6日目 相談のりました

「おっはよ〜! 霊歌ちゃん!」


 事務所の扉をバッと開けて挨拶をする。


「おはようございます。と言ってももう4時ですけどね。貴方が来てからずっと思っていたんですけど、なんでおはようなんですか?」


 突然そんな事を言われて俺も悩んでしまう。


「なんでって、なんでだろ? バイトの時におはようございますって言ってたからかな?」


 別に疑問に感じていなかったが、言われてみれば確かに変だ。


 でもそれと同時に少し嬉しくなった。

 最初は俺の事を厄介者としか見てなかったのに他愛もない話をしてくれるようになるとはな。


「……そうですか。貴方も分かってなかったんですね。どうでもいいですけど」


 そう言って手に持っていた本へ視線を落とした。


 俺は霊歌ちゃんの正面のソファーに座った。


「今日は依頼入ってるの?」


「いえ、今日は特に何もないですね」


「……そっか。またゲームでもする?」


「どうしてもというのならしてあげない事もないですよ?」


 なんで話していると店の扉が開いた。依頼人かな? と思っているとお届け物でーす。と言ったので違ったみたいだ。


 霊歌ちゃんが配達員から荷物を受け取ると配達員はすぐに帰っていった。


「じゃあゲームしようよ」


 と言うが霊歌ちゃんから返事がない。荷物を受け取ったままその場に立ち尽くしている。


「おーい、聞いてる?」


 俺が聞いても返事してくれない。仕方ないので肩を叩いたら体がビクッと震えた。

 

「じょ、女性の体を急に触らないでください」


 という霊歌ちゃんだが顔色がすごい悪い。


「声をかけても返事がなかったから……ソレのせい?」


 俺は荷物を指差した。先程までは普段通りだったし考えられるのはそれだけだろう。

 


「……はい、実家からです」


 と言って荷物を見せてきた。差出人は霊山純子となっていた。

 母親だろうか? と言うか霊歌ちゃんって一人暮らしだったんだ。


「仲悪いの?」


 俺の言葉に霊歌ちゃんは首を振った。


「仲が悪いって事はない、と思います。ただ私が家のしきたりが嫌で一人暮らしをし始めたんです」


 そうだったのか。呪術師とかもしきたりとかあるのか。


「へー、じゃあその中身が悪い物って決まったわけじゃないんじゃない?」


 案外仕送りだったりするかもしれない。


「いえ、恐らくは霊山家に代々伝わる依代の一部かと」


 と言いながら霊歌ちゃんは届いた荷物を開き始めた。


「依代って神様が取り憑くもの?」


「まあ大体はあっています。以前にも話しましたが、呪術師は元を正せば神道に通じます。そして霊山家、つまり私の家も元を正せば神に仕えていました。……やはりそうでしたか」


 中には半分になった木彫りの人形が入っていた。


「この半分になってる人形が?」


「はい。我らが信仰する神の依代です。残りの半分は実家にあるのでしょう」


「へー、でもなんでこんな物送ってくんの?」


「……家を継げと言う事です」


「なるほどなー、でも家を継ぐのがそんなに嫌なの? 別に呪術師って事には変わりないんだし、今の活動も陰で続けたらいいんじゃない?」


 俺がそう聞くと霊歌ちゃんは顔を伏せた。


「……私は家で世間一般で言うところの巫女の立場にあたるんです。そして私が家を継ぐというのは私が消えるという事になるんです」


 ??? 意味がわからんぞ? なんで家を継ぐと霊歌ちゃんが消えるんだ?


「???? ごめんちょっと何言ってるかわかんない」


 そこで霊歌ちゃんはハッとした表情になった。


「すみません。少し端折りすぎました。呪術師の家系で巫女であるという事は神降ろしを成功させるための器であるという事なんです」


「神降ろし?」


「はい、神降ろしというのはそのままの意味でその身に神を降臨させる事です。私がこの依代を持ち帰り実家にある残りの依代をくっつけたら最後、私の精神は死ぬんです」


 ……話が壮大でついていけない。


「……仮にその話が本当だとして神なんて降ろして何するの?」


「家の復興ですよ。呪術師は本来なりたくてなる物ではありませんからね。私達の先祖が何かしらの悪事を働き神から罰を受けた。それがこの呪いの力です」


 そうだったのか。


「そっか。大体わかったよ。霊歌ちゃんが青ざめてた理由もね。そこまで聞いた上で質問があるんだけど霊歌ちゃんはどうしたいの?」


 俺は優しく質問した。


「私は、私は霊山霊歌のまま生きていたいです! でもそれは叶いません。おばあちゃんもおじいちゃんもお母さんもお父さんも、私の親戚全員がそれを望んでいますから……」


 と霊歌ちゃんは今までにないくらい弱々しい態度を見せた。

 

「……本当は家に帰るつもりなんてなかったんです。ここで店を頑張って一人立ちすれば大丈夫だって思ったんですけど、家がバレてしまったからにはその内家の者がここにくると思います」


 ……………


「霊歌ちゃん。ちょっと携帯貸して」


「……何を?」


「いいからほら、プリーズ携帯」


 不思議そうに霊歌ちゃんはスマホを渡してきた。


「ロック解いて」


「なんでですか?」


「いいから、ね? お願い」


 そういうと渋々、ロックを解除してくれた。


「ありがと」


 俺は霊歌ちゃんのスマホで電話のところをタップした。

 連絡先の中にあるお母さんをタップし、迷わずテレビ電話をかけた。


「本当に何をしているんですか?」


 霊歌ちゃんは俺が霊歌ママに連絡した事に気づいていないようだ。


 少ししたらもしもし。とカメラが繋がった。霊歌ちゃんににて美人さんだ。


「初めましてお母さん! 俺、霊歌ちゃんに呪いをかけられた津島ヒロっていいます!」


 そう言って胸の黒い紋章を見せた。


「何をしているんですか!?」


 霊歌ちゃんは驚いて止めようとするが霊歌ちゃんを振り解く。

 スマホの画面の向こうでは突然の事でビックリしたような顔を浮かべている霊歌ママの姿があった。


「霊歌ちゃんから聞いたんですけど、これって大事な物ですよね?」


 と言って依代を持ち上げてキッチンへ向かった。


「な、なにをしているんですか!?」


「依代を放しなさい!」


 霊歌ちゃんと霊歌ママからそう言われるが知ったこっちゃない。


「俺、殺されるみたいなんで、ちょっとした嫌がらせでこの依代? をぶっ壊したいと思いまーす!」


 気分はYouTuberだ。スマホのカメラをちょうどコンロに向けて火をつけてその上に依代を放り投げた。


 画面の向こうで霊歌ママが発狂している美人だった顔は無茶苦茶になっている。


「恨むんなら俺を恨めよ、クソババァ! どうせ殺されるんだから怖い物なんて何もないけどな! ハッハッハッ!」


 と笑って通話越しから叫ぶ。


「なにしてるんですか!?」


 すると霊歌ちゃんが飛びついてきた。


「だって霊歌ちゃん本当は神降ししたかったんでしょ? おっと、誤魔化さなくても大丈夫だよ、わかってるからね? だからこれは俺なりの復讐さ! どうせ明日死ぬんだからね!」


 とわざと大声で話してスマホを霊歌ちゃんに返す。

 そしてそのまま俺は事務所の外へと向かう。


「お母さん、ごめんなさい」 


 彼女の母親がヒステリックに叫んでいるのがここまで聞こえてくる。そしてそれに対して謝っている霊歌ちゃんの声もだ。



「くっっ、」


 外まで出るが心臓の痛みで膝を崩す。今日の朝からずっと体調が悪かったが、時間が経つにつれて症状はひどくなっていた。


「くそ、心臓がいてぇ………」


 這いずってでも帰ろうとするが体が思うよに動かない。


「ぅ! …………」


 俺の意識がどんどんと薄れていく。

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