第六章:飛障ノ幻想種=牡牛山ノ風見鶏②
第一の幻想種、牡牛山の風見鶏。
その姿は鶏と言うよりは鷲、鷲と言うよりは異形の悪魔。
翼と嘴、尾と鱗を持った、全長10mほどの巨大な異端。
「私が隙を作ります。未紅がそれを突いて」
「了解っ」
相手のエネルギーを吸い取りながら、攻撃を加えて弱体化させていく。最悪吸い取るだけでもいいが、そんなことをしていたら、この巨体を吸い取るだけで一週間もかかってしまう。
― 汎用:火焔型。領域設定、確保。抽出量最小、インターフェース:指定空間、形式:脳内象形。―
あの鳥、どうやらある程度以上の上昇はできないようだ。推察ではあるが、この場自体がこの鳥のテリトリーで、何らかの事情でそこを離れられないのだろう。
空を飛ぶ相手であれば、同じく上昇していく炎を避けなければいけないはず。
行動は制限される。
私たちの目的は粉砕ではなく保存。相手の行動を極限まで制限して保存する。
「ルディア、避けて!」
私は重力操作を利用して真横に急速移動し、風を回避した。
真後ろの壁に巨大な切り傷が見える。
空気の密度を上げて発射、切断する仕組み。
残念ながら私が操作できるのは水銀だけで、大気をミクロに操るのは難しい。理論上、同じ攻撃をして相殺するのが限界だが、あの威力を見るに相殺も無理そうだ。
「さすが神と崇められているだけあって、並大抵の幻想種とは一線を画すスペックですね。未紅、そっちは大丈夫ですか?」
「体力には自信があるわ!大丈夫!」
とはいえ時間の問題、最悪撤退して体制を立て直すか。
「ルディア、前!」
あ。
私は身を翻す。
だが右腕だけは間に合わなかった。
超高圧気体に切断された私の腕は、情けなく地面に横たわる。私は惜しげもなく右腕を残して走った。
「ルディア!バカ、ぼーっとしてんじゃないわよ!」
「大丈夫です」
― 治療:結合型。―
この程度の怪我、何度も経験している。
それよりも…。
何か動きが変だ。相手の行動パターンが明確に変化している。
ついさっきまで防衛行動が主だったのに、目的が殲滅に傾いてきている。
「未紅、早めに終わらせないと、被害はここだけじゃ済まないかもしれません!」
「そうなの!?それより、あたしも何か手伝いたいんだけど!」
「未紅はそのCDを投げるタイミングを見極めてください。戦う必要はありません」
とはいえ、どうしたものか。
よく見るんだ。鳥は少しずつ上昇している。
初め、私はあの鳥がここから離れられない理由を考えた。
幻想種は常に何かエネルギーがないと存在を保てない。なんせエネルギーの塊だ。平衡のために常に排出されていくエネルギーを取り戻さなければいけない。そのエネルギー源にこの土地を選んだ。洞窟の最奥という有機物の楽園に。
「エネルギーに引かれていくのであれば、もしより大きなエネルギーがあればそっちに引き寄せられるか?」
あの幻想種は、最初から何かを守るためにここにいたわけじゃない。
ただ、邪魔な存在を排除していただけだ。
「信仰とは幸福なものですね。全てに理由を与えられるのですから。ただもうそんなものは必要ない。あそこにいるのは、神といえども“唯の幻想”。もうすぐ見えなくなります」
牡牛山。古き神話に於いて、牡牛は雷神と絡められることも多いそうな。
なぜ私がそのようなことを知っているのか?
定められていた。
「私は最初から“知っていた”んだ」
今ようやく気づいた。この身に起きている不可解な現象について。
不自然なほどに進んでいく私の足取り。都合の良く有無を顕す知識。
何者かの画策により、私は常に導かれ続けているのだ。
私に用意された道は、必ず進むことができる。
飛行する幻想はこの地を一直線に飛び立った。
遂にこの小さな墓場を不要とし、世界を新たに巨大な墓場として作り変えようと、かつての神は飛翔する。
より偉大な輝きを求めて。
天の罰が降りる方へ。
― 決戦:電気型。領域設定、確保。抽出量最大、インターフェース:指定空間、形式:等加速落下。―
「天の雷霆よ、幻想を撃ち落とし給え」
飛翔した幻想は雷に押し潰され、再びこの墓地に引き戻される。
そればかりか、この墓場の近く深くまで押し込められ、自らこの地に身を埋めることになった。
あまりにも膨大なエネルギーを受けて、体組織を完全に粉砕された。
「未紅、ディスクを」
「うん」
ディスクを翳すと、砕け散ったイマジナリーエネルギーが束ねられていく。
洞窟を出ると、集落の人々が私たちを待っていた。
未紅は彼らと顔を合わせ、耐え切れず俯いた。
私が代わりに口を開く。
「先ほど、洞窟の奥に眠っていた、あなた方の神を封印しました。これによりきっと、永遠に」
未紅が私の裾を引いた。
…らしくない。私らしくない。重々承知だが……。
「ルディア…」
私の目に映っている彼女を、無視することはできない。
「…ええ。これからもきっと、永遠に。永遠にあなたたちを見守ってくれるはずです。牡牛山の風見鶏は、ずっと、あなたたちの行く先を、進むべき道をその神風で示してくれるはずです」
集落の人々の中には、まだ小さな子供もいる。
可能性の芽を収穫してはいけない。例え小さな社会で在ろうとも、そこに未来がある限りは、まだこのままでいさせてあげたい。
理由を奪ってはいけない。
本質から背いた真実を、修正することはできない。
そう思うのはあまりに残酷だと思いながらも、また幸福の為だと自分を納得させる。
未紅はそう思っている。
「これからも頑張って。おじいちゃんもお元気で」
「もう行かれてしまうのか?」
「うん。帰る場所が…あるんだ」
「そうかい。二人とも、お元気で。今我々は確かに、この救いを見届けましたとも」
これで今回の旅は終わり。
私たちは彼らに見送られ、牡牛山の集落を去った。
「天気悪いね、ルディア」
「ええ」
ただ一つ、まだ謎がある。
それは、彼らの言う救いが何だったのかということ。
「失礼します」
「え、バレてたの?」
「他に能力者がいないからでしょうが、偽装が甘すぎます。工房の扉、作るならもう少し頑強にした方がいいですよ」
「いや、自宅だからいいかな~と思って。だって、僕たち以外ここ来ないでしょ?」
來さんの家に何か仕掛けがあるんじゃないかと踏んでいたが、その通りだった。
地下に自分用の工房を設えていた。
「未紅ちゃんは?」
「寝ました」
「まあ、良い子は寝る時間ですね。ルディアちゃんは?」
「もう少し起きていたいなと」
「そっか。好きにしていいですよ~」
さて、今までなんとか耐えていたが。
この“棚に並んだ無数の頭蓋骨”はなんだ?
「それね…あんまり驚かないで欲しいんですけど、それ、僕が殺した能力者のやつなんです」
いやいや、と顔を引きつらせる。
「せめてもの償いとして、彼らが生きていた証を、ここに残してあげたかったんだ」
そうか…これも本心か。
「あれ?分かってるんだ。僕の心が」
「邪心のなさに驚いていますよ」
來さんはしばらく黙ってから、優しい声で言った。
「この世界には“悪い人間”なんていないと思うんです。あるのはちょっとだけ悪い心。ただたまに、その心の悪い側面が見えてしまう。でも人は本質的には善、見えてしまっただけでその人そのものが悪いわけじゃない。みんな良い人なんです。性善説...ですかね」
「......なるほど。謎が解けました」
「ほんとに?」
「はい。それを前提とするなら、あなたのその心理的特異性にも納得できます。もしなんらかの方法で、あなたが自身の内部から邪心を取り除いているとすれば、そのようなこともありえましょう」
「正解です...怖いですね、敵にはしたくないタイプの人です」
來さんは工房の壁にかけられた無数のベルトと帯を見回した。
「僕の武器、蛇帯は、人の…主に女性の邪心を根源として生まれると言われています。僕の蛇帯の動力源は、僕自身の邪心。心を喰らわせることで力を行使しています」
「心を動力に…」
「ルディアちゃんから読み取った魔術の知識を加味すると、僕の蛇帯、そして呪術に関して非常に面白い考察ができます。この蛇帯、存在レベルとしては幻想種に近い。帯というものに宿る幻想種です」
確かに。私もかつて、幻想種が物に宿るという例を見たことがある。
「だとすれば蛇帯は、心をイマジナリーエネルギーに変換していることになる。イマジナリーエネルギーはその原理的に、他のエネルギーから生まれるもの。エネルギーを空間上に伝達させる際に変換されたものがイマジナリーエネルギーなのですから。だとすればつまり、心はそのものがエネルギーを持っていると、そう結論付けられます」
「そうですね。それともうひとつ、呪術の仕組みについて」
「魔術は技術です。自然現象を自らの手で操ること。呪術は神に頼り、自然現象を起こしてもらうこと。“協力を乞う”のが呪術の詠唱ですので、長期的な身体能力の上昇などのバフは、呪術では扱えませんね」
「ええ、その結論には私も辿り着きました。だとすれば疑問がひとつ」
「なんでしょうか?」
「あなたの読心術はいったいなんなのです?」
「これは呪術とは関係ありませんよ。僕が身に着けた、ただのスキルです」
驚いた。魔術も呪術もなく、ただ己が努力だけで、ここまで正確な読心術を身に着けたのか。あるいは、魔法の類か。
どちらにせよ驚くべきことであるのは間違いない。
「そんな照れますよ~えへへ」
常に心を読まれているのもあまり気分が良くないが。
「あ、ごごごごめんなさい。気をつけます」
「今日、不思議な感覚を味わいました」
「幻想種捕獲で?」
「それとも関係しています。この世界の人々が考えている、幸せの在り方についてです」
「ほほう」
「私の世界の中では、幸せとはひとつのものでした。全ての人間が同じ幸福を目指している世界。でもこっちは違う。人それぞれに幸せがあって、信じるものも、真実も、善悪も、何もかもが違う。正直に言って軽蔑します。このままじゃこの世界は前には進めない。一生進化することはなく、この星と共に終末を迎えることになる」
「ふーん」
來さんは何やら作業を続けている。
「今、ルディアちゃんの水銀魔術を再現できないか試してみてるんです。でも、その話を聞く限り、確かに現代の人類が、魔術に到達するのは相当先になりそうですね…」
「來さんは分かりません。あなたはまた、他の人とは性質が異なっているので」
「そうですか…そんなルディアちゃんに教えることがあるとすれば…」
來さんは作業を続けながらゆっくり話す。
「ひとつ、ルディアちゃんの世界も昔はきっと、僕たちみたいな世界だったんですよ。どこかで思考の転換点が来て、魔術が繁栄したのでしょう。確かに僕たちはそれぞれ別の幸せを探し求めている。でもそれは、人としては当然の行動です。種としての繁栄ではなく、個としての繁栄を求める世界。だからこの世界に魔術はないけど、魔法はたくさん存在している」
言われてみれば、私の世界にいた魔法使いと言えばせいぜい十数人、この世界には“來さんが数を減らさなければいけない”ほどの数がいたことになる。
「何が正義かなんて誰にも分からない。けどこれだけは言いたいんです。僕とドレスさんがいる限り、この星に終末は訪れない」
何も言い返せない。だけど、納得もできない。
「きっとルディアちゃんをこの世界に転生させた方は、それが目的でそうしたんでしょうね」
「どういうことですか?」
「ルディアちゃんが、今抱いているその不安定な疑問を解決できるように、こういう世界を旅させてあげてるのかも」
「知っているのですか?その人のこと」
「うーん、ルディアちゃんの記憶を含めて覗いてみても、該当しそうな人は見つからないですね。他人を別世界にすっ飛ばして、一度死んだ命を蘇らせて、さらには人を通じてこの世界に伝言を送っている。世界の境界も命も無視しているなんて、魔法使いだとしても考えられません。そんなことができる関係者が居たら、ルディアちゃん本人が覚えているはずです」
「考えてみると…たしかに、私の“師匠”でさえ別世界に自分を移動させるので限界でしたし」
「その時点でもかなりすごいんだけど...でもやっぱり誰かは分かりませんね。でもなんとなくですけど、ルディアちゃんにすごく深い関わりがあるように思います。そうしないと、どうしてわざわざあなたが選ばれたのか、説明できませんしね…」
「ウィザード・マーキュリーだったから、という説は?」
「まあ、そうだとしちゃえば話は別です。相手の目的が不明ですし、これ以上考察はできませんね」
「そうですね。......私も寝ますね。また明日、よろしくお願いします」
「はい。良い夜を」
少しずつだが、真実に近づいている気がする。
分からないことが、分かることに。
何故私はこの世界に来たのか。
誰が私をこんな世界に送ったのか。
私は何をするべきなのか。
生きる全てが今、少しずつ明かされているのだ。
そんな未来に期待して、私はこの夜を過ごした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます