第11話 ハナ差

「スタートしました! 5番アルアルバイト、好スタート! ハナを切ります。続いて3番アイドルアイドル、2番オーケーフェルマー、1番ジャリンタマコ、4番ウルチマイが続きます」

 場内の実況が響く。


「よし! ゲートは出た! 帯きたああああああ!!!」

 師匠はそう言ってガッツポーズをしている。


 っていうかここ当たらないと無一文になるのは俺も一緒だ……


 5番の馬が先頭を走り、3番が続くという形でコーナーに入っていく。それを場内の実況が伝える。


「ハナを切ったアルアルバイト1馬身ほどリードして1コーナーのカーブに差し掛かります。2番手は3番アイドルアイドル鞍上は槍野、いつ仕掛けるのか?」


 よし! よし!! このまま! このまま! このまま!!


「さあ3コーナーに入って先頭は5番アルアルバイト。ここでアイドルアイドルが仕掛ける槍野の手が動く。この2頭以下5馬身、6馬身と開いていく、マッチレースの様相になってきました」


「勝ったぞ! これは勝ちだ!」

 師匠はその状況をみてそう叫ぶ。


「もう勝ちですか?」


「ああ。3番の馬の騎手の手が動いて仕掛けてる。それに対して5番は持ったまま。これは5番にはまだ余力があるってことだ」


 持ったままとかよくわからないがとにかく5番が優勢らしい。


「さあ、勝負所4コーナーのカーブを抜けて先頭は5番アルアルバイトに3番アイドルアイドルが並びかける。さあアルアルバイト鞍上菅野の手が動く! この2頭から7馬身から8馬身後方に2番オーケーフェルマーが続く!!」


 最後の直線に入って5番と3番が抜きつ抜かれつの競り合いを繰り広げる。そして3番の頭が少しだけ前に出る。


 え……やば……俺の全財産が……そう思った瞬間、師匠の叫びが聞こえてきた。

「こい!! こい!! 5番来てくれぇぇぇ頭でお願いだああああああああ」


 もうこうなったら応援するしかない……

「いっけぇぇぇぇぇ!!! 5番!!! 俺の全財産ぶち込んだんだぞおおおおお!!! おねがいしまあああああああああああああああああああああああああああす!!!」


「3番アイドルアイドルが先頭、5番アルアルバイトが差し返す!! 2頭並んでゴールイーーーン!!」


 自分の目にはどっちが先にゴールしたのか分からなかった……


 師匠が頭を抱えながら呟く。

「菅野め、手ごたえがいいからって油断してやがった。追い出しが遅れたから……くそおおおおお騎手の腕を計算にいれてなかった……馬複にしとけばよかった……」


「5番が1着じゃないのダメなんですよね?……」

 師匠にもう一度確認をしてみる。


 渋い顔をした師匠が頷く。


 真ん中のデカいモニターにゴールする直前の映像が映し出され3番と5番が並んでいる。それがスローモーションでなりながら表示されている。


 師匠と俺、いや3番と5番の馬券を持ってる人全員がそのモニターを息を吞んで見守っている。


 場内の実況がそのモニターに映し出されているレース結果を伝えている。


「アルアルバイトかアイドルアイドルかどっちでしょうかスローモーションの映像では……5番アルアルバイトが先着しているようにも見えますが……写真判定のようです。お手持ちの勝ち馬投票券は確定されるまでお持ちください」


 ってことは5番が1着で3番が2着ってことは……とれたああああああああああああああああ全財産1200円突っ込んだ馬券がとれたああああああああ


 25倍とかってちらっと言ってた気がするから3万!? うおおおおお3万になったああああああ


 と心の中で叫んでいると……隣から


「っっっっしゃああああああああああああああああああああああ!!! 帯来たああああああああああああああ!!!」

 師匠の腹の底から叫ぶような声が聞こえてくる。


「やりましたね師匠!!」


 師匠は声を震わせながら話しかけてくる。

「あああ。帯だ……帯……」


「師匠、俺のアタッシュケース使いますか?」


「それはちょっとデカいかな」


 胸ポケットから馬券を取り出し俺に見せる師匠。

「これが100万の帯馬券だ。拝んどけよ」


 そう言って師匠が見せた馬券には5-2と記載されている。


 あれ? 俺の手に持っている馬券は馬単5-3。掲示板の一番上には5番とその次には3番。師匠が持っている馬券は5-2……


 ど……どうしよう……師匠の馬券当たってない……や、やばい……


「あぶねぇあぶねぇ……」

 師匠はそう言って馬券をすぐ胸ポケットに入れる。


「帯取ったとか叫んじまったから他の連中に狙われかねないからな。隠しておかないと……すりにでもあったら最悪だ」


「そ、そうですね……」


 どうしよう……師匠、当たったつもりでいるんだけど……もういたたまれない……あれが外れてるって知ったら俺は師匠を慰める術を知らない……


 そうだ!! 急用ができたとかいって逃げよう……この場を逃げよう……3万あるし家に帰って美味いもんでも食おう……


 電話がかかってきたふりをしてと……


 スマホを取り出して慌てた素振りを見せる。


「し、師匠、ちょっと急用ができたんで今日のところは帰ります」


「あーそうなの。残念だなあ……あ! そうだLIME交換しとこうぜ。俺の帯の写真送ってやるから」


「は、はい。喜んで……」

 ということで急いでSNSのアドレスを交換し、慌てるように馬券を換金して3万を手にして急いで家路についた……


 帰る電車の中、師匠から怨嗟の叫びが聞こえてくるようなLIMEが届き、俺は知らないふりをしてびっくりしたような感じで答えておいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る