第29話 恭子29
外への扉を少しだけ開ける。
じめっとはしていたが、それでも新鮮な空気が入ってきた。
耳を澄ます。
自分のすぐ近くから、だんだんと範囲を広げるような感覚で周囲の音を探る。
初めてだったけれど自然とできた。
近くで誰かが動くような物音はしない。
笑い顔の人たちは、もう移動してしまったようだ。
公主のいた部屋のあたりも、誰もいないように感じたが、少し遠いので確実にそうだとは言い難い。
校門ほうでは、複数人の歩く音や話し声が聞こえた。これは騒いでいる雰囲気ではない。
一応外へ出て、近場を見て回る。
誰もいなかった。
声をかけると理玖くんも外に出てきた。
外の手洗い場は、幸い水が出た。
ハンカチを濡らして、恐る恐る身体の血を拭く。染みるかと思ったが、もう傷口は塞がっているようだった。
これからどうしようか。
森咲さんと合流するのが一番良いが、帰ってこないということは、近くにはいないか動ける状態ではないと考えられる。
あとは公主か、桔梗さん。
さっきの部屋に戻るべきだろうか?
ポケットからくしゃくしゃになった伊織さんの名刺が出てきた。
けれど携帯電話は画面が派手に割れているし、形も少し歪んでいて、押しても電源は入らなかった。伊織さんに電話は無理だ。
とりあえず警察官が集まっているであろう方角へと進むことにした。
桔梗さんが私たちのことを話していると言っていたから、最悪の状態にはならないたろう。
少なくもと、理玖くんなら保護してもらえるはずだ。今の私はどうなるのかわからない。
いきなり留置場に入れられるなんてことはないと思いたい。
最悪の状態ってなんだろう。
問答無用で殺されたりすることだろうか。
法治国家でそんなことが起こるとは思えないけれど、吸血鬼に適用されるのかどうか疑問だ。
「もし捕まったらどうしましょう?」
「理玖くんは大丈夫だよ」
「恭子さんは大丈夫じゃないってことですか?」
「それは、うーん、わからない」
「それなら僕も大丈夫じゃないです」
思えば会ったばかりだ。それなのにこんなに懐いてくれているのはとても嬉しい。
「そうかー。なら逃げちゃう?」
冗談めかして言ってみると、理玖くんはくすりと笑った。
「逃げちゃいましょう」
そこからどうやって逃げるかを、小さな声で相談した。
試しに理玖くんを抱えて軽くジャンプしてみた。
予想をはるか超えて、二階部分の窓枠に手がかかった。
自分でもびっくりした。
理玖くんを落とさないようにぎゅっと抱き抱え、壁を蹴ると、校舎から離れて着地した。
「これなら屋上までいけそうですね」
理玖くんの目がきらめいた。
怖がらせたかと思ったけれど、楽しかったようだ。
一度のジャンプで屋上までは上れないが、何度か足場でジャンプし直せばいけるだろう。
「よし。じゃあ危なくなったら、校舎の屋上まで上ってから、学校の裏手に降りよう」
それからタクシーに乗ろう、病院まで帰れば都築先生に助けてもらえる。お金だってたくさん持ってきているから大丈夫だと、理玖くんは私にお財布を見せてくれた。頼もしい。
校門に近くなると投光器からの強い光が見えた。
イベントの参加者たちが順番にパトカーに乗せられている。
抵抗する様子もなく、泣いたり怒ったりというわけでもない。
最初から、こうなることはわかっていたかのようだ。
いや、わかっていたのだろう。
突入されたら合図があるまで待機、というのは、突入されることも計画に含まれているということだ。
疲れを感じて目を閉じる。
すると鋭い音がまっすぐ耳に届いた。まだ遠い位置にあるが、だんだんと大きくなる。
「どうしました?」
理玖くんの声。
「救急車が来るみたい」
「怪我人が出たんですね」
「たぶん」
救急車が入ってきて広場で止まった。
後部のドアが開けられて、ストレッチャーが出てくる。慌ただしく校舎へと向かっていった。
一連の動きに気を取られていた。
気がつくと警察官の一人がこちらを見ていた。
まずいだろうか。
中肉中背。柔和な表情。くたびれたサラリーマンのようにも見える。
「
「はい」
理玖くんが返事をする。
私はいつでも逃げられるように、理玖くんの腕に触れる。
「きみたちは怪我をしている?」
「大丈夫です」
ストレッチャーの金属的な音が近づいてくる。
「私はアザミです。桔梗の、まあ、上司だね。ずっと探していたんだよ、良かった見つかって。きみたちまでいなくなったのかと心配してたんだ」
誰がいなくなったんだろう。
「僕たちどうなっちゃんうんですか?」
理玖くんが不安そうな声で聞いた。
「ははは。心配しなくても大丈夫。パトカーで病院まで送るよ。二人とも」
ストレッチャーが視界に入った。
血の匂いがする。
アザミさんがさりげなく身体を動かして、私たちに怪我人が見えないようにした。
けれどそれよりも先に私には見えていた。
だから理玖くんには見えないように、そっと手で理玖くんの目を覆った。
「知らない人だよ」
私が言えるのはそれだけだった。
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