第七章:夢/加々野未紅

 14年前、6月8日。

 私はたしか、どこかの小さな村で生まれた。

 父親は私が生まれたときには死んでいたし、母親も私を生んですぐに死んだ。

 私は村の孤児院に預けられ、二年間を過ごした。


 そして二年後。

 私の村は壊滅した。原因は火災。鎮火には一週間がかかった。

 孤児院は放置された。

 救う人手が足りず、救援は消防隊の到着を待たなければいけなかった。

 幼いながらも死を実感していた私は炎の中に取り残されていた。

 呼ぶ親の名もなく、叫ぶ愛の言葉もなく。

 ただ死すべくして死ぬものだと、そう考えていた。

「手ぇ伸ばせーっ!そこのガキ!」

 声が聞こえた。

 二十歳くらいの女性の声、女性とは思えない力強い言葉で。

「死んでもいいならそこにいろ!死にたくねえなら手を伸ばせって言ってんだ!」

 ああ、死んでもいいと思っていた。

 でも私の手は、私の心に反して、迷いなく伸びた。

 私は生きたがっていた。



 私を救った彼女は名前を亜依那と言った。加々野亜依那。当時25歳で、とあるバンドのギターを任されていたらしい。

 あの村には旅行に来ていたらしく、私のことを助けたのも“たまたま”と言っていた。

 それから私は、彼女に引き取られた。娘ではなく妹という形で。

 亜依那は他にも子供を引き取っていた。私より2歳年上の姉。名前は椎奈。

 そうだ。私たち姉妹はみんな血が繋がっていない。加々野亜依那に救われた、という共通の過去を持つというだけの、だが何よりも強い“命の絆”で繋がれていた。

「学校も行かなきゃだしな…ああ、めんどくさいな意外と」

 お姉ちゃんは手を尽くして世話をしてくれた。椎奈と私は、誰よりも彼女を尊敬していた。

 姉として、親として、加々野亜依那は私たちにとっての家族だった。


 入学式。

「正装なんて久しぶりにする気がする…“あいつ"はよくこんな気難しい服着るよな」

 入学式でも彼女は、赤い髪をなびかせて、保護者席でめっちゃ浮いていたのを覚えている。

 私が恥ずかしくなって文句を言いにいくと、

「別に良いだろうが。アタ……私は困らないし」

「ふうん。でも良いよ、かっこいいもん」

 こういうときだけ恥ずかしがるのが、彼女の面白いところだ。


 運動会。

「おーし、いけいけー!」

「いけいけー!」

 二人の姉の応援を受けて、全力で走った。

「あー、二位か~」

「未紅ちゃん、よく頑張ったじゃん!」

 亜依那のお姉ちゃんは一位意外認めない主義だったのだが、椎奈のお姉ちゃんは抱きしめてくれるほど喜んでいた。


 自由研究。

「自由研究か。懐かしいな~私もやったわ」

「何すればいいかな?」

 お互いに助け合いながら自由研究をするのが、夏の楽しみ。

「美味しいパンケーキを作る…って自由研究になるかな?」

「まあいいんじゃん?自由って言ってるし」

 そんなテキトーな感じで進めていった。


 修学旅行。

「鎌倉行くの?海見てきなよ。せっかくだし」

「海なんてここからでも見えるじゃん」

「いやいや。浜辺から見る海は綺麗だぞー」

 事実、その通りだった。


 椎奈の中学受験。

 私は特にそのつもりはなかったが、椎奈は本人の意志で、中学受験をすることになった。亜依那も想定していなかったようでかなり焦っていたが、どうにか妹の願いをかなえてあげようと尽力してくれていた。

 結果は合格。

 中学は遠かったので、椎奈は中学生にして一人暮らしをすることになった。亜依那は「必要になったら呼べ」と、特に心配している様子はなかった。




 いつからだろうか。

 私は私がだんだんと異常であることに気づいた。

 それは、「軌道」の能力ではない。軌道の能力は生まれつき持っていたもので、自然と受け入れることができていた。でも、それとは決定的に違う部分があることに気づいた。



 そしてそれがきっかけで、私は……。






 目が覚めた。

「あれ、ルディア?」

 ルディアがいない。まだ寝ていないのだろうか。

 まあ、いいか。

 今だけは、何も考えずに。

 もう一度眠ろう。
















― とある施設内にて ―

 統合装置「TREE SPIDER」の解析にはまだ時間がかかる。

 だが地道に、少しずつ情報は引き出せている。

「技術顧問、進捗は?」

「現在約0.04%。これは喜ばしいことだ。これだけの情報を引き出せてなお、いまだ0.04%とは、驚くべき情報量。我らがアウトラインはここまでやっていたとは。しかもひとりで」

「そうだ。そして今度は我々が彼の代わりを務めなければいけない。人類をより良い方向に導くために、戦い続けなければいけない」

 夢の残滓はなぜこの世界に現れ続けるのか。一連の事件は5年前、運命の支配者"アウトライン"の死と同時に幕を閉じたはずだった。

 しかし依然として彼らは出現し、世界に蔓延している。アウトラインの計画は、失敗に終わったのだ。

 統合装置「TREE SPIDER」は、彼が生み出した全能の情報装置。彼が知りうる全てが格納された神秘の箱。

 もしこれがどこかに渡ってしまえば、この世界が如何様に終わってしまっても不思議ではない。

「全能とさえ謳われたアウトラインでも、犯してしまった大誤算。一体幻想種とは何者なんだ…?」

 私が振り向いて部屋を出ようとしたときちょうど、ノックが鳴った。

「どうぞ」

「いや~疲れた疲れた。この途方もないミッションはどうなることやら」

 彼は皮肉っぽく言うと、暗い部屋の隅の椅子に腰かけた。

「波骸の席が空いてから、実働部隊は大忙しだ。委員会最強の男が消えたんだからな、俺も頑張らなきゃいけなくなった」

「波骸?ああ、あいつか。貴様らがそこまでの信頼を置いていたとはな」

「なんせ表世界でのコネを持ってる奴なんざ、俺たちの中にはあいつ意外いないだろ?警察ってのは便利な役職だわな」

 どちらにせよ、彼らには計画を推敲してもらわなければ困る。

「あと、あの魔術師が本格的に動き出したそうだ。牡牛山の幻想種の捕獲に成功したらしい」

「...なるほど。計画を変更してもいいかもしれないわね」

「魔術師を捕まえてくるって?いやいや、俺たちじゃ無理だ。だってあの緑髪の奴が味方についてたんだろ?魔術師はまだしも、あっちに勝てる奴はこの地球上には、いや、この世界には存在しない。」

「大丈夫よ。彼女の力にも限界がある。強すぎるが故に、気安く全力を振るえない」

「あと付け加えておくことがひとつ。一昨日の夜、あんたとあの二人が接触した次の日の夜だな。あの時間帯だけ目撃情報が消えた」

「撒かれたのか?」

「いいや違う。確かに追っていたはずだ」

 黙っていた技術顧問が口を開いた。

「結界にでも入ったのだろう。その夜も、誰かと接触しているのかもな」

「はあー。面倒なことになってる。日に日に」

 最優先目標を変えるべきか。

 幻想種のため…というより、異なる目的、もしかしたらの未来のために。


「霊長種選別委員会の最優先目標を変更する。幻想種保護及び能力者の殲滅から、魔術師の殺害、あわよくば捕獲。以上」

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