第15話 恭子15
トオルと呼ばれる人と一緒にいた子供ではなかった。あの子は年齢がもう少し高かった気がする。
参加者が次々と男の子に恭しく挨拶しては離れていく。みんなの高揚感がこの場所からでもわかった。
あの子のために、今夜みんなは集まったのだ。
校舎のほうから女の子が戻ってきた。
「公主はね、あの年齢のまま永遠に生きれるの」
私の隣に並ぶと女の子が言う。
公主とはあの男の子のことか。
声が弾んでいる。嬉しそうだった。その事実を誇らしく思っているのかもしれない。
後輩さんのほうを見ると、ゆっくりと頷いた。
「私もね、公主みたいにずっとこのままで、永遠に生きたいんだ。彼の言う、特別になりたい人ってわけ」
さっきの会話を聞いていたのだろう。
「もう少しでなれると思うんだけどな。きみはそういうの興味ないの?」
女の子は後輩さんへと尋ねる。
「ないね。永遠に生きるなんて、考えただけでも夜眠れなくなりそうだよ」
「宇宙の果てについて考えると不安になるタイプでしょう?」
女の子はそう言って笑った。
「きみは?」
今度は私が尋ねられた。
そんなこと、いきなり聞かれても困る。
考えたこともなかった。
自分はどうだろう。
「私は……いえ、違う。私はここに友達を探しに来てるだけだから」
少し怖い。
「なんだ、つまんなーい。特別になれたらきっと楽しいのに。涼子ちゃんだって、もうなってるかもしれないよ?」
「どういうこと?」
涼子はただ、好きな人に会うために参加してただけなのに。
「だって、ここのスタッフはみんな人間じゃないんだよ。だったら、一緒にいるためには、特別になるしかないじゃない?」
呼吸が浅くなった。
彼女はどこまで知っているのだろう。
もしかして涼子のこれまでのことや、現状を全て把握していて、私を試しているのではないだろうか。
頭の中を涼子の顔だとか癖だとか、話していたことだとかが頭を駆け巡る。
そしてあの夕方の帰り際。笑い顔と無表情の人。二人の、あの奇妙な眼差し。
目を閉じる。
冷静になろう。
全部冗談かもしれない。
雰囲気にのまれて、信じそうになっている。
こうやって、参加者たちは信じ込まされて、ここに通うようになったのかもしれない。
目を開ける。
一分ほど目を閉じていたのに、女の子はさっきと同じ表情のままだった。
後輩さんを見る。こちらは心配そうな顔をしていた。
「信じれないのもわかるけど……あ! 花火が始まるよ! 行こう」
「え? ちょっと!」
女の子は私の手をとって走り出す。
全然気が付かなかったけれど、合図でもあったのだろうか。
ちらりと振り返る。
後輩さんもゆっくりとした足取りでこちらに歩き出していた。
人混みをすり抜け校庭の中央へ。
途中、男の子と目があった。
不思議な目をしていた。
一瞬で引き込まれそうになる。
女の子に引っ張られていなければ、逸らすことができなかったかもしれない。
キャンプファイヤーの近くで立ち止まった。
目の前を小さな光が通り過ぎた。
女の子が手を離して、私の顔を見て笑うと、遠くを指差す。
その方向を見る。キャンドルから、同じような小さな光が舞い上がっていた。
蛍のように見えたけれど、そうじゃない。
近くにあった光を捕まえようとしても、手が空を切る。
さまざまな色の光が何百と空へ向かっていく。
それを追うようにして視線を上げる。
すると、一つ大きな花火がひらいた。
歓声が上がる。
私も思わず声を上げてしまった。
ぐんぐんと大きくなる花火。それが解けて、火花になってゆっくりと私に降りかかる。
でも熱くない。
衣服や髪にそれが残って、しばらくの間煌めいていた。
光はキャンドルから上り続けていて、それが花火になる。
もう空は花火でいっぱいだった。
火花の一つ一つが宝石のようだ。
何も聞こえない。
周りに人がいるのかもわからなくなった。
私はただずっと眺めていたかった。
多幸感が溢れてくる。
今までの人生で幸せだった瞬間をかき集めても、これほどの幸せな気持ちにはならないだろう。
泣いてしまいそうだ。もしかしたら、もう泣いているかもしれない。
ふと、誰かが私の手を握った。
嫌な気持ちはしなかった。
そちらを見る。
綺麗な人だと思った。
でも誰だかわからない。
知っている人なのかどうかもわからない。
その人に手を引かれて歩き始める。
私はなぜか可笑しくなって笑い出す。
私の笑い声を聞いて、その人が振り返った。その人も笑っていた。
そして光の洪水から外れた場所までくると立ち止まった。
その人は振り返り、片膝をつき、私に手を差し出す。
プロポーズみたいだ。
恥ずかしい。
その人はただ待っている。
心を決める。
私はその手に自分の手をそっと重ねた。
冷たい手だった。
その人は私の手を自分の口元まで持っていく。
手のひらがちくりとした。
その人は幸せそうに笑った。
それがとても綺麗だったので、私も嬉しくなって笑った。
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