第四章:門出①

 二人の少女との接触から数時間後。

 私は、夜空に軌道を引く影に目をやった。

「言われたことはやりましたけど」

『助かった。ありがとう』

 本音を言うと、彼の協力などしたくはない。

 かつての宿敵だった彼に手を貸すなんて、かつての仲間にどんな顔をすればいいか。

とか、思ってみたりして。思考が読まれている中でこんなことを言うのはさすがによくないか。

 実際、仕方がないことなのだ。今回に関しては私と彼、そしてあの二人にとっても利害が一致しているのだから。

『私と君たちの決戦から六年が経った。幻想からの侵略をひとまずは凌ぎ、平穏が訪れた矢先に、“ここ”を使うことになるとは』

「あなたからしたら“そこ”なんでしょう?五次元の軸から逸脱した領域に住んでいるあなたにとっては」

「故郷として親しみを込めて言ったつもりなんだが」

「伝わりませんよ、それ」

 彼の冗談はこう、常人のセンスとは共有できない拘りが込められている。

『この状況、どう考える?君と私にしかできない考察だ。“これより人知を超越する者”としての』

「今さら聞かれても変わりませんよ。“絆”という曖昧なものを信じるしかないでしょう」

 彼は空間の越しに満足げな微笑を響かせる。

「別世界から声が届くなんて、不思議な感覚ですね」

『そうか?生前編み出した技術のひとつとして、データベースに残って…』

「残っているから、夜波藍端みたいな人に乱用されるんでしょう?」

『それもそうだ。責任をもって消去しようと思っている』

「今すぐは?」

『もう少しだけ観察してみよう』

「まったく、世界を救いたいんだか救いたくないんだか…」

『夜波藍端らは世界に対する脅威ではないだろう?』

「でも、あの二人にとってはかなりキツイ相手だと思うけど」

『それは、能力的な意味で?』

「いや。人間的な意味で。特に、加々野未紅にとってはね」

 私は空を見上げる。

「来たるべき別れの日に備えて」

 幽霊船が、空を横切っていく。

「私は先に戻っています。もう少し見守りたいですから」




「はやーい!」

 やはり杖がないとこれが限界か。

 我々魔術師は体内に蓄積されたエネルギーを用いて魔術を行使する。使用できるものはなんでもいい。私が基本的に使用しているのは、骨に蓄えられたカルシウム系統や脂肪を使ったエネルギーの取り出し。体内が魔術に必要なエネルギーを生み出す貯蔵庫として機能し、空間を超越してそれを操れる。それが私たちの使う魔術の本質だ。

 だがもちろん、それだけでは高出力の魔術を使うには不足している。対策としては、「自分のエネルギーを限界まで使う」ことか「周囲環境のエネルギーを借りる」ことの二つ。普通は後者だ。自然界には熱エネルギーがありふれているので、太陽光や周囲の生物の発熱機能を利用することができる。

 今は夜間だから太陽光は使えない。上空に流れる気流との摩擦をエネルギーとして取り出している。

「というか、こんなに速いのによくあたしたち生きてるよね!」

「この飛行魔術は前方に極小の空間の歪みを生み出して飛行してるんです。私たちが移動するのと同じくらいの速度で空気も前進していくので、大気との相対速度はほとんど0。だから空気抵抗はほぼ感じられないんです」

「へえ。よくわかんないけどすごいじゃん!」

 今私たちは幽霊船を追っている。

 杖さえあれば追い越せるのに、と泣き言を胸に馳せながらも追跡中だ。

「ルディア!もうすこししたら右折ね!」

「ええ、任せてください!」




 しばらくすると、幽霊船はまるで眠りにつくかのように着陸した。

「ここは?」

「山の中腹辺りですね。花が咲いているようですが、これが花園なのでしょうか?」

「そしたら、あの船が堕ちる幽霊船ってことなのかな?」

「そうですね………ですが、何もないように見えます」

「いや待って、あそこ」

 そこに、幽霊船は不安定に船体を傾けて着陸していた。そのおかげで船底が露出して見えるようになっているのだが、船体に打ちつけられた木材は既に老朽化しており、隙間が空いているようだった。

 そしてその間から光が漏れ出ている。

「ルディア」

「下がっていて」


― 汎用:衝撃型。領域設定、確保。抽出量調節、インターフェース:三次元空間上任意座標、形式:省略。―


 船体の一部を破壊して、中に入る。

 内部に動力源と思わしきものはなく、全くの空っぽだった。

 だがその光源だけは見つかった。

 船内に乱暴に突き立てられた棒の先端にはめ込まれた謎の結晶が光の正体だった。

「これ、杖でしょうか」

 私はそれを地面から引き抜く…というより、根元で折った。

「長さは約20cmほどといったところでしょうかね。柄は脆そうですが使えそうです」

「ルディアの魔法には杖がいるの?」

「例えるなら増幅器でしょうか。杖があるだけで出力は何倍にもなります。まあ、これが杖である保証はまだないんですけど」

「どうやって確かめるの?」

「こうするんです」

 棒を適当に地面に寝かせてから、私は腕を前に出す。

 そして唱える。


― 契約:魔術杖用。対象設定。形式:自由。-


 すると寝かされた棒は、私の手に引き寄せられるように起き上がった。

「こうして、魔術的な要因に影響されるかを確かめるんです。引き寄せられたってことは、これはちゃんとした魔術の杖ですね」

「魔術的な要因…魔術っていったい何なの……」

「魔術はいわば、便利な技術です。具体的には、空間による束縛を無視したエネルギーの移動法です。魔術は原理と手法を習得すれば誰でも可能なのですが、一方魔法はそうはいきません。魔法っていうのはいわば“天性の才能”なんです」

「空間を無視したエネルギーの…」

「はい。その認識で正しいと思います。具体的な空間の越え方は、SF的に言えば裏世界を経由したエネルギーの移動ですか。裏世界上の座標とこの表空間上の座標を一対一で対応させることで、表世界では空間を無視しているように見えるのです。二世界は座標が対応している一方で、長さに関しては対応していません。だから裏世界で少し座標の要素を変えるだけで、表世界では全く別の位置に現出させる、なんてことが可能なわけです。この表世界と裏世界の関係性は次元とかそういう話ではなくて、どちらかというと数学的な虚実空間に近いようにも感じますが、それもまた厳密には違うという…」

「分かったから!落ち着いて!」

 この感覚からして、以前誰かのものだったわけではなさそうだ。おそらくこの杖が、幽霊船の原動力になっているみたいだった。私は、少しの間だけ、と心の中で呟いてから杖を持ち出した。

 私たちは船から出て、辺りを見回した。

 一面の花園。月光に照らされて紅白の花弁が昏く光る。自然そのもののようにも、誰かが管理しているかのようにも感じられる異質な美しさに気を取られていた。

「ねえ、ルディア。うしろ」

 私は未紅に言われて振り向いた。

 船は消えていた。

「なるほど。だから、“幽霊船”」

 魔術的な核を失って消滅したか。魔術由来の幻獣や兵装にはありがちなことだ。稀に残っていたりもするが。

「さて、眠いからここらへんで寝ようか」

「テントを張りましょうか」

「そうね」

 未紅は持っていたディスクの中からテントを取り出した。

「立てるの、手伝ってくれる?」

「はい。もちろん」



 翌朝。

 涼しい山の朝。

 私たちは目を覚まし、山を降りることにした。幸い、標高はあまりないようで、余裕で地上に降りることができた。

 山の麓には町があった。広いとも狭いとも、田舎とも都市ともいえない町。

 山道初めの看板には、宇気比町、と書かれていた。

「のどかでいいですね。この町」

「うん。一体東京からどれくらい離れているのか分からないけど、少なくとも国内ではあるわよね」

「はい。昨夜も海は超えていませんし、地続きの場所のはずです」

「うん。日本は島国だし、国内ね」

 私たちは町の中を進んだ。北部は住宅地、南部は商店街と分かれていて、さっきの山は西側に位置している。ひとまず何かありそうな南側へ向かう。

「お店が並んでいますね。人通りも多くて賑やか、活発です」

「そうね。東京に比べると、人が生き生きしてるわね」

 私たちが呑気に町を歩いている中、途中、未紅が何かを捉えた。

「ねえルディア、今右に向かって何か走った?」

「いえ、特に何も見えませんでしたが」

 途端に未紅は私の手を引いて走った。

「今、確実に何かが通っていったわ。あの公園のときと同じ、見えない何かが見えたの」

「分かりま…した」

 私は少しだけ、嫌な予感を抱いた。

 ああ、本当にただの思いつきだが、決してありえない話じゃない。

「未紅、それは今どこに?」

「ちょうど正面」

「了解です」

 私は唱える。

― 強化:視覚型。対象特殊設定、把握。抽出量通常、インターフェース:網膜。―

 じわじわと空間が滲んでいく。魔術が特殊な形で網膜に広がっていく。

 対象の輪郭が浮かび上がってきた。

「やはり…いや、最悪の事態です」

 どうする?私の力を使えば今ここで捕獲、粉砕できる。

「今何してるの?」

「種に問わないエネルギーの視覚化。確かにいる。目には見えないし、どの分類のエネルギーかまでは分からないけど、確かにそこに存在して、私たちはそれを追っている」

「その、そもそもエネルギーってなんなの?」

「えーっと…この世界における物理学という学問では、仕事、簡単に言えば物体を移動させることができる能力を指すらしいけど、概ねそれで正しい。ただ、私たちの世界では“裏世界”の発見により、ある瞬間のエネルギーを、時間や空間を関係なしに保存、取り出しできる。炎の熱を奪ってどこかに保存して、好きなタイミングで好きな場所に現出させられる。まあ、そのタイミングとか場所とかに関しては本人の技量が絡むけど」

「うーん…なるほど」

 さて、ここで私がこの事態を最悪と評したのには理由がある。

 それは今から数年前、私の人生における数年前。

 私がまだ以前の世界で、一人の学徒だった頃の話。

 我々魔術師、及び我らが王国はある脅威にさらされていた。

 それは、異世界からの侵略だった。

 世界は無数に存在する。それはまるで「並行して実在するパラレルワールド」のように。たしか…具体的な名称があったが思い出せない。

なんとかの万華鏡みたいな。

 だがその括りには入らない世界がある。この無数の三次元世界の集まりを四次元と表すのであれば、それは五次元軸方向にある場所。あらゆる世界の要素を内包した概念的な世界。

 人間的に見た天国と地獄のようなもの。

 そこから遣わされた存在達を、私たちは幻想種という。

 幻想種は基本的には目に見えない。視覚補助系の魔術、もしくは魔法的な観測方法でしか見ることはできない。今目の前にいるのもそれだ。

 私は魔術で、彼女は「軌道」の能力で視認している。

「追い詰めたわ!」

 行き止まり。さて、どうしたものか。

 幻想種は基本的に「粉砕」という対処を為される。幻想種に生半可な攻撃は通用しない。最小単位まで分解することでしか倒せない。稀に「浄化」という方法で還す人もいると聞くが、それは魔術の領域ではないので専門外だ。

「これでもウィザード・マーキュリー。小物程度なら」

 私は昨日手に入れた杖を構える。

「勝負…!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る