第五章:幻想種十三戒②
― とある施設内にて ―
私たちは既に魔術の存在を把握していた。
この施設に残された記録によれば、それは別の世界で発展した技術なのだそうだ。
そして同時に、魔法についても述べられていた。
“彼”のデータベースに残されていた魔法の情報は、「別世界への移動に関する魔法」ばかりだった。
つまりそれは、別世界への移動が可能かもしれないということを意味している。
結果、それは正解だった。
魔術師は確かにこの世界に現れた。
だが何故?どのようにして?
それは分からない。しかし我々の目的達成には邪魔であることは確実だ。
「幻想の再征服」を果たす前に、必ずや彼女と戦うことになる。
なぜなら我らは霊長種選別委員会。
この世界を支配するに相応しい存在を定めるためにあるのだから。
「来たな、NIGHTWAVE」
「喜ぶがいい。ついに新たな火種が誕生したぞ」
「いいですか二人とも。よく聞いてください。僕は十三の幻想種を探しています。そしてその回収に成功すると、目的達成というわけです」
「幻想種十三勇士みたいな?」
「そう、そんな感じです。正確には、幻想種十三戒と呼ばれています。人を戒めるための十三の幻想達です」
「で、私たちに手伝ってほしいと」
「そゆことです」
いやいや、という気持ちを抑えて彼女を見る。悪気のない微笑が妙に刺さる。
目的は秘匿、こちらに利益なし。
協力する意味はないと思うのは当然だろう。
「そうなんですよね。でも僕がみんなにしてあげられることといえば…」
「分かりました。ではこちらから提示しましょう。まず一つ目、私たちに住居を貸してください。今は放浪している身なので、どこかに足を着けて拠点にしたいです。二つ目、幻想種について知っているかぎりの情報を提供してください。そうしないとその幻想種十三戒とやらも見つけられませんし。三つ目、あなたたちについても教えてください。正体不明の謎術師に仕えるのは正直怖いです。さて、これでどうです?」
「もちろんもちろん。できることはなんだってしましょう。ただ、三つ目に関しては言えないことも多いですよ」
「できる限り、ということで構いません」
すると、聖飾者が口を挟んだ。
「加えてもうひとつ、あえて我々から提示したい条件がある」
「なるほど?」
「以前君たちを襲った“夜波藍端”及びその勢力について情報を提供し、必要とあらば彼らの排除に協力しよう」
途端、未紅の目の色が変わった。
先日もそうだった。未紅が彼女に心当たりがあるのは確実だった。ただ...それが何かを、具体的に聞き出せないだけで。
「未紅は彼女について何か?」
呆とした質問。
「あ、いや、特に知り合いでもないんだけど…」
知り合いではない、か。
「分かりました。以上四つの条件を呑んで協力しましょう。未紅はどうします?」
「いいわよ。まずはおうちに入ってぐっすり寝たいわ」
「ありがとうございます。ではさっそく向かいましょう。マイハウスへ!」
到着。聖飾者とは花園で別れ、三人でここまで来た。彼女の家はこの町にあった。
「広いですね」
「そこそこですけどね」
そして私は危うく、楽観的に踏み入るところだった。
ひとつ、絶対に確認しておかなければいけないことがあったのを忘れるところだった。
「すいません、さっき能力者を殺したとかおっしゃっていましたが」
「はい。言いました」
「私たちもその対象ですか?」
「いいえ。協力者でしょう?」
「ではあなたが殺してきた能力者というのは?」
「能力者…この世界では主に“魔法使い”ですけど、彼らは目的も能力も様々。ときどき興味本位で幻想種を刈り取っちゃったりする人もいて、僕たちも困るんですよね…なので申し訳ないながらも、えいっと」
「夜波藍端もそうなのですか?」
「彼女はちょっと毛色が違うかな。どちらかというと『幻想種保護したい派』だから」
「あんたたちと同じ?」
「いいえ。僕たちの目的は幻想種の保護ではなく、捕獲後の利用にあるので。ただ他の人にも捕られちゃうと困るってだけで…いわば幻想種争奪戦ですよ」
「そんなに幻想種って大事なの?」
「それはもう。だってよくよく考えてみてください。エネルギーの塊ですよ?ケーキが歩いているようなものです」
「なるほど…」
私たちは安心して家の中に入る。
「広い家でも一人だと持て余しちゃうんですよね…ほら、ここの部屋とか。自由に使っていいですよ。僕は二階の部屋にいますので、何かあったら。それでは~」
「ああ、ちょっと!」
未紅と私はすっかり置いていかれ、広い部屋にぽつんと立っていた。
「自由に使っていいのよね」
「らしいですね」
「わーい!ほら見てルディア、ベッドがあるわよ!」
...使ってない部屋なのにベッドがあるのか。
見るからに怪しい、ということも無い。殺風景故の多少の緊張感があるだけで、特に普通の一室に見えた。
「さあ、もう寝ましょ!もう夜の一時だし、ちょうどいいんじゃないかしら」
「そうしますか。私も流石に眠くなってきました……」
その後、私とルディアは同じベッドで寝た。ベッドが広いおかげで窮屈には感じない。
それより、私には気になることがある。
一つ目。実は聖飾者、以前と外見が変わっていた。
前回会った時は青髪の青年だったはずが、さっきは黒い髪の中年の男になっていた。声も少し変わっていた。だが彼女が彼を「ドレスさん」と呼ぶところ、私たちのことを知っているところからして彼本人であることは間違いないだろう。
高度な変装技術、それに加えてあの不思議な能力。さらに、來さんが助手として幻想種を集めているというのなら、それを計画し実行しようとしているのは彼のはずだ。
彼は何者なんだ?それも含めて条件をつけたから、明日にでも聞けばいいか。
もうひとつ。これは私の勝手な印象だ。
來さん。彼女の人格についてだ。
彼女は呪術師だ。魔法や魔術も強力ではあるが、先に経験した呪術ほど万能ではない。もし彼女がさっき“全力”を振るっていれば、私の魔術もやすやすと破られていたかもしれない。もし私が本来の杖を手に入れて全盛期の戦闘力を取り戻そうと、確実な勝利は難しいだろう。
能力者を、彼女が殺したのだ。
もしかしたら、彼女の同胞さえ、彼女が手にかけたのではないだろうか。
だとすれば結論はひとつ。彼女は間違いなくこの世界最強の呪術師だ。
それだけではない。もしかすると彼女は世界最強の能力者かもしれないのだ。
それを前提にして、考えたことがある。
実は來さんとの戦闘時から、彼女の思考を解析するための魔術眼を使用していた。
試しに心層深度を上げてみたところ、私は異常なものに気づいた。
全くと言っていいほど、"邪心"がないのだ。
最初こそ訝しんだものの、その後の会話からも理解できる。
彼女の心は純粋な善性だけで出来ている。
そんなことはあるはずがない。呪術習得の一貫として悟りを開いていたとしてもだ。もし自らそんな風になってしまえば、それは逆に人としては壊れている。
圧倒的な力を持っている者ほど、心に悪しき溜まり場ができる。力の悪用を必死に抑え込もうとする、願望の受け皿がある。
だが彼女には、最初からそんなものは存在しない。
それが彼女の恐ろしさだ。それ故に、彼女の言っていることはなんであろうと「真実」のように聞こえ、「正しい」ように感じる。
私と未紅もひょこひょことついてきてしまったものの、本来危険すぎる行動だ。
それでも私たちが安心していられるのは、彼女のそういう性質があるからかもしれない。
それを私は恐ろしく感じる。
彼女はそれだけの力を持ちながら、我々に協力を依頼した。
彼女と聖飾者の目的はいったいなんだ?
私は魔術というものを通じ、様々なものを見てきた。
かつてその頂点にまで上り詰め、全てを観測したつもりでいた。
だが逆に今、私は何も知らない。
たった一人の人間を前にして恐怖している。
善であることを理解し、偽りがないことを理解していても。
それが私たちの幸福であることを立証できない、ただそのために。
これから待ち受ける現実に理解が及ぶほど、私は聡明ではないことを自覚させられた。
私は眠る。
思考を一度停止する。
迫る明日に目を向け、そして背けながら。
私は眠った。
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