第56話 予想家として

 メインスタンドに戻る道すがら師匠があっけらかんと話しかけてくる。

「圭一郎もしかしてあいつらの方が上とか思ってないよな?」


「……え!?」


「なんだよ。やっぱりそう思ってんのか」


「ザキさんはアカネさんのことギャンブルの天才って言ってましたし、それにあの考え方は理にかなってるっておもいました」


「ああ分かるわ、それ。あいつの考え方はギャンブルに勝つ思考だからな。その勝てる思考プラス圭一郎の能力に近い予想力、俺みたいな凡人なんぞ到底勝てっこない」


「ですよねってでも師匠は負けてないと思ってるんですよね?」


「ああ、負けてないしなんなら予想家としては俺達の方が上だと思ってる」


 でたよー根拠のない自信……そしてただの負けず嫌い……


「何が勝ってるって言うんですか?」


「それはこのレースが終わったあとでいってやんよ」


 メインスタンドゴール前にアカネとザキさんがいるのが見える。


「おーい! こっちやでもうはじまるでえ!」


 俺たちは2人の隣で並んでレースを見守る。


 場内実況が聞こえてくる。


「大井2レース各馬ゲート入りスムーズです。15番タッチスクリーンがゲート入りしましてスタートしました!」


 ガシャンという音ともに馬がゲートから飛び出す。


「7番オーシャンビュー好スタート! 待ちきれないという感じで加速していきます! ついで12番オービスピカット!」


 7番が先頭に立ち12番が2番手につけており、俺たちが挙げた他の2頭も前の方にいるように見える。


 あれ7番絶好のスタートだしこのまま勝っちゃうんじゃないか? そしたら穴の龍の予想ははずれる。ザキさんのパドック見る目も大したことないような?_


 アカネとザキさんの会話が聞こえてくる。

「っておいー! ザキ7番めっちゃええやんけ。このまま押し切るんとちゃうか!! こりゃ予想はずれるで!」


「まあまあ4コーナーで垂れるさかいみときや」


「ほんまかいな?」


 師匠も便乗して声をあげる。

「ほんまいな!」


 俺もアカネや師匠と同じ意見、あの勢いでとても負けるとは思えないんだけど。


 しかし……ザキさんが言ったように4コーナーに差し掛かってくると7番は他の馬に追いつかれているように見える。実況も7番の劣勢を伝えている。

「7番オーシャンビュー苦しいか! 竹山騎手の手は動いていますが伸びません! 12番オービスピカットが先頭に立つ!」


 結局レースは12番が1着となり、2着には5番が入った。7番は何着だろう? とにかく単勝1.7倍の1番人気の馬は惨敗した。


 あ……ザキさんの言った通りになってるよ……やっぱりザキさんも凄いんだ……あの二人に俺たちは勝てるのか?


 単勝1倍台が惨敗したということもあって周囲がザワザワとし色んな声が聞こえてくる。

「単勝1倍台の竹山は買っちゃだめだろー飛ぶの分かってたしー」


「でもお前馬券外してんじゃん」


「軸間違えたーー」


 ザキさんがアカネに話しかけている。

「ほらな。7番垂れたやろ? レース前に入れ込んでて消耗しとったさかいな」


「うちはザキの言うこと信じてたよ。7番切れって言うとるしな」


「はあ? さっきはこのまま押し切るんとちゃうっていってたやんけ」


「それはそうみえただけや。心の中ではザキのことしんじっとったんやで? 」


「なんやそれ」


 そんな二人をしり目に師匠はガッツポーズを決める。

「しゃ! 馬連ゲットー!」


 そう言って二人に馬券を見せている。


 アカネが話しかけてくる。

「お! おっちゃんおめでとうって7番いれとるやないかーい!」


「予想で7番勧めてる以上切れないだろ?」


「あーそりゃしゃーないな。でもうちの予想信じた方がよかったんちゃう?」


「今回はお前らの勝ちだな」


 ……あれ馬券取れてるのに師匠が負けを認めた? 明日は雨かやりでも降るのか?


「せやろ? うちらの勝ちやで! ってうちら馬券買ってへんやんけ!」


「じゃあ俺たちの勝ちやで!」

 といって師匠は笑っている。


 俺は師匠を見て話しかける。

「師匠ちょっといいですか?」


「ああ、さっきの話か」


「そうです」


 アカネが怪訝そうな顔をして話しかけてくる」。

「なんや、うちらに言えんヒソヒソ話かいな?」


 師匠が答える。

「まあそんなとこだ。俺たちの作戦会議」



 ということで穴の龍の二人からちょっと離れた場所で話をする。


 俺から話をする。

「師匠、どう考えてもあの二人の方が俺たちより優れてますよ……認めてください」


「まあ馬券で生活をしていくならあいつらには俺たちは勝てないだろうな」


「ほらー」


「ってお前はどうしたいんだ? あいつらの仲間に入れてもらうつもりか?」


「……そういうわけじゃ……もっとこう俺たちもできる努力したらって……買い方を真似するとか」


「真似ねぇ真似したらあいつら越えられるのか?」


「もう! もったいぶらないで言ってくださいよ師匠!」


「分かったよ。じゃあ圭一郎。的中率50%で回収率120%の予想家と的中率10%で回収率130%の予想家どっちが人気が出ると思う?」


「そんなのいうまでもなく後者でしょ?」


「はあ……甘いな圭一郎くん。結婚したての嫁さんが作る手料理よりずっと甘いよ」


「なんですかそれ……」


「じゃあ圭一郎が後者、的中率10%回収率130%の予想家の予想を買ったとする。1レースはずれ、2レースはずれ、3レースもはずれ5レースまで全部ハズレ。一方俺は前者の予想家の予想を買う。1レース当たり、2レースハズレ、3レース当たり、4レースハズレ、5レース当たる。そうするとどっちの予想家の予想を買いたくなる?」


「それは……」


「あいつらの馬券の買い方は博打的には圧倒的に正しいし、勝ち組だ。だが予想家としてはいまいちだ。予想家は当たる予想をする方が圧倒的に正しい。予想に頼る人間はレースを当てたくて頼ってるんだよ。何レースも外して最終的に勝てるからといわれても信用できるか? 人間って予想を買ったら当たるのは当たり前で、外れたら腹が立って記憶に残るからな。だから俺たちは今のままで馬のステータスを信じて当たる予想すればいい。まあ予想の精度を上げる必要はあるけどまあそれは俺の仕事だ」


「……師匠……」


「これはありとあらゆる予想を買ったり頼ったりしてきた俺なり経験則だけどなガハハハッ!」

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