第十六章:集積

 霊長種選別委員会との決戦から一週間。

 私たちはかつての落ち着きを取り戻し、体制の回復に向かっていた。

「來さん」

 今夜もこの工房にお邪魔している。

 だが今までとは違って、未紅と一緒だ。

「來さん、毎晩ここに籠ってるの?空気悪くない?」

「仕事ですしね…しかたないんですよ」

 彼女は今までに見たことのないものの製作に取り掛かっていた。

「それは?」

「ついこの前、ドレスさんから指令が来まして。十三の幻想種を打ち出すための兵器を作っておけって」

「へえ。兵器」

「幻想種たちを人とするなら、彼らが乗る戦闘機のようなものですね。ほら見てください、ちゃんと未紅ちゃんのディスクがセットできるようにしてあるんです」

「うん。ばっちり」

 未紅はすっかり、幻想種を利用することに抵抗がなくなっているようだった。

 これだけ聞くとなんだか良くないように聞こえるが、彼女の中に何らかの前向きな成長があったのは確かだ。

「ドレスさんの動きが活発になったということは、やはり決戦は近い」

「まったく、あの人何やってんだかよく分かんないわ。あたしたちのこと、もっと助けてくれればいいのに」

「きっと彼にも事情があるんですよ」

「みーんな隠し事」

 そうかもしれない。

 でももう私たちは、今度こそ嘘をつかなくていい。

 ここからは、フェアでいたいと思っている。

「未紅。戦えますか?」

「もちろんよ。前より強くなったみたいだし」

 以前より?と尋ねると、未紅は両手の平を私に差し出した。

「これは…」

「この前見てみたら、なんかへんな模様がついてたのよ。で、ぎゅーって念じると、燃える」

「燃えるんですか」

「それでね、それだけじゃないの。あたし、前までものの軌道が見えてたのは知ってるでしょ?いろんな物体が“動いてきた道”と“動いていく道”が、カラフルな光の線になって見えるわけ。でも今は、それと違う線が見える。この炎が辿る道が見えるの。しかも、操作もできちゃう!炎が辿る未来を変えられるのよ!」

 まさか。

 いや、彼女の“炎”の能力が発覚した時点で既に疑うべきだったのだ。

 未紅は、“第二の魔法”を発現した。

 私は魔法使いには詳しくないが、その「辿り着いた思想の真実から芽生える異能」という定義を踏まえるのであれば、魔法を二つ持つことは不可能のはずだ。

 それが可能なのは、根本的に人格が複数ある人間か、魔法自体が魔法の所有数に関係がある能力者かしかない。

 だが未紅はそのどちらにも当てはまっていない。

「難しそうな顔してるね。ルディア、また考え事してる?」

「…ええ。どうして未紅が、二種類の魔法を使えるのか、と思って」

「簡単よ。あたしには椎奈がいるもの」

 ああなるほど、と私は納得してしまった。

「どうして炎の能力なんでしょうね」

「椎奈昔、火についてへんなコト言ってた」

「なんですかそれ」

「秘密~」

「あ、隠し事」

 さて、雑談もこのあたりにして。

 私は來さんに目配せする。

「ごほん。それでは、次の幻想種についてですが」

「あとどれくらいいるんだっけ?」

「それが、前回捕獲した“三又の龍”と“霊長種選別委員会”で、全ての幻想種が双方どちらかの手に渡ったことになります」

「そうなの?」

「はい。なのであとは、相手方の幻想種3体を奪還すれば、任務は完了ということになります。と、ドレスさんから連絡が来ました」

「ということは、ドレスさんは敵陣にいるということですね?」

「はい。あの人の能力ほど、潜入に適したものはありませんね」

「はあ」

 残り三体の奪還。

 幻想種は、保存ではなく保護という形で、そのまま収容されているはずだ。

 未紅のディスクを借りて、私と來さんで突入するか。

「待って。あたしも行くわ」

「いえ、待っていた方がいいです。もし我々が全滅したときのためにも、控えのメンバーはいたほうが…」

「全滅させないためにいくのよ!頭が固いんだから」

 これは参った。

 たしかに、戦力の分散投入は悪手かもしれない。

 だが、現在我々が保護している幻想種を守り切るために控えは必要だ。こっちが三体取り戻す間に、十体持ってかれては戦況が逆転してしまう。

 そうだ。彼らからすれば、迎撃などほぼ無意味。逆にあちらが攻め手に回るしかない。

「いいえ、ルディアちゃん。僕たちには“時間”という制約があります。ドレスさんが言う決戦とは、恐らく第二次幻想種大規模侵攻。それに間に合わせなければ、ゲームオーバーです」

「では、こちらから攻めるしかないのですか…」

「やっぱドカンとやるしかないってわけね」

 であれば、逆か。

 相手は“いくらでも待つことができる”。

 一方で、私たちは一刻も早く取り戻さなければいけない。

「こちらの守りをゼロにして、短期決戦もアリですね」

「うん。僕も賛成。最悪、必要なものは全部持ってっちゃえばいい。肌身離さず持っておけば、死なない限りは奪われないでしょ?」

「そうですね。では來さんが持っていてください」

「了解です」

 このことは、あとで社長たちにも伝えておかなければいけない。

 決戦の日がどれだけ近いかは分からないが、できれば一週間以内に出発したい。

 ドレスさんを介して場所は特定できる。遠くなければいつでも襲撃できるはずだ。

「ルディア」

 未紅の、燃えるような明るい瞳が私を見つめている。

「焦らないで」

「はい。分かってます。もう間違えても、終末魔術なんて起動しませんよ」

「うん。よかった」







 そのあと、私は特に何もすることなく過ごした。

 ただ、私の故郷のことを想いながら。

 トオルさんは師匠の知り合いだと言っていた。

 師匠はあのとき、世界を超えてここに来たのだろう。

 でも、数万年も旅をしていたとも言っていた。

 …やっぱり、彼の行動は考えるだけ無駄だ。

 目的も動機も、彼にしか分からないもの。




 ここで、最近気になっていることがある。

 それは私を転生させたあの男についてだ。

 疑問一。彼の目的は何なのか。

 彼はあのとき、こう言っていた。

― 理由は自ずと分かるはずだ ―

― 新しい真実を探しておいで ―

― 君が望む、新しい世界のために ―

 ひとつだけ心当たりがあるのは、「新しい真実を探しておいで」という言葉。

 真実を探す、という行動は、魔法を開花させるものによく似ている。

 しかし…。


 ドアが開く。


「ルディアー寝るー」

「そうですか。部屋の電気、消しますか?」

「ルディアが起きてるならいいよ」

「いえ、私も寝ようと思っていました。消しましょう」

 まあ、きっといずれ分かることだ。

 今の段階では全て推測に過ぎない。

 仮説はあるが、どれも少しずつ矛盾している。

「魔法か…」

「え?」

「未紅は魔法使いですね」

「うん。どうだ、うらやましいか」

「いえ。私の世界では魔法使いはほとんどいませんでしたから、希少価値的にはうらやましいですが、この世界では逆です。魔術師は私だけですよ」

「ほんとかなぁ?実は他にもいたりして」

「ありえません。シンさんでさえできないと言ってたんですから」

「へえ。自信あるの?」

「はい」

「……なんかルディア、前よりおもしろくなったね」

「そうですか?」

「ムカつくこといえるようになってる」

「なんじゃそれ」

「ほら、そういうとことか」

 ムカつくことは言ってないと思うのだが。





 私以外の魔術師がいない保証。





 たしかに、そう言われると分からない。










「……NIGHTWAVE?」

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