第三章:幽霊船の夢①
「ねえねえ、噂話なんだけどさ」
私の隣に座っている未紅が耳打ちする。
「最近ここらへんで、行方不明になる人が増えてるんだって」
「どれくらいの人が?」
「うーん…私が聞いた感じだと、ここ一か月で三十人くらい?歳はいろいろ」
「そうなんですか」
「ここら辺はあたしたちが見て回ってるから、そんなに怪しい人がいたら分かるはずなんだけど」
「…」
こういうとき、以前出会った“聖飾者”のことを思い出さずにはいられなかった。
彼の、いかなるジャンルにも存在しない“異能”の力であれば、どんなことだって起こせそうな気がするのだ。
それともうひとつ、彼の立ち姿には、なんだか見覚えがあった。もっと具体的に言うなら、私の師匠のようだが、声も全く別人だし、身長も違う。使っていた技も…というのは、推定には不足しているだろうか。
「今日、探してみませんか?」
「誰を?」
「行方不明者と、この前会った男の人を」
「いいよ。あの男に会うのは嫌だけど、ルディアが言うなら」
「私はあの人、悪い人には見えなかったんです。むしろもっと、私にとって重要な人だと思うんです」
「へえ。あたしにしてみれば、心底ムカつくだけのヤツだったけどね」
未紅はベンチから飛び出し、私に手を差し伸べた。
「早速行ってみようか」
「行方不明になるタイミングは、どれも夕方以降。理由は分からないけど、そこに集中してる。防犯カメラの映像からすると、いなくなる瞬間は突然。しっかり見張っておかないと」
「詳しいですね」
「まあね。伊達に一人で生きてないよ」
「場所はどのあたりを?」
「普段は友人たちに任せてるんだけど、今日は彼らが行かない場所を探ってみようか」
「友人?」
「ああ、あの喧嘩でゲットした仲間ね。それで、今日行こうと思うのは、公衆トイレの裏側。確実ではないけど、あの辺りでの事故事件は多かったからね」
「防犯カメラだとどうなんですか?」
「かなりバラけてる。だから他のメンバーにそっちは任せて、あたしたちはできるだけ“危ないほう”に行こう」
「分かりました」
暗黙の了解、というわけだ。
「日没まであと一時間はあるね。今のうちから向かっておいても損はないでしょ」
「了解です。その気になれば、私の……」
いや。
「いえ、なんでもないです」
それから一時間は、二人で談笑しながら現地へ赴いた。
談笑というのは、基本的に未紅の過去話で、特に私が何かを語ることはない。
それが一番幸せな気がする。
私がどうして今、この世界にいるのかは分からないが、それでもなんやかんやで今の世界は楽しい。
戦争もなく、差別もなく、妬み恨みもない。こんなに幸福な世界があるのだ。
それを実感するほど、私は魔術というものを嫌いになっていく。
「この世界は平和ですね。たしかにいいことばかりはないかもしれませんけど、私がいた世界に比べると、みんながのびのびしてます」
「…まあ、そうかもね。意外と小さい世界に生きてるんだなって思う。本当に、小さい世界に」
「そうですね。いつかはこの公園からも抜け出して、もっといろんな場所に行ってみたいです」
「行っちゃいなよ。そういえば、お父さんとお母さんは?」
「昔に亡くなりましたね」
「そっか。それで今ひとりなの?」
「そんなところです」
「大変だね。それに比べればあたしは、随分と楽な生き方してるよね」
「そんなことはないと思いますよ。未紅もいろいろあって、今ここにいるんでしょうし」
口には出さなかったが、きっと何か大きな理由があるはずだ。戻るタイミングだってたくさんあったはずだ。昨晩未紅の姉、アイナさんと出会ったときも、未紅は帰らないという選択をした。
彼女は何かの思いつきで家出をしたのではない。今もなお彼女の中には「帰らない」という意思があるのだ。
「どうしたの?急に黙っちゃって」
「いえ、考え事です」
「多いね考え事。考えるの好きなの?」
「そうですね。思索にふけるときが一番幸せなのかもしれません」
「すごいね」
彼女の笑顔は、少し苦しそうにも見えた。
私は話題を変えようと、夕焼けを指さした。
「ここの夕焼けは綺麗ですね。場所は違っても、夕焼けって同じように見えるんですね。不思議です」
「不思議かな?」
「不思議じゃないですか?全然違う場所でも同じものが見えるって、すごいことですよ」
「そう言われてみると…たしかに」
よかった。未紅が笑った。
考えてることは違っても、人間であることは変わりないんだ。
そして、私たちは友達だから。
こうやって笑いあってもいいはずだ。
この時間がいつまで続くかは分からないけど。
ずっとこのままでいたい、というのも本心だ。
完全に日が暮れ、目的地に着いた。
彼女の“軌道の観測眼”が光る。
「どうですか?」
「うん。何かいるわ。移動してる線が見える」
さっき聞いたのだが、彼女の「軌道」の能力は、物体が「過去から未来にかけて辿っていく軌道」と「物体の現在の位置」が見えるらしい。
彼女の能力を逆に考えれば、あらゆる物体が辿る道筋はすでに確定していることになる。未紅に聞いてみたところ「詳しいことは自分でもよく分からない」ということだったが、もしラプラスの悪魔的に全てが決まっているとしたら、それはとても切ないことなんじゃないか。
未来は変えられるのか?
「また考え事してるでしょ」
「はい…」
なんだか恥ずかしくなってきた。
「行くよ」
「はい」
共に公衆トイレの裏側に回る。
だがそこにあったのは、ただ“軌跡のみ”だった。
「ここには、なにもいない」
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