第33話 恭子33
それから伊織さんに廃校での出来事を話した。話し終わると、伊織さんはもう一度「きみは立派だよ」と言った。
さっきは何の経緯も知らなかったはずなのに、その言葉をさらりと言えたのだから凄い。きっとその言葉を私が欲していると気付いたのだろう。自分でも気づいていなかったことだ。
帰り際に「じゃあ、また」と挨拶した。私に洋服が必要だと、どうして知っていたのか聞きそびれてしまった。次会ったときに聞こう。
またがあるのだ。それには安心した。
私のこれからについて、相談できる人は多いほうが良い。それは確か、二度目に会ったときに伊織さんも言っていたことだ。
ネットで調べても、きっと答えは出てこないだろうから。
入れ替わるようにして桔梗さんがやってきた。
昨日の今日で随分とやつれた顔をしていた。スーツにもシワが目立っていた。それらが不思議なことに、桔梗さんを警察官らしくしていた。
理玖くんは今検査中で、もうしばらくかかることを伝える。桔梗さんはそれに曖昧な返事をしたあとで、深々と私に頭を下げた。
そのまま状態で数秒。
私は驚いて席を立つ。
私が吸血鬼になったのは、自分の判断ミスだと、そう桔梗さんは言った。あのとき、あの騒ぎが収まるまで私たちは公主の部屋に留まるべきだったと。
そうか、私のことを聞いたのだ。
昨夜アザミさんからそのことを指摘されなかったから、もしかしたら気づかれなかったのかもしれないと考えていた。
この病院では来たときから、私が吸血鬼であるとわかっているような対応であったけれど、それは病院だからだと勝手に納得していた。
私のことは、警察から病院へ伝えてあったのだろう。それに伊織さんにも。私がぼろぼろだったと聞いて、洋服を持ってきてくれたのだ。
とりあえず頭を上げさせて、椅子に座ってもらった。
そして桔梗さんとわかれてからの話をする。
警察側は私が吸血鬼になったということだけ把握していたらしく、なぜ道を進んだのかは知らないようだった。ただアザミさんと会ったときの私の状態から、何かしらの戦闘に巻き込まれたのだと予想されていた。
桔梗さんは険しい顔で、私を襲った人物についての詳細を聞くと、電話をかけるために席を立った。戻ってくると、今度はあの後の話をしてくれた。
それから改めて、公主の部屋でのことを思い返す。
あのときは突入の音が聞こえてきて、みんな少しパニックになっていたと思う。そこで桔梗さんから、早くここを出たほうが良いと言われたのだ。けれどその話を聞く前から、私たちはあの場を離れようとしていた。森咲さんは部屋の外を確認していたし。
「あのとき私は公主の部屋に残ったほうが安全だと感じていた。それなのに、きみたちを行かせてしまった。私が残ろうと主張すれば、きみたちは出ていかなかったはずだ」
「うーん。私は逃げたほうが安全だと思って反対したかもしれません。それに、あの部屋に残っていたとしても、あの人は来ていたんじゃないですか?」
神様だと言われている青年のことだ。
「どうだろうか。彼が何を目的として廃校に来たのかわからないけれど、もしかしたら、きみたちが外へ出たからやってきたのかもしれない……つまり、目的を達成するのに森咲くんが邪魔になる可能性があったから、それをおさえるために彼が出てきた」
目的とはなんだろうか。
公主とあの床から急に現れた人は復讐だと言っていた。
私たちがその復讐の邪魔をする可能性があったということだろうか。
「外へ出ようとしていただけなのに」
「そうだね。これはぼんやりとした想像だから……例えば彼が公主の部屋に来ていたとしても、そこには森咲くんと公主がいたのだから、きみが吸血鬼になることはなかったかもしれない」
吸血鬼が二人と神様ならどちらが強いのだろうか。場合によっては、同じような展開になっていたような気がする。
「きみは怒りを感じていない?」
「桔梗さんに対してですか?」
「うん。もしくは、他の人とか物とか、状況とか」
怒りを覚えるほど、まだ何も不自由を感じていない。日の光の下を、もう二度と歩けないとしたら、嫌になっているかもしれないけれど。
ずっと若いままでいられるというのも、悪くはない。
すべては今のところだ。これから先のことはわからない。けれどこれから起こるかもしれない不都合さで、怒りは湧いてこなかった。
「いいえ、特には」
「そう」
「誰かを恨んだり、誰かのせいにしたりしても、何が変わるわけでもないですし」
「心は軽くなるかもしれないよ」
「ならないですよ」
逆に重くなってしまうだろう。それに囚われて、身動きが取れなくなってしまう。それが生きがいになる人もいるだろうけれど。私は身軽なほうが好きだ。
それに今回の場合、桔梗さんが悪いわけではない。
私が迷子にならなければ、奇妙なサークルのイベントに参加しなければ、こんなことにはならなかった。そもそも、涼子探しを警察に任せておけば良かったのだ。
けれど自分で選んだのだ。
死にそうだったとはいえ、最終的に吸血鬼になるのを選んだのは私なのだ。
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