第11話 恭子11
料理には一時間半くらいかかった。といっても、そのうち半分はカレーを煮込む時間に充てられたため、後半は片付けをしたり、しゃべったりと、ゆったりと過ごした。
食べ始める頃には、参加者は倍近くになっていた。
昼休みに会社から抜けてきたかのようなスーツ姿の人までいた。
長机でレーンが作られて、食堂のように、移動しながら自分のお盆に乗せていくようだった。
カレーが出来上がると、何人かがさっと給仕する側にまわった。
私が手伝おうとして近づくと、お皿とカトラリーが乗ったお盆を渡されてしまったので、そのまま流れるように食べる側の列に並んだ。
ご飯は自分でよそいで、カレーはかけてもらう。その次はサラダが小鉢に三種類用意されていた。
レタスとトマトのサラダ、ポテトサラダ、カプレーゼだ。
きっとご飯を炊くために校内に行った人たちが作ってくれたのだろう。
私のあとにも人が並んでいるし、足りなくなるかもしれないと心配して、カプレーゼだけ取ろうとする。でも給仕をしてくれている人に、ひょいっと三種類すべてをお盆に乗せられてしまった。
最後に飲み物と、福神漬けとらっきょうがあったので、飲み物だけを取った。
食事用に大きなテーブルが用意されていたので、みんなで一緒に食べるのかと思っていたけれど、どうやら思い思いの場所で食べるようだった。
お盆をもった人たちが校庭に散らばっていく。
校庭を見回す。
校舎近くの木陰に座る二人組が見えたので、私はそちらに歩いていった。
調理中に一緒だった二人だ。
常連だと言っていた女性と、大学生の男の子。
女性には『主』、大学生には『後輩』という名札がついている。
家出中の友達を探していると伝えたら、あとで話そうと主さんが言ってくれたのだ。
「お邪魔します」
「どうぞー。でも、この場所失敗だったかも。暑くない?」
「校内に入る? 冷房入ってると思う」
「じゃあ移動しよう」
一番近い教室の掃き出し窓が開いていたので、そこから中に入った。
昨夜来たときはどうだったのだろうと考えて、人の後をつけるのに必死で見ていなかったのだと思い出す。
「埃っぽくない?」
「炎天下よりは良いでしょう」
「大して涼しくもなかったな」
二人はそう言い合いながらも、教室内に残っていた机と椅子を移動させる。
私はポケットに入っていたハンカチを、外の水道の水で濡らすと、机と椅子を拭いた。
「ありがとう。じゃあ、いただきましょうか」
そこからしばらく、カレーを食べることに集中した。後輩さんは、一度教室を出ておかわりをもらって帰ってきた。
この後は、おそらく片付けをして解散になるだろう。そうなるとゆっくり話ができるのは、このタイミングしかない。
「あの、名前って、あるじさんって呼べば良いですか?」
そう尋ねると、女性は快活に笑った。
「これはね、ぬしなの。いつもはふりがな振ってあるんだけど……」
「どいうい意味なんです?」
「この廃校サークルの主ってとこかな。ふふふ」
「古株だからね」
「後輩だって、けっこう来てるでしょう?」
「以前から来てるってだけで、回数はそんなに」
「あの、このイベントってどういうものなんですか?」
思い切ってそう聞いてみる。
「えー? 何も知らずに来てる感じ?」
「はい。今日初めて来たんです」
「あ、友達をのことで?」
主さんが納得した顔で何度も頷いたあと、私に対して首を傾げる。後輩さんに話しても大丈夫かという意味だと思ったので頷いた。
「キョーコちゃんは友達を探しに来たみたいなの」
それから、友達が家出をしたことと、その子がどこかの廃校イベントに通っていたという話を二人にした。そして、ここだけの話だとして、涼子の思い人がそこのスタッフらしいということも。
正直、言ってしまったという後悔よりも、ほっとする気持ちのほうが大きかった。
「まー、定期的にイベントやる廃校なんて、そうそうないだろうから、ここで正解だと思うけど……」
「その好きな人と一緒にいるのか、それとも、ここで知り合った誰かの家にいるのかってところ?」
「そうなんです。もちろん、全然違う場所にいるかもしれないですけど、このことを知ってるのは、たぶん、私だけなので」
二人は真剣に話を聞いてくれている。
誰かに話すことで、落ち着いてきた気がした。
「知ってるかもしれないんだけど、このイベントって、参加者同士が連絡先を交換するのは基本禁止なんだ」
「はい、スタッフのかたにも聞きました」
「なぜかは知らないんだけどね」
「トラブルのもとになるからじゃない?」
「そうかも。そして、同じメンバーが揃わないように調整されてるって噂も聞いたことある」
それは料理中に主さんも言っていた。
「俺ら二人は長い期間来てるけど、それでも一緒になることは少ないよ。それに、大抵の人は一回か二回来たら、それで終わりだし」
主さんも頷いている。
「さっきどんなイベントなのかって聞かれたけど、うーん、ちょっと誰かと話したりご飯食べたりしたいって人たちが集まるイベントかな。そのあと他の場所でも会いたい、友達になりたいって人には向かない集まりなの」
「だから、その友達がここで誰かと仲良くなって、その人と今一緒にいるっての可能性は低いかな」
二人とも涼子のことを覚えてはいないようだった。
「あの、このイベントのスタッフさんって、二人なんですか? 笑い顔の人と、無表情の人」
私が言った笑い顔と無表情という表現に、二人はひとしきり笑ったあと、主さんだけふと真顔になった。
「そういえば、もう一人いたよね? ちょっと前まで」
「えー? 誰?」
「きみと同じ年くらいで、結構イベントには積極的に関わってた。あの、文学青年」
「あー、文学青年ってトオルさんのこと? スタッフだったっけ? 参加者の一人だと思ってたけど。そういえば、俺が来るときはいつも見かけたな。じゃあスタッフだったのか」
トオル。
その名前が頭の中で、軽薄な声でもう一度再生される。
トオルのとこの子。
笑い顔の人は、昨日そう言っていたのではなかっただろうか。
子供と一緒にここに来ていた。
涼子の思い人は、彼である可能性もあるのか。
「じゃあ、三人ですかね?」
「うん。もしかしたら、もっといるかもしれないけど、イベントで見かけたのはその三人だね」
今日は一人しか見ていない。
やっぱり昨日のうちに、詳しく話を聞くべきだったのだろうか。
そのとき窓がノックされた。
見ると他の参加者の人が窓越しにこちらを見ている。
「もうそろそろ片付けるよ」
「わかったー。すぐに行く」
主さんがそう答えて、私たち三人は移動させた机と椅子を元に戻してから、それぞれのお盆を持つ。
「それにしてもさ、なんで友達はいなくなったの?」
校庭へと歩きながら、後輩さんにそう聞かれる。
「それが全然わからなくて」
「なんか、家とか学校関係で悩みでもあったとか?」
「成績も良かったですし、いじめもなかったと思うんですけど」
家庭環境も私が知る限り悪いわけではない。
「交際を反対されてたとか?」
「いえ、それ以前に振られてたみたいです。高校生とは付き合えないって」
「それじゃあ、家を出ないといけない理由ってなんだろうね」
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