第五章:幻想種十三戒①

 突如として戦いは始まった。

「伏せてルディア!」

 炎の波が頭上を通過した。

 というか、今の能力は…。

「魔術じゃない。いや、そもそもこの世界に魔術師はいない。つまりは魔法使いか、それ以外か」

 魔術と魔法の違いは以前も話したが、魔術は技術、魔法は才能と表現される。この世界の文明に魔術という科学技術がまだ存在していない以上は、存在する異能の全ては人が内包する魔法のはずだ。

 魔法の良いところに詠唱が要らないという点がある。だが一方で、魔法は魔術ほど便利じゃないし応用も効かない。詠唱が無いというのも考えようで、慣れないと制御が難しい。逆に魔術はとりあえず口に出せばONとOFFが切り替えられるし、覚えさえすればどんなことにでも応用できる優れもの。

 だがあのような「魔法の達人」となれば話は別。ノーモーションで必殺級の一撃が飛ぶ。

「君たち、まだ本気を出していないね」

「未紅!」

「分かってるよ!」

 CDと軌道の能力を駆使して攻撃を掻い潜り、相手に一撃を与える。

 これの繰り返しで勝利を見出そう。

「そのCD…取り込むんですね。僕の技との相性は…」

「悪いんじゃないの?」

「さて、どうでしょうか」

 相手の魔法の能力はなんだ?

 普通、あのCDのような“無効化”を前にすれば撤退して対策するのが得策。

 それに加えて人数不利。連携がとられれば間違いなく終わりだ。

 それでも彼があの余裕の笑みを崩さないのは…。

「まだ連携が甘いことを知っているからか」

 炎の波による攻撃が主。炎を操るとかそういう類か?

「炎を操るような能力か、というような顔をしていますね…さて、僕には気になることがあります。そっちの子の眼帯の奥には何があるのか」

 私か。挑発だろう?

「これは僕の個人的な興味ですが…見てみたいな、と。そのためにはそちらをその気にさせないといけないみたいですけど……難しい」

 あの砕けた口調、優しい笑みは何かのハッタリなのか?思惑があってやってるのか?

 それとも”あれが本心なのか?”

「先ほどからそちらの身軽な少女が目配せで回避を指示している様子。一方、攻撃手段を持つのはそちらの長髪の少女。詠唱を使った異能……そうですか」

 彼は言った。


「僕と似ていますね」


 …何?

 似ている?その言葉は今、“詠唱”を指して言ったのか?

 まさかそんなはずはない。文明が追いついていない以上、この世界に魔術は存在しない。魔法は心のうちにあるものだから詠唱は使わない。

 だとしたら彼の力は、なんだ?

 彼は一枚の紙切れを取り出した。

「いわゆる霊符…僕の手作りです。ははは、どうです?」

 霊符は浮かび上がり、男の周りを回転する。

「天人の祖に願う。十三戒の一位を纏いし我が身にその万象を授け給え…」

 詠唱だ。だけど私たちの使う魔術とは違う。ああ、魔術ではない。ただ原理的には魔術と同じということだけ。

「占術の地に依って今再現する」


― 氾禅の互 ―


 その瞬間、霊符は消滅した。

 代わりに現れたのは、荒れ狂うような炎、空間を割く雷、大地を抉る旋風、巻き上がる大岩。

 森羅万象を乱すその技は、本当に霊符一枚で起こされたのか、と目を疑う程のものだった。

「一斉射出!!」

 男が鞭を振り下ろすと、その自然の破壊神は私たちを飲み込もうとなだれ込む。

 そして私は悟った。

 そして私は気づいた。


 私は未紅を信頼しているのだ。




 水銀魔術は、恐ろしい魔術だった。

 水銀魔術の使い手は水銀そのものを常食としていた。水銀を体内に蓄えておく必要があったからだ。

 そして術の使用時には、体のどこかから水銀を抽出しなければいけない。抽出する場所は代によって異なるが、私の場合は右目だった。

 誰もが恐怖した。

 右目から水銀を流し出す私の姿を見て、誰もが句を絶するのだ。

 目からの水銀の抽出には痛みが伴う。今はもう慣れたものの、当時悲鳴を上げながら水銀魔術を行使する私が皆の目にどう映ったかは、語る必要もない。

 私は水銀魔術を嫌った。

 私をこんな私にしてしまった魔術を嫌った。

 その後私は、右目の視力を失った。

 強力な力の代償に、私はかつての私を失ってしまった。


 だから、水銀魔術を人前で使うことはほとんどなかった。


 でも以前、私は未紅の前で水銀魔術を使った。


 躊躇いも恥じらいも、苦痛もなかった。


 ただ大切なものを守るために、この目にそれを浮かべるのなら。


 何も恐れることはない。


 だから…。






―水銀魔術。抽出開始。-




「その力は…」

 水銀の壁は立ち塞がる。

 魔術と魔法は発動方法が根本的に違う。

 だが、魔術が魔法に勝てないという道理はない。

 霊符一枚如きで発動された「異術」、私の水銀魔術には敵わぬ。



「今の技はもしや、水銀ですか」

 彼がこれ以上、何かをしてこようとする様子はなかった。おそらく、私の能力を知れたからだろう。

「僕もかつて水銀を研究していたこともありますが、結局実用化は叶いませんでした。一体どのような仕組みで水銀を操っているのかは分かりませんけど…興味深いですね」

「そうですか。それで、あなたの目的はなんなんですか?」

「そうよ!いきなり喧嘩吹っ掛けてきて!ぶっ飛ばすわよ!」

「僕の目的…ですか?ああ、あの幽霊船の目的なら。あれはいろんな場所から弱った幻想種をサルベージしてここに集めてるんですよ…」

「どうして?」

「それは秘密です…バレたら困ります…バレたら僕が爆発するしかないです…」

「そ、そうなんだ」

「それで先日、幽霊船の核が抜き取られているのが分かって…犯人は現場に戻ってくるとも言われていますので、こうやって見張ってたわけです」

「なるほど。それではあなたもまた、自分の使命を果たすために正当に戦ったということですね」

「でもあたしたち、幽霊船を追えって言われてて…」

「はて…どうしてでしょうか」

 すると、暗闇の中から突然姿を現した男がいた。

 知っている。あのとき、私が一蹴された青髪の男。

「ああ、ドレスさん!」

 若い男はに駆け寄っていった。

「その何も考えずに戦い出してしまうところだけはどうにかならないものか」

「ああ…ごめんなさい」

「その、お二人はどういう関係で?」

「そうですね…ドレスさんが師匠で、僕が助手でしょうか?」

「師匠ではないが、概ね正解だ」

「じゃあ、関係者だったわけ」

「ああ。君たちを彼女に巡り合わせるように仕向けたのは、間違いなくこの私だ」

「はあ。え、彼女」

 私と未紅は同時に彼…いや、彼女を見る。

「え、もしかして女性の方なの?」

 スーツの着こなしや髪型含め、てっきり男性かと思っていた。確かに、声もよく聞けば女性らしい声だ。

「どうも…僕、來と言います…お見知りおきを」

「あ、はい。それにしても、來さんの能力は…」

「能力ですか。はい、昔身につけた一種の東洋呪術です…あまり上手くはありませんが」

「いえ、霊符の一枚であれだけ大規模な呪術を…」

 呪術は魔術と何が違うのだろう。そっちに関してはあまり詳しくないので誰か教えてくれないだろうか。

「お、今呪術とは何かと考えていましたね…ああ、ごめんなさい。勝手に読心しちゃいました…。呪術は、人の意志によって自然を操ろうとする術の総称ですね…ふむふむ、魔術と比べると、呪術はお祈り的な面が強いみたい…さっきの呪文にもありましたが、なんか神様お願いしますみたいな感じで使うのが呪術です」

「そんなざっくりしてるんだ」

「ええまあ、だいたいそうです」

 來さんは微笑んで、幽霊船のほうに目をやった。

「さて。収穫を続けましょうか」

 次の瞬間、私たちは驚くべき光景を目にした。

幽霊船が解けていく。

 さっきの布のような質感は、“よう”ではなく本当だったのだ。

「驚きました?はい、あれは木材に似せた布。色も強度も近づけていますが、触られるとさすがにばれてしまいますか。限界ですね」

「それも呪術なんですか?」

「ええ、まあ、だいたいそうです。日本には古くから“蛇帯”という妖怪が伝えられているそうですが、それはおそらくこれを指しているのでしょうね。これは帯状のものに呪力を伝播させて動かす能力で、手を放すとふわふわと一反木綿のように動き出します。あの船も僕が適当に準備した帯で出来ていて、それをえいっと飛ばすわけです。えいっと」

 本当に意思を持って動いているわけではないらしい。

 呪術という概念は私の世界には無かったな…。



 何か理由があるのかもしれない。

 それが分かるのはきっと、遠い未来の話だろうけど。


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