第21話 恭子21

 三人で話していると警視庁公安部の人が入ってきた。


 理玖くんの言っていた警察官というのはこの人のことなのだろう。


 伊織さんに言われて来たのだそうだ。

 そういえば病院に来る前、これから警察に行こうと言っていた。あのときに連絡したのかもしれない。


 一見して警察官には見えない男性だった。


 一緒に入ってきた白衣の人も、医者には見えないけれど、それでも医者だと言われれば納得できる。でも彼の場合は、ちょっと疑ってしまうかもしれない。


 その人は桔梗だと名乗った。苗字だろうか。


 桔梗さんは、一言で言うとふわふわして見えた。

 警察学校というと過酷なイメージがあるけれど、そこを卒業したようには見えない。

 頼りなさそうだ。でも圧倒的に話しかけやすい雰囲気を持っている。


 だからだろうか、自分のこれまでの話も、必要以上に喋ってしまったかもしれない。理玖くんもそうだろう。森咲さんはずっとかたい表情だったけれど。


 誰かに事情を聞く場合は、彼のように威圧感のない人が派遣されてくるのだろうか。


 私がもう一度廃校に行きたいと話すと、すぐにでも行こうか、という話になった。


 私は助かるけれど、そんな簡単に決めてしまっても良いのだろうかと不安になった。

 私たちは事件の容疑者でもないし、今の段階で私たちの行動を制限することはできないはずだから、特に問題はないのだろう。


 上司に確認しなくても大丈夫かと聞きたいのを我慢した。


 廃校には先生以外の四人で行くことになった。


 私は桔梗さんと二人で行くものだと思っていたけれど、私の制御を桔梗さん一人では出来ないだろうという判断だった。

 そうなると森咲さんが一緒に行くことになる。ならば理玖くんも、ということだ。


 人間が狼と羊とキャベツを小舟で向こう岸に運ぶ、というクイズをなぜか思い出した。

 現実では大きな船にみんな乗って、一緒に川を渡れば解決できる。


 タクシーで廃校に着くと、桔梗さんは電話に出るために離れた。


 残された私たちは、廃校に入らずにその場で待つことにした。


 校門が少し開いていた。

 私はそれを見るともなしに見ていた。


 森咲さんが校舎のある方向に素早く顔を向けるのが、視線の端で分かった。


 どこからやってきたのか、一人の男性が校門から中に入っていった。


 少し経って、もう一人。


 理玖くんもそれに気づいて、私と視線を合わせる。


「今日は何かあるのかな?」


 昨夜、昼にゲームイベントがあって、夜には秘密の集まりがあった。

 ひとりぼっちイベントは、連日あることも珍しくなかったので、私が知らないだけで今日も何かしらあるのかもしれない。夏休みだから学生は集まりやすいのだ。


 そして、もう一人やってくる。


 その人は校門から入る前に、ふとこちらに顔を向けた。

 後輩さんだった。

 向こうも私に気づいた。

 お互い会釈する。

 私が小走りで近づくのを、後輩さんは待っていてくれた。


「やあ、昨日は大丈夫だった? ちゃんと帰れた?」

「えっと……はい。結局朝までいたんですけど」

「そうなんだ、俺は途中で帰ったんだ。だから心配してた」


 実は全然大丈夫じゃなかったんです。

 あのあと、私、吸血鬼に噛まれて、今吸血鬼になりかけてるんですよ。

 あなたは、どうでしたか?

 そう聞いてみたらどうな反応をするだろう。


「今日も何かあるんですか?」

「きみも呼ばれたから来たんだと思ってた。違うんだ?」

「はい」

「そう……」


 そこで後輩さんは森咲さんと理玖くん、そして遠くで電話している桔梗さんを順番に見た。


 警戒しているのだろうか。

 話を変えよう。


「あの、昨日のあれ、頻繁にあるんですか?」


 人間ではない存在に会うためのパーティー。


「どうなんだろう? 実は俺も昨日が初めてだったんだ」

「そうなんですか? なんか事情通っぽかったのに」


 私が少しだけ非難めいた声色にすると、後輩さんは「ごめん、ごめん」と笑った。


 それから、少し考えるように間をおいてから、口を開く。


「今日はね、廃校に集合するようにメッセージが来たんだ。昨日来てたメンバー宛だと思う」

「何かあるんですか?」

「さあ」


 後輩さんは肩をすくめる。


「何があるのかメッセージに書いてなかったんですか?」

「なかったよ。時間だけ」

「何があるのかわからないのに、それなのに、来たんですか?」

「面白いことだといいんだけど」

「怖くないんですか?」

「怖くないよ。怖いことって、具体的にどんなこと?」


 溢れ出す光が頭の隅で煌めく。

 昨日の夜。

 あれは私にとって怖いことだっただろうか?


 そうだ、思い出した。

 イベントで会った、あの猫のような女の子。


『だって、ここのスタッフはみんな人間じゃないんだよ』


 スタッフの一人、森咲さんは人間じゃなかった。だったら、笑い顔の人も無表情の人も、そうなのだ。


 目の前にいる、この人はどう?

 私だって、今は人間とはいえないじゃないか。

 みんな、みんな人間じゃないんだ。

 怖いことなんてない。

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