第十四章:■■幻想■■=■■■■■■■■①

「加々野未紅の能力について、気づいたことがあります」

 全員が集まった中で、私はありのままを話す。

「彼女の能力は、火を操る能力とは違う。発火そのものが能力です」

「火が付く、という事象を司っているわけか」

「ええ。やっていることは魔術と同じ。あちら側の技術のひとつと見えます。そしてもうひとつ、ベルンさんが聞いた未紅の過去が本当なら、疑問点が浮かび上がります」

「何?」

「12年前の火災の原因が夜波藍端とするのであれば、ということです。彼女も私たちと同じ14歳ならば、当時2歳。2歳にして自発的に計画し、未紅の町を特定して、能力を使って未紅を陥れるなんてこと、できるはずがない」

「協力者がいた説は?」

「その可能性も考えられますが、私が提唱したいのは…」

「夜波藍端が本当に人間であるかどうかについてか」

「はい。私たちはもう一度、彼女が何者かについて考えなければいけない」

 そうだ。彼女はただの人間ではない。

 未紅とどんな関わりがある?なぜ彼女を狙った?

「ルディア殿、未紅殿はまだ何かを隠しています」

「分かっています。今からそれを暴かなければ。この、授かった命のために」

 胸に手を当てる。

 私の命は、もう私の命ではなくなった。

 私を救った、トオルさんの命。

「実にトオルらしい行動だ。実際、トオルの体にも限界が来ていたしね」

「現界、ですか?」

「トオルは以前の戦いで、下半身の感覚を失っていたんだ。正確には、命の半分なんだけどね。今まではシンの協力もあってなんとか、だったけど、彼ももう限界だと思ったんだろう。だから君に託したんだ。残り少ない命で君を救えるなら、って」

 神崎亨。

 かつて世界をその手で救った英雄が、最後に命を賭して守ったのは、たったひとりの“なんでもない少女”。

「そんな、そんなことって…」

「トオルが認めたんだ。君はこれから、生きていく価値がある。もしくは、生きなければいけないという責任がある」

 生きる責任。

 生きる義務。

「社長、行きたい場所があります」

「どこ?」

「次の幻想種の場所です」

 社長は不思議そうに首をかしげる。

「未紅があちら側についたのであれば、幻想種の保護を急ぐはずです。であれば、私たちも急がないと。それに…」

「未紅殿ともう一度会える、と推測しているのですね?」

 ベルンさんが頷く。

「社長、拙が同行します」

「うん。ベルンが行くなら安心だ。念のためシンも向かわせよう。來ちゃんも」

「総力戦ですね」

「そうだ。この戦いに、ケリをつけておいで」

 社長の目は私たちを勇気づけてくれている。

 私と同じ色の瞳。同じ色の髪が輝く。

 似ているのは、何かの偶然だろうか。

 私は、社長さんが好きじゃない。人情家に見えて冷酷で、明るく見えて冷静だ。

 でも彼女の本心が、読めないながらも、なんとなく善の性質なのは分かる。

 彼女の思いは、如何様であろうとも本物なのだ。

「いってらっしゃい」

 彼女の言葉を信じて、手を振る。

「いってきます」





 ベルンさんと一緒に、幻想種の出現場所に赴く。

 出現場所は、宇気比町。

 私たちが星空を見上げた宇気比山…は、もうないけど。

「緊張しますか?ルディア殿」

「いえ。むしろ楽しみです」

「すごいですね。怖いくらいです」

 ベルンさんは優しい人だ。

 髪の色も瞳の色も私たちにそっくりなのに、中身はまったく別人。

 気配りができて、それでいて戦っても強い。

 彼女の強さは能力によるものではなく、単純な身体能力の高さを利用したもの。

 一振りの薙刀を片手で操る。薙刀は対幻想種用の特別な一品で、シンさんに頼んで作ってもらったそうだ。

「未紅殿、お姉様を亡くしていたのですね」

「ベルンさん?」

「……実は、私も姉妹については複雑な思い出があるのです。少しだけ、聞いてもらえませんか?あの子のために、なにか分かることもあるかもしれません」

 私は何も言わないで、後ろから聞こえる物語に耳を傾けた。

「拙は姉と共にイタリアで生まれ、その後両親がすぐに亡くなりました。そのあと日本人の両親に拾われて、二人で日本で育つことになります。拙と姉はまったく性格も違いましたが、お互いのことを大切に思っていました。しかしある日、拙はどうしようもない失態を犯してしまったのです」

「失態、ですか?ベルンさんが?」

「はい。拙は“殺された”のです。拙が通っていた高校では、多数派による少数派の迫害が横行していたのです。拙はある日、ついに耐え切れなくなって、一人の生徒を守ってしまいました」

「守ってしまった…って、ベルンさんは助けただけですよね?」

「いいえ、助けてしまったのです。その日の放課後、その男子生徒は自殺しました」

 …自殺?

 どうして?

「人の感情とは難しいものなのです。救われたことが逆に、彼を追い詰めてしまったのかもしれない。『これは仕方のないことだ。どうしようもないことだ』と割り切っていた現実に、突然救いの手が差し伸べられては、当人は混乱するばかりで。人を救うとはどのようなことかを、深く考えさせられました。そして同時に償わなければいけなかった。人を救ってしまった罪を、どうしても贖いたかった。しかし、その罪滅ぼしさえできなかった。次の日、拙が死んでしまったから」

「………え?」

 死んで、しまった?

 じゃあ今ここにいるあなたは何者なんだ、ベルン?

「次に目をつけられたのは拙だったんです。拙は出血多量が原因で死亡しました。しかしそのあと、紆余曲折を経て、シン殿の手により蘇った。この、“機械の体”に、拙の魂を封入することによって」

「ベルンさんは…すごいです」

「そんなことないですよ」

「いえ。ベルンさんは望んで生き返ったのでしょう?罪を抱えたまま、それを償うために生きる道を選んだ」

「はい。それもそうですがもうひとつ、どうしても言葉を伝えたかった相手がいたんです」

「お姉さんですか」

「何も言えずに別れてしまいましたから」

 ということは。

 アンブロイド=ベルンシュタイン。あなたの正体は。

「まさか、本当にあなたが、社長の妹さんだったなんて」

「冗談だと思いました?残念、本当です。拙の生前の名前は旗手琥珀。アインことアンブラ=アルフィエーリの妹です」

「姉妹だけど苗字は違うんですね」

「はい。姉はイタリアの名で、拙は日本の名で呼ばれています。これもお互いの好みですけどね。生まれた場所はイタリアなのですが、育ちは日本なので、好きな方を選んだわけです」

「なるほど…」

「お姉様ったら、“琥珀のことはもう忘れる!”などと言っておきながら、拙にもう一度“アンブロイド”とわざわざ名前を与えたあたり、まだ未練は残っているようですね。嬉しいようで、悲しいような。恥ずかしくもあります」

 でも、ベルンさんは笑っていた。

「拙はあくまで、ただもう一度、別の人間として生み出される予定の存在でした。だから拙は既に、旗手琥珀ではなくなっているはずだった。でもシン殿が、お姉様には内緒で、生前の記憶も封入した」

「じゃあ、社長さんはベルンさんが生前の記憶を持っていることを知らないってことですか?」

「はい。なかなか言い出せずにいるんです」

「いつか言えるといいですね」

「…そうですね」

 さあ、そろそろ到着だ。

 始まりと終わりの地、宇気比町。





 宇気比町を包んでいたのは、巨大な霧だった。

「まずいです、ルディアさん。先についているはずの來殿、シン殿と連絡がつきません」

「この霧から電磁気の遮断効果が確認されています。きっとその影響です。彼らはまだ生きている」

 そのとき、霧を突き破るように、天に向かって赤い光が伸びた。

「あれは、シンさんの光線」

「やはり生きているようです。行きましょう」

 私たちは霧の中を降下し、二人と合流する。

「お、来たか」

「ルディアちゃん、ベルンさん。ヤバいんですよ、この霧…僕の術でもぜんぜん払えないし、まるで霧そのものが町にこびりついてるみたいに」

「空間そのものを冷却させて、空気中の水分を水蒸気に変えているんでしょうか。だとすると、これは魔法というよりかは“魔術”ですね」

「氾禅の互、使ってみますか?」

「いえ、それより相手の特性を調べるのが先です。この能力も相手の能力なのであれば……」

「まだ襲ってこないのにも理由がありそうです。シン殿、何か気づくことは?」

「俺のセンサーにもなにもかかってねえ。まさかこの町にいないのか?」

「そんなはずはありません」

 そのときだった。

 低い轟音が鳴り響いたと思えば、途端に背後に気配を感じた。

 近づいてくる。

 私たちが振り向くよりも先に。

「はあーっ!」

「ベルンさん!」

 ベルンさんの右腕に格納されていた薙刀が飛び出る。

 その見えない巨体に大きく弾かれた。

「お相手、大きいですね。シン殿、出番です」

「おうよ。対象視認、からの……」

 シンさんのアーマーの胸部から、大型の発光体が露出する。

「エネルギー収集、境界確保、空間圧縮砲、発射!」

 あの赤い光の束がもう一度、霧の中を進む。

 当たったのか?私には曖昧にしか分からない。

「いえ、当たっていません、シン殿!」

 そこで私たちは異変に気付く。

 シンさんがいないのだ。

「申し訳ありませんが使わせてもらいます!氾禅の互!」

 輝く霊符が竜巻となり、あたり一面の霧を吹き飛ばす。

 しかしシンさんの姿はどこにもない。

「痕跡もありませんね。一体どこに…」

「痕跡がない。不自然なことでしょうか?」

「はい。シン殿はああ見えてもトオル殿、お姉様、拙、Mr.Be殿、エト殿と共に世界を守った方です。さらわれるにしても、仲間のために何かしらの手がかりを残していくはずです」

 二人知らない人がいたが、今はおいておくか。

 たしかに、何も残さずにというのは、戦いのプロらしくはない。

「もしかすると、痕跡を残させないのが能力かもしれない。それがこの霧の本質か!」

 ぴたり、と何かが合う。

 分かった。

 足音が鳴る。

 すると先に、ベルンさんが動いた。

「お二人とも、全方位に注意をしてください」

「ぜ、全方位?」

「ええ。拙たちは既に囲まれていた、誘き寄せられていたんです。相手は“群れ”で動いているんです!」

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