第二章:巡り合う星の名は①
「ウィザード・マーキュリー」
転生して二日。
再び町へ赴く。
「なるほど」
なるほど、というのは、なかなかこの世界も美しくはなさそうなものだったことに失望しているのだ。
この世界の人間も、意外と冷たい眼差しなんだな。
魔術さえなければ、世界ももっと平和に…と願ったこともあったが、そんなこともないみたいだ。やはり幸福とは複雑だ。
それに気づいてから、道行く人に声をかけるのも億劫だった。
にしても、どうして魔術もない世界で悩むことがあるのだろう。私の世界では、魔術とは才能や血統の表れであって、努力や偶然では覆せない絶対的なステータスだった。それに比べれば、学力や運動神経など、到底苦悩には及ばない。努力の範疇でどうとでもなるし、実際学力が劣っていたり運動能力が低かったりしても生きていけないわけじゃない。魔術と違って、それだけで「命の価値」が決まるわけじゃないはずだ。
諦めるには早すぎやしないか。
「おっと……」
私は不注意で、道行く人とぶつかってしまった。
「申し訳ありません。大丈夫ですか?」
そこで気づいた。私がぶつかったのは、小さな男の子だった。
一人だった。
不思議に思い、尋ねる。
「どうしました?ひとりなんですか?」
「うん。実は、みんなとはぐれちゃって…」
「迷子ですか。安心してください。はぐれてからどれくらい経ったか分かりますか?」
「けっこうまえ……」
「なるほど。それでも、ご家族ご友人があなたを置いていくわけはありませんし、この辺りにいるはずです。行きましょう」
たまたま偶然の出会いで、私はその子の親か友人を探すことにした。
「あ、はぐれたのご家族ですか?それともご友人?」
「おねえちゃん……」
「お姉様ですか。どんな人ですか?」
「背が高くて、かみの毛が赤くて長くて……」
「ふむふむ…」
そこで私はあることに気づいたが、私はそもそもこの辺りの地形には詳しくない。
ただその場の思い付きで人探しを始めてしまったが、私がやるべきことでもなかったのでは?本来もっとこの地に詳しい人が案内すべきだったのではないだろうか。
…そんなこと言ってても仕方ないか。
「他に何かありませんか?お姉様の特徴。できれば、見て分かるような」
「うーん……あ、ギター持ってるよ!」
「ギター?ギターとはなんでしょうか?」
「知らないの?楽器だよ楽器。おねえちゃんはプロの人なんだよ」
「プロの人…生業にしているということでしょうか。とりあえずその楽器を持っているという情報はありがたいです。楽器を持っている人というのであれば、そこまで多くもないはずですし」
ああ。自分で話しながらもよく分かっている。
なぜこう、分かる単語と分からない単語があるんだろう?
「プロの人」が「それを生業にしている人」ということは直感的に理解できた。あの男が言っていた情報封入には明らかに意図がある。文法的な面においては完璧なのに、名詞に関する情報がほとんどない。にも関わらず、今みたいに理解できるものもある。
謎は増える一方だ。
「ねえねえ、信号赤だよ」
「あ、ごめんなさい。考え事をしていて」
信号という仕組みも慣れるまで時間がかかりそうだ。
大きくため息をついた。
そんなこんなでお昼になってしまった。
まだ彼の姉は見つかっていない。
「ねえキミ、すまほ持ってたりしませんか?」
「持ってないよ。おねえちゃんは持ってるけど、僕には買ってくれなかった」
まああの値段ならそれもそうか。
この世界の人間がお金をどれくらい貰って生きているかは知らないが…にしても、あの値段であの普及率とは。どれだけ便利なのだろうか。一度は手にしてみたいものだ。
そんなことより、お昼ご飯だ。
私のお金を使えば、二人分くらい足りるだろう。
「何か食べたいものありますか?」
「うーん……分かんない」
それもそうか。今はおちおちランチを楽しんでいる場合でもないのかもしれない。
「でも、ご飯食べないとお腹空いちゃうんじゃないんですか?」
「いい」
困ったな。相当困ってるぞこの子も。
何かできることはないかと思ったとき。
「ねえねえ、ちょっとだけ静かにしててくださいね」
私は男の子の右手を握った。
「“領域設定、確保、抽出量極小、インターフェース:皮膚、形式:脳内象形”」
しばらくしてから、手を放した。
男の子の手に、ひとつの銀の指輪を残して。
「きれい…」
「そうでしょう?人体に無害な形で水銀を……」
その次の瞬間だった。
水銀の指輪は、一瞬にして液体に変わった。
水銀が少年の手のひらを伝う。
「危ない!」
基本的に水銀は有毒な物質だ。
純粋な水銀は蒸気となって吸入された場合、肺をはじめとして多くの臓器に影響を与える。無機水銀であれば体内侵入後に腎臓や消化管に影響を与え、有機水銀は神経系に対して危険な物質だ。
排除する。
「前プロセス取消、命令:現世界における水銀魔術の影響の初期化」
水銀は初期化された。
男の手のひらには、最初から何もなかった。
「危なかったですね…」
「あれ、今の…」
「忘れてください。大丈夫ですよ。それじゃあ、えっと……」
すると今度は、男の子が自分のポケットの中から何かを渡してくれた。
「これは?」
「あげる。元気なさそうだったから」
男の子が取り出したのは、赤色の龍のキーホルダーだった。
「あれ、そんな風に見えちゃってましたか?ごめんなさい。それにしても、本当にいいの?」
「うん。あげる」
「元気出して」
お店を出てからも、彼の姉を探し続けた。
しかし、なかなか見つからない。姉の方も探しているはずなのに。
「なかなか見つかりませんでした」
「つかれた……」
もう半日近くも歩いているのだ。疲れるのも当然だろう。
肉体的にも、精神的にも。
何気なく彼のために人探しをしているが、実際見つからなかったらどうしようか。
そんなことを考えなければいけないくらいにはまいっている。
「近くに公園がありますし、少し飲み物でも飲みましょうか」
公園のベンチに座り、自動販売機で飲み物を買う。
「はいこれ。ジュースです。オレンジジュース」
「ありがとう」
オレンジとはなんなのか分からないが、この包装を見る限りはおそらく果実か何かだろう。まあ売り物になってるくらいだし、飲めないことはないだろう。
「そういえば、お互いに名前を言っていませんでしたね。偶然の出会いとはいえ、これも何かの縁かもしれません。私はルディアと呼ばれています」
「どこに住んでるの?」
「この公園です」
「おうちは?」
「まだありません」
「へんなの」
この世界でも、家族という単位で住居を持っているのが一般的なのだろうか。
「君の名前は?」
「裕」
「裕君。おうちはどこですか…って、それが分かったら迷子になってないですよね。そうですね……」
私は何とかして、彼の不安を軽くするために、話題を見つけようとした。
「ルディアさん、学校には行ってないの?」
「私ですか?そうですね…今は行ってませんね」
「今は?」
「え、ええ。昔は行ってました」
「おねえちゃんと一緒だ」
「そうなんですか?」
少年の表情は、憂いとも安心ともとれるようだった。
「ぼく、おねえちゃんが三人いる。一番上のおねえちゃんも、昔学校サボってたって言ってた。二番目のおねえちゃんは…ううん、何でもない。それで、三番目のおねえちゃん……」
「どうしました?」
少年の顔が崩れていく。
「いなくなっちゃった」
「そうなんですか……」
「三番目のおねえちゃん、いきなり、家出しちゃった」
「家出、ですか……」
家出?
― あたしも家出したんだー。いろいろあって。―
まさか。
「ねえ、裕君のお姉ちゃんって、このあたりで服を結んでたりする?」
「うん…知ってるの?」
「裕君、苗字は?」
「加々野裕」
やっぱり。
確信に変わった。
「はい!知ってます!未紅ちゃん、つい昨日も会いましたし!一緒に待ちましょう!きっと今日も来るはずです!」
意外な巡り合わせだった。
もしかしたら。
いや、絶対に会いたい。
彼のために。
私のちょっとだけの好奇心のために。
私たちは夕暮れを望み、1人の少女を待った。
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