第35話 5億

 4レースが終わり、5レースのパドックが始まる前に師匠がぱんぱんと顔を叩き口を開く。


「京都の新馬戦は5レースのみだからここに俺たちの命運が掛かってる。残り1万しかないからここで捲れないと有馬に行けないつもりで気合入れていくぞ!」


 そう俺たちはあと1万しかない。この1万円を失うと馬券対決敗退決定となってしまう……


 でもなんか1レースが終わったあと師匠が新馬戦に気になる馬がいるって言ってたような気がするんだが……師匠に聞いてみるか。


「なんか新馬戦に気になる馬がいるとかいってませんでした?」


 俺がそう聞くと師匠は得意げに答える。

「ああ。この新馬戦いるんだよ。すげー馬がさ。まあオッズ見てみろ」


 パドックに馬はまだでてきていないが、前売りのオッズを見てみると……8番単勝1.5倍の文字。どうやら8番っぽい。


「8番ですか?」


「そう8番、アパッチトマホーク」


「そんなに強いんですか? その馬」


「アパッチトマホークはセリで5億で取引された馬だ。その年のセリで最高値さいたかねな」


「ごおくってジンバブエドルとかじゃないですよね?」


「円に決まってるだろ。5億円だ」


「5億って豪邸建てらますよ!! 芸能人が住むような大理石ばりの床にクソデカテレビに30帖のリビングとか!! そんな豪邸が建てられるのに馬1頭に5億とかおかしくないですか!?」


「まあまあ落ち着けって。そんな馬買うやつはもうそんな豪邸に住んでるし、なんなら毎年そんな豪邸が10件は建てられる収入があるから買ってるんだよ」


 ……じょ、上級国民……


「で、でも取り返せる見込みがあるから5億円も出しちゃうんですよね? この新馬戦っていくらもらえるんですか? 5000万ぐらいですか?」


 師匠は首を横に振って答える。

「500万ぐらい」


「えええ! そんなんじゃ全然赤字じゃないですか!」


「馬鹿だなあ有馬記念勝つと4億貰えるから」


「な、なるほど……って、それでもまだ赤字じゃないですか」


「有馬記念勝つような馬がG1を1勝で終わるわけないだろう? 複数G1を勝ったら5億なんてあっとういうまにペイできるし、一応獲得最高賞金馬は19億だ。そのあと繁殖にあがれば何十億にもなる」


「じゅ、じゅうきゅうおく……」


 す、すごい世界だ……でも、万が一その馬がG1勝てなかったらどうなるだろう……5億全部損するってこと?


「し、師匠……つかぬことをお聞きしますが5億の馬だから、滅茶苦茶つよいんですよね? この間天皇賞勝ったジークアドラルとかも億ぐらいするんですよね?」


「……血統は申し分ない。アメリカのG1を5勝してる母馬に日本ダービーを何勝もしてるトップサイアーの父」


 師匠が何をいってるのかさっぱり分からないけど、ちょっと意味深な感じがするのだけは伝わってくるそうなんか奥歯にものが挟まってるような言い方。


「もしかして師匠は5億の馬が弱いかもって思ってません?」


 俺がそう言うと師匠はにやっと笑らう。


「ふふふ。分かる?」


「そりゃあんな言い方だと分かりますよ」


「良血でクソ高い馬ってだいたい走らないことが結構あるんだよなあ」


「それってマジですか?」


「ああ。そうだよ。ジークアドラルはセリにはでてないけど、評価額は2000万ぐらいっていわれてたし、チャンピオンベルトも2000万ぐらいなんだよなあ」


 5億に比べたら安いけど2000万もたいがいだよなあ……


 腕を組んだ師匠は話を続ける。

「このレースが俺たちの真骨頂が発揮されるレースだと睨んでる。アパッチトマホークの真の実力が俺たちの力で分かるんだ」


「そうか……5億の馬だから強いんじゃなくてステータスが高いから強いんですよね」


「そう。そういうこと。値段じゃねぇんだ。ステータスだステータス」


 師匠とそうこういってるうちに5レースのパドックに馬が入場してきた。

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