第16話 京都競馬場

「それじゃ明日は京都いくぞ京都」

 酒で赤ら顔をした師匠がそういった。


 どうせ酔っ払って気分よくなってるだけだろう。俺は京都なんか行きたくない。


「明日も東京競馬場でレースあるんですよね? なんでわざわざ京都までいくんですか?」


「馬鹿野郎!! 明日は菊花賞が京都競馬場あるんだぞ! G1を予想しない競馬予想屋なんで競馬やめちまえ!!!」

 そういってドンとテーブルを叩く師匠。


「は、はあ……」

 じーわんってなんだよ……


「とにかくだ! 明日は京都競馬場に行く。それで菊花賞の予想をする! 一頭気になってる馬がいるからなその馬のステータスが高けりゃその馬を本命にすりゃあいい。どうせ二番人気あたりだ」


「は、はあ……」


「おまえ、京都いきたくねぇのか?」

 不機嫌な感じで師匠がそういった。


「い、いや別にそいうわけじゃ……そもそもじーわんってなんですか……」


「馬鹿野郎!! これから競馬予想やる奴がG1を知らんとかふざけんな!!」


「す、すいません……し、師匠飲みすぎですよ……」

 師匠は飲むとたちが悪くなるのか覚えておこう……


「うるへぇぇぇ!! G1ってのは競走馬の頂点を決めるレースだ! G1を勝つことを目指して競走馬たちは日々切磋琢磨してんだよ! これ常識だから覚えとけ」


「はいはい……」


 ――翌日……


 俺たちは京都競馬場の前に立っている。


 京都競馬場も東京競馬場に負けずとも劣らないぐらいでかい。しかし昨日の東京競馬場より遥かに人が多い。

「人、多いっすね」


「そりゃそうだろ。今日はクラシック最後の一冠菊花賞だからな」


 こっちに来る新幹線の車中、今日のメインレースがなんであるか師匠がたっぷりとレクチャーしてくれた。皐月賞? 日本ダービー? 菊花賞ってのがクラシック3冠ていうレースで、その菊花賞が今日京都競馬場で行われるとのこと。


 だから人が多いということらしい。そんな中、師匠はいつもと同じスウェット上下にサンダルの恰好で来ていて妙に浮いている。それを気にしてかこそこそと動きキョロキョロと周囲を伺っている。


 そんな動きをするものだから余計に浮いている。


 競馬場に来るの分かってんならもっとちゃんとした服きてくりゃいいのに。


 ボソッと呟きそうになるのをこらえる。


 京都競馬場の中に入ると師匠は急に急にソワソワしはじめこう言った。

「お、おれ京都競馬場初めてなんだ……」


 なんでここに来るまでの間に言わなかったんだろう……


「そ、そうなんですか……まあでも案内板とかありますしなんとかなるでしょ」


「ま、まあそれはいいんだけど俺、お墓参りに行きたいんだよね……京都競馬場にきたら行こうと思ってて」


「墓参り? 親戚かだれかのですか?」


「なんで京都競馬場に親戚の墓があんだよ。馬だよ。馬。もう25年ぐらい前になるかな? 俺が学生の時に京都競馬場で亡くなった馬がいんだよ」


「へぇぇ馬のお墓とかあるんですね」


「おうよ。京都競馬場にきたら一度は来てみたいと思ってたんだよな」


 その言葉を聞いてちょっとだけ師匠のことを見直した。

「いやあ、師匠ってただのギャンブル依存症かと思ってましたけど違うんですね」


「馬、好きだからな……」


 ということで職員の人に聞いてお墓の場所に向かう。


 パドックの裏にひっそりとしたところに石碑があった。ひっそりとした場所ではあるが人が次々にきてお参りをしているようで、新しい人参や花がお供えされている。


「今日は菊花賞だからな。この馬が初めてG1勝ったの菊花賞なんだ」

 そう言って師匠は手を合わせる。俺も一緒に手を合わせる。


 しんみりとした感じで話始める師匠。

「この馬はG1を3勝してるんだが、全部京都競馬場で行われたレースなんだ」


「へぇぇ、京都競馬場が得意だったんですね」


 師匠は軽く頷くとまた口を開く。


「俺はこの馬が2回目の天皇賞を勝ったレースが好きだった。菊花賞と天皇賞で強い馬2頭に勝ったあと2年勝てなくなってな。もう終わった馬なんじゃないかと思われはじめだした時だった……この馬が4コーナーから先頭に立って執念のハナ差勝利……」


 そこで言葉を詰まらせる師匠。


「2年ぶりに勝つって凄いですね……」


「ああ……2年ぶりの勝利のその2か月後の京都競馬場で行われた宝塚記念でこの馬はレース中に故障して亡くなったんだよ」


 鼻をすすりながら話す師匠。目は伏せているから分からないがその声から涙しているのは分かる。


「……そうなんですね……」


 すっと目をぬぐった師匠は踵を返す。


「よし! 行こう! 予想を当てて最高の予想屋デビューをしようぜ!」


 俺たちは京都競馬場のパドックに向かった。

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