第14話 恭子14

 一度家に戻りお母さんと夕食をとった。


 さりげなく今夜の予定を聞くと、部屋にこもって仕事だと言っていた。徹夜かもしれないと。


 こういう日、お母さんはお手洗い以外で部屋を出ることはほぼない。地震がきても気づかないほど、集中して仕事をする人なのだ。


 だから、こっそりと家を出ることは容易だった。


 これまで、親に内緒で夜に外出したことはない。興味もなかったし。でも、もしかしたら、正直に話しても、お母さんは気にしないかもしれない。


 乗り換えのために降りた大きな駅は、昼間と変わらず人が多かった。むしろ陽が落ちた今のほうが賑わっているかもしれない。けれど、廃校の最寄り駅は閑散としていた。


 みんな疲れた顔をして家路を急いでいる。

 私もそんな人たちにまぎれて、急ぎ足で学校へと向かった。


 夜になっても気温は全然下がらない。湿度も高いから、せっかくシャワーを浴びてきたのに、また汗だくになった。


 途中でコンビニに入って、しばらく涼んでから、凍らせてあるスポーツドリンクを買った。

 コンビニを出ると、無駄とは思いつつ、ペースを緩めてあまり汗をかかないように歩いた。


 廃校はひっそりとしていた。

 暗く狭い道の先で、夜空よりも黒いシルエットが見える。


 本当に特別な催しはあるのだろうか。

 騙されたのだろうか。

 あの女の子に。

 でも、なんのために?


 さらに歩く速度を落として、周りを気にかけながら校門へと近づく。


 門はわずかに開いていて、さっきの位置からは見えなかった場所に、ぽつんとキャンドルが置いてあった。


 少し先にも一つ、さらに先にもう一つ。


 風に乗って、人の話し声が聞こえた。


 携帯電話を握りしめる。

 深呼吸をする。


 大丈夫。


 怖いことは起こらない。


 すぐ隣にマンションだってある。

 大声で叫べば聞こえるはず。


「大丈夫」


 二度目は口に出した。


 門の隙間から中に入り、キャンドルを辿って歩き出す。

 守衛小屋を通り過ぎると、やっと人の姿が見えた。


 校庭の中央にキャンプファイヤーがあった。でも、そんなに大きくはない。焚き火と言ったほうが良いかもしれない。


 そして周りを何百というキャンドルが囲んでいる。

 それ以外に照明の類はなかったけれど、土地が開けているおかげで明るく感じた。


 普段のイベントと違って、誰も出迎えてはくれなかった。


 立ち止まって、誰がいるかのを確認していく。

 笑い顔の人も無表情の人もいない。

 涼子も見当たらない。


 みんな小声で話したり、飲み物を飲んだり、微かに流れている音楽で身体を揺らしたりしている。


 キャンプの夜みたいだった。


 みんなリラックスした表情をしている。

 危険はないように見える。

 けれど、昼間のイベントとは違う雰囲気だ。

 人同士の距離が近くて、親密な感じ。


 帰ったほうが良いのだろうか。


 得体の知れない温かな液体に、自分も入ろうとしているような気分。

 入ってしまえば、どうってことないんだろうけれど。


「キョーコちゃん」


 どきりとした。

 見つかってしまった。

 後ろを振り返る。


 昼間の女の子が立っていた。


 オフショルダーの真っ白なワンピースに着替えている。布地がたくさん重なっていて、レースが裾までフワフワと広がっていた。

 鎖骨が綺麗だった。

 自分に似合う服装をよく知っている。


「来てくれたんだ嬉しい」


 ニッコリ笑って私の腕を取る。


 恐怖と安心が一緒にやってきた。

 もう帰れない怖さと、帰れない理由ができた安心。


 大丈夫。

 まだ怖いことは起こっていない。


 女の子に手を引かれて校庭に入った。


 私は涼子を探して、きょろきょろと見回しながら歩く。


 すると知った顔を見つけた。

 後輩さんだ。

 目があった。


 後輩さんと呼ぼうとして口を開きかける、が、後輩さんは唇の前に人差し指をあてた。


 後輩さんが歩いてきたので私は立ち止まる。女の子はこちらを見て肩をすくめ、私の手を離してどこかへ行ってしまった。


 無言のまま二人で校庭の端へと移動する。


「こんなとこに興味があるとは思わなかったな。それとも友達を探して?」


 私は頷く。


「ふーん。長いこと通わないと、ここには呼ばれないと思ってたけど、そうでもないんだね」

「あの、ここに来ている人たちは、昼間のイベントに参加している人たちなんですか?」

「そう。その中でも選ばれた人たち……って言ったら気分は良いよね」


 後輩さんは薄く笑った。


「ここにはね、うーん、特別な人になりたい人と、特別な人を見たり関わりを持ちたい人が来てるんだ」


 それから「人ってわけじゃないか」と付け足した。


「俺はさ、昔から幽霊とかUFOとかUMAとか、そういう超常現象みたいなのが小さい頃から好きだったんだ。だけど、生きてて、出会わないじゃん? 不思議な存在に。幽霊とか見たことある?」


「ありません」


「ね? 俺もないし、身内にもいないよ。だから諦めてた。本当は存在しないんじゃないか、いや、別にそれで構わない。存在しなくても楽しめるしって……」


 そこで私の顔を見た。私の反応を見てるのかもしれない。


「でも、本当に存在して、しかも会えるってなったら、会いたいじゃん。俺の場合はそのためにここに来てる」

「いるんですか? 幽霊とか、そういうのが」

「そう。人間じゃない存在がね」


 涼子を探しているだけなのに、とんでもないところに来てしまった。

 俄には信じ難い。

 でも後輩さんは私を揶揄っているわけではなさそうだ。


 集団のざわめきが少し大きくなった。

 誰かが来たみたいだ。


 すぐに近寄る人たちと、遠巻きで眺める人たちに分かれているのがわかった。


 人の塊がゆっくりと移動していく。その中心にいる人物は、人の陰に隠れて見えなかった。


 後輩さんはじっとその集団を見つめている。


 人の群れは校庭の中央で止まった。そして集まった人たちが、少しずつ離れていく。


 見えた。

 子供だ。

 小学校の低学年くらいの男の子。

 半袖のシャツに半ズボンを着ていて、裕福な家で、大切に育てられているという身なり。


「あの子だよ」


 後輩さんが言った。


「人間じゃない存在」

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