるかのように仕立てるためにしたわけだが…なぜか貴様は人類を裏切らなかった」
夜波藍端の顔に感情はない。
何を考えているのか、全く掴めない。
彼女は霊長種選別委員会。人類を霊長類の座から引きずり下ろすために生まれた。
今なら聞けるかもしれない。
「夜波藍端。アンタの過去について教えてほしい。どうしてあたしを狙って、何を目的にしていたのか」
「嫌だと言ったら?」
「諦めるわ」
「らしくないな」
「わがまま言ってられないわよ」
夜波藍端はようやく、その色のない視線を床に落とした。
歪んだ地面を見つめながら、彼女は過去を語った。
自分の人格を疑ったことはあるか。
一度はあるだろうな。
「どうしようもないな、これ」
死を覚悟したことは?
真の意味では、人の大半は死について何も知らない。
誰も生きた者が、死を経験したことはないのだから。
私は死んだ。
生前私は、とある病に侵されていた。
つけられた病名は何だったかな。まあ、簡単に言えば“嘘つきの病”だ。
呪いのようだった。今思えば、それはもしかしたら一種の能力だったのかもしれない。
何の役にも立ちはしないがな。
真実を口にすることが禁じられたまま、私はまた呪われたように死んだ。
あのときも中学生だったか。
何か大切なものを愛していた気がした。
もはや記憶も曖昧だが、それでも私は真実を伝えられない。
大切だと口に出せない。
何も愛せなかった貴様とは逆だよ、加々野未紅。
私は普通の人間として普通を愛したのに、それを誰かに伝えることは叶わなかった。
私は幻想種として再生した。
■■■■によって第二の命を与えられ、そして願った。
「言葉なんて、私にとってただの音にすぎなかった。声で思いを伝える生物など、もはや特別でも何でもない。生命の進化の歴史は、やり直すべきだ」
結局、やり直すには至らなかった。
幻想種という種は、常に寡黙で優しかった。
私は人の手により無理やり蘇ったから、こうして言葉を使っているが。
いずれはまた、自ら命を絶つだろう。
「静かな世界で生きよう」
もっと、静かな世界に。
口を開くな。
呼吸をするな。
音を乗せるな。
人類は、あまりにも煩すぎる。
「それで、あたしを狙う理由は?」
「……おかしな理由だと笑うかもしれないがな。貴様がかつて、私が愛した人間に似ていた」
「はァ?」
「性別も性格も何から何まで違うのだが、その、CDに幻想種を閉じ込める能力を、私は生前聞いたことがあるような気がしたのだ。というのは個人的な理由で、本当はその能力が幻想種保護に向いていることや、精神を操作しやすいことがあった」
「バカだって言いたいわけ?」
「ああ。そう解釈してもらって構わない。だが、今ようやく分かったよ。私が愛していたのは、やはり貴様ではなかった。私は、私を愛してくれる偶像を愛していたのだな」
視線が戻った。
「世界の中に沈め、加々野未紅。やはり人類は、滅ぼすに相応しい」
私は静かに目を閉じる。
何が悪いのかも、もはや分からない。
私は彼女が嫌いだ。でも彼女も、私のことが嫌いだ。
ヤバい。
体が引きずり込まれていく。
「手を放すな。目を閉じていろ」
誰かが手をつないでいる。
人型であることしか分からない。
でも、このムカつく喋り方は…。
「さあ、特異点から脱出するぞ」
目を閉じる。ルディアから話は聞いていたから。
「NighT-WalK」
抜け出すのは一瞬だった。
今までは、いけ好かない奴だと思ってたけど。
正直、ちょっとだけ、その手は暖かく感じた。
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