第13話 恭子13
それから数日で、いくつものイベントに参加した。
五十人規模の校舎を使った鬼ごっこや、少人数でのボードゲーム、百物語の会というものもあった。
正直なところ、どの催しも楽しかった。
その場限りの関係と聞くと、どうも虚しいのではないかと想像してしまうけれど、そうでもない。
適度に気を遣えるから、喧嘩も起きにくい。
周囲の人に自分の良い面だけを見せることができる。
涼子に直接関係あるような情報は得られなかったけれど、わかったことはある。
ここに参加している人は、他の人たちのプライベートには踏み込まない。たまに自分のことを話す人はいるけれど、それはその人が明かしたい部分を話すだけだ。
そこから話が盛り上がることはあっても、相手にも話をさせるようなことはない。
だからなのだろうか、他の参加者について覚えているという人が少ない。
プライベートなことを話さなければ、人の存在というのはあまり記憶に残らないのかもしれない。
みんながつけている名札も、その場で呼びかけるためにあるだけで、毎回違う名前を書く人もいるようだった。だから、他の参加者の名前を積極的に覚えようとは思わない。
イベントが終わればその場で解散。様子を窺ってみても、その後どこか別の場所、たとえば夕ご飯だとか飲み屋だとかに、流れていっているようではなかった。
そして参加者は大学生が多かった。
これについては、全員に聞いて回ったわけではないから、正確には大学生くらいの年齢の人が多いということだけれど、平日の昼間にイベントに参加できるのなら、社会人ということはないだろうとの推測からだった。
それに、学生と社会人とは、どことなく雰囲気で違いがわかる。
私が参加した範囲で、高校生は私だけだった。
また、イベントは基本的に参加者だけで行われた。
笑い顔の人も無愛想な人も、姿を見かけはするけれど、一緒にイベントを楽しむなんてことはなかった。
涼子はイベントに通うことで、好きな人との仲を深めようとしていたはずだ。
そこで気になるのは、トオルと呼ばれていた男性だ。
参加者だと勘違いされていたのだから、他のスタッフと違って、実際に催しに参加していたのだろう。
笑い顔の人にその男性について尋ねたが、もうスタッフをやめてしまったとしか話は聞けなかった。
そうなると、余計にあやしい。
その日は廃校に向かう前に、涼子のお母さんと電話で話した。
涼子の家の周辺にある防犯カメラの映像が確認されたとのことだった。
涼子は一人で家を出て、駅から電車に乗ったようだけれど、そこから先はまだわからないらしい。
これで誘拐ではなく、家出であると、ほぼ確定したのではないだろうか。本人が残したメッセージもある。
事件性がないのなら、捜索は熱心にされないのではないかと涼子のお母さんは心配していた。涼子がいなくなってから数週間経つ。すぐに帰ってくると信じていた気持ちは、もうなくなってしまったようだった。
逆に私は無理やり連れ攫われた可能性が低いことに安心した。
そして、自分もできる範囲で探していると伝えて電話を切った。
その日のイベントはテレビゲームだった。暗幕を張った暗い教室で、白いスクリーンにゲーム画面を大きく映して行われた。
リモコンも沢山あって、一度にたくさんの人がプレイしていた。
私は教室の後ろのほうで、ロッカーの上に座って、みんながゲームをしているのを眺めていた。
人の出入りが多かった。
もしかしたら他の教室でも何かしているのかもしれない。
こんなに暗いと人に話しかけづらい。
そちらに行こうかと考えていると、するりと私の隣に女の子が座った。
私の顔を見て、にまにまと笑っている。
悪戯を企てている子供の顔みたいだ。
「どう? 楽しい?」
このイベントであまり見ないタイプの女の子だ。
オフショルダーのTシャツ。
短いスカートから小さな膝が見えている。
両足を交互に揺らす。
細い足首に華奢なアンクレットをしていて、わずかな光を反射してキラキラしていた。
私は頷く。
「ゲームは見てるだけでも楽しめるから」
「そう? 私はあまりゲームとかわからないんだ」
ならなんで今回のイベントに参加したんだろう。
「最近ここによく来てるんだって?」
この子も、いわゆる常連なのだろうか。
「うん。ちょっと、友達を探してて」
「涼子ちゃんのことでしょう?」
私は女の子の顔を見た。
女の子はさっきと同じように笑っている。
悪意は感じられない。
私が戸惑っているのを楽しんでいるのだ。
たぶん。
「知ってるの?」
「うん。会ったことあるよ」
「今、どこにいるか知ってる?」
女の子は私の目を見たまま黙った。何を考えているのか読み取れない。
「今日ね、特別な催しが夜にあるの。来れる?」
囁き声だった。
私は良く聞こうとして彼女に顔を寄せる。
彼女は恥ずかしそうにくすくす笑った。
「みんなには内緒ね」
「もしかして、涼子も来るの?」
「……それはわからないけど」
夜の十一時ね。
女の子はそう言って教室から出ていった。
夜の十一時。
忘れないように口の中で復唱した。
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