第28話 恭子28
チャイムの音は校内と、そして廃校の敷地内に響き渡っていく。
今までここに来ていて、チャイムを聞いたことはない。
『突入された! 合図があるまではそのまま!』
これがその合図だろうか。
二人してその音に気を取られたけれど、私のほうが早く切り替えられた。
躊躇わずに間合いを詰める。が、身体が宙に浮いた。
首を基点にして振り子のように揺れる。
「どうどう」
聞き覚えのある声。
突然現れたその人は、声に笑みを滲ませながらそう言って私をおろした。
洋服の襟首を猫のように掴まれていたのだ。
「キョーコちゃんごめんねー、妙齢のお嬢さんにこんなことして。でも、もうこいつを回収する時間なんだ」
間伸びしたような話し方。
顔を合わせる。
笑い顔の人だ。
あれ?
ああ。
ああ。
ああ、この人、人間じゃない。
吸血鬼。
見た瞬間に理解した。
いや、見た目だけではない。気配とか雰囲気とか、そういったことも含めてそうだとわかった。
ツーブロックの人は、最初から人間じゃないってわかっていたから、その違いに気づけていなかったのかもしれない。
理玖くんを見る。
ほんの僅かに同類の香りがする。けれど、それは残り香のようなものだった。
理玖くんは人間に戻れたのだ。
良かった。
今の状況で唯一、手放しで喜べることだった。
そう、戦いの最中理玖くんを見て人間だと安心できたのも、私が人間と吸血鬼を見分けられたからだ。
笑い顔の人が来たことで、さっきまであったヒリヒリとした空気は霧散していた。相手の敵意も、もう感じられない。
私は、まだ胸がどきどきしていた。でも暴れ出したい気持ちは、もうだいぶ治まっている。
どうしてこの人が今ここに来た?
回収ってことは、廃校から逃げるってことだろう。これから二人揃って警察に捕まるとも思えない。
そういえば、突入されたのなら、今日集まっていた何人かは既に捕まっているのではないだろうか。
その人たちはどうなるのだろう?
そもそも、今日のこの騒ぎはいったい何だったのだ?
身体の動きが止まると、今度は頭の中に疑問が渦巻き始める。
「好戦的なのも考えものだねぇ。まあ、結果的に良かったような、悪かったような」
笑い顔の人はそうツーブロックの人に声をかけ、次に理玖くんに手を振ると、私のほうを向く。やけに嬉しそうに見えた。
「二人ともボロボロだねー。怪我はすぐ治るとは思うけど、その格好だと外歩けないよ」
明るい口調でそう言うと、さらに楽しそうに続けた。
「そうそう急なんだけどキョーコちゃん僕らと一緒に来る気ある?」
一緒に?
どういうことだろう?
「本物の吸血鬼ほどじゃないけど、クロラも生き延びるのって結構大変なんだよねー。しかもきみはまだ若いし。一緒に来たら、いろいろ助けてあげられるよ」
本物の吸血鬼とは、あの公主のことなのだろう。そして、クロラとは迷子から道を進んだ私のことだ。
笑い顔の人も、ツーブロックの人もそうだと思う。
つまり、吸血鬼たちは助け合って暮らしているということか。
伊織さんも誰かを、おそらく吸血鬼を助けることを仕事にしていると言っていた。
そうだ、私は、これからのことを考えなければいけない。
家には戻れるだろうか。しばらくは大丈夫だろう。けれど何年か経てば、私が歳を取らないことにお母さんが気づく。
家を出て行かないと。でも、どこへ行く?
家族も友達もいないところへ?
交差点を見下ろすカフェでのことを思い出す。
涼子は、もう戻れない道を進んでいる可能性がある。そう伊織さんは言っていた。
あのふわふわとした女の子も、涼子が吸血鬼になったと、あの夜そう匂わせていた。
なら、このままついていけば、涼子に会えるだろうか。
でも、さっき私を殺しかけた人がいるグループに入れる?
涼子がいないか、それを確認できるのなら、ついていく価値がある?
その前に、私はまだ、涼子に会いたい?
「どうしてです?」
「どうして? ああ、なんで僕がきみを助けるかってこと? きみがクロラになったのは、こいつが襲い掛かってきたからだし、やっぱり責任とか感じるじゃない? それに、若い吸血鬼を助けるってのは、僕らにとっては普通のことなんだ」
「行きません」
それを聞いてすんなり答えが出た。
「即答だねー。僕ら結構仲良くなれたと思ってたんだけど」
「申し出はありがとうございます。でも、大丈夫なんで。理玖くん行こう」
私は笑い顔の人にお辞儀をすると、理玖くんに駆け寄った。
手を繋ぐ。
振り返らずに、もう一度暗い部屋に入った。
扉を閉じても、何も見えないということはなかった。
だから今度は私が先を歩いた。
「大丈夫ですか?」
理玖くんのおずおずとした声が聞こえた。
理玖くんは森咲さんが心配のはずだ。
そもそも、公主に助けてもらおうとしていたのに、ツーブロックの人に捕まってしまってそれができなかった。
「トオルさんは大丈夫だよ、きっと」
そう根拠もなく言うと、「恭子さんのことです」と返された。
私があのとき行くかどうか迷っていることに、気づいたのだろう。自分がいるから私がついていかなかったのだと思ったのかもしれない。
「さっきさ、あの人。私が吸血鬼になったのは、あの男の人に襲われたからって言ってたでしょう?」
「はい」
「何で知ってるんだろう?」
断ったのは、そこが気になったからだ。
「たぶん、どこかで見てたんだと思う」
私たちが道を進むのか、それとも死ぬのか、どちらを選ぶのかをこっそり見ていたのだとしたら、それはだいぶ悪趣味だろう。
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