第10話 恭子10

 集合はお昼前と聞いたので、十一時に着くように家を出た。


 このことは、涼子の家族には話していない。まだ何もわかっていないからだ。


 今日行って、涼子が本当に廃校のイベントに参加していたことがわかれば、話そうかと思うけれど、もしこのイベント関係者の誰かのところに涼子がいるのだとしたら、先に会いたかった。


 できるなら穏便に済ませたい。


 そうか、涼子のお母さんも、こんな気持ちだったのかもしれない。


 用心のためカレーを作りに学校へ行くということだけ、母には伝えた。


 電車の中で昨日のことを反芻する。

 怖さが少しだけ残っていた。

 でも今は昼間で、外はこんなに明るいのだから、大丈夫のはず。


 校舎が見えるくらいに近づくと、わいわいとした人の声が聞こえてきた。


 開いた校門から中に入る。

 小さな校庭の真ん中には、運動会で使うようなテントが張られていて、その下に長机が並んでいる。即席のキッチンだ。

 机の周りにはもう十人ほどが集まっていた。

 寸胴鍋もあった。

 本当にカレーを作るのだ。


「やあ」


 ふいに声をかけられたので周囲を見回す。守衛小屋のような建物があった。

 そちらに歩み寄ると、声の主が窓から顔を出した。

 笑い顔の人だ。


「本当に来たんだね」


 一瞬誘われたのは冗談だったのではないかと不安になったけれど、気にしないようにして「遅刻しましたか?」と返した。


「いやいや、これからもっと集まる。食べにだけくる奴もいるんだ。荷物をここで預かるよ」


 笑い顔の人の背後には、小さなコインロッカーが並んでいた。

 荷物を手渡して、代わりに鍵を貰う。

 それから名刺大の紙とペンを差し出された。


「好きな名前を書いて。本名でもあだ名でも良いよ」


 私はカタカナでキョーコと書いて、スカートのウエストにクリップで留めた。


 その姿を見て笑い顔の人は頷くと、「熱中症には気をつけて、こまめに水分はとること。さあ、言っておいで」と私を送り出した。


 他の人たちに紹介をしてもらうつもりでいたので、とまどいながらテントに近づく。


 私が声をかける前に一団の一人が私に気づいた。


「こんにちはー。暑いね」


 その人は大きな肉の塊を切り分けている。


「こんにちは。あの、私、なにをすれば……」


「今は、向こうでご飯を炊く支度をしてて、こっちでは野菜を切ってる。あともうすぐで玉ねぎを炒め始めるんだけど……そうだな、野菜を切る奴が少ないかな」


「わかりました」


「あ、先に手を洗ってきて」


 手洗い場に向かうと、三人がお米を洗っていた。

 お米は校舎内にある炊飯器で炊くそうだ。飯盒炊飯はしないようだった。


 手を洗って戻ると、野菜を切っている人たちに手招きされたので仲間に入る。

 送風機や冷風機があって、思ったよりも暑くない。それでもみんな汗をかいていた。


「料理できるほう?」

「はい、人並みには」


 我が家はお母さんと二人暮らしだから、私が食事の用意をすることが多い。趣味ではないので凝ったものは作れないけれど。


「じゃあ、この辺の野菜を切っていって」


 机の中央にはいろいろな野菜が籠に盛ってある。ニンジンやジャガイモなどからアスパラガスやヤングコーンまであった。


「わかりました」


 切り方の指示はなかった。

 様子を窺ってみると、乱切りやら微塵切りやら、みんな好きに切っていたから、私は片っ端からいろいろな切り方をすることにした。


「あ、上手」


 隣の女性が私の手元を見てそう言ってくれた。


「私、全然だめなんだよね。料理しないからさ。もうさ、食べられたら良い、みたいな感じ」

「私もそうですよ」

「時間をかけて準備しても、食べるの一瞬だし」

「僕は作るの好きだな」


 向かい側の男の子が話に加わる。


「プラモデル作ってるのと同じ気分なんだよね」

「プラモデルと違って残らないのに?」

「それが良いんじゃん。どれだけ作っても部屋のスペースを圧迫しないだろ?」


 そこから、同じ机を囲む人たちで、料理をするかしないかの話になった。


 みんな人懐っこい。

 そうでなければ、こういったイベントに参加しないか。


 涼子について質問しやすくて良いけれど、途切れず続く会話を遮るのは心苦しい。

 みんな集まって食べるときまで待つべきだろうか。


「料理作るの好きじゃないのに、今日参加したんだ?」

「私は誰かとお喋りしたくて参加してるの。そのついでにカレーを作ってるだけ」

「そういう職種?」


 他人と会話しないような職業か尋ねているのだろう。


「普通の会社勤め。でも、大人で一人暮らししてると、他人ととりとめのない話ってしなくなっちゃうのよね」

「俺もそんな感じだ。大学生だけど」


「みなさん、このイベントに、もう何回も来てるんですか?」


 会話にふとした間を見つけて、すかさず質問してみた。


「私は常連かも」


 隣の女性はそう言う。それから、二回目や五回目など、みんなが口々に答えてくれた。


「じゃあ、ここで知り合いが多い感じですかね?」


 この質問は隣の女性にだけ聞こえるくらいのボリュームにする。


「うーん。そうでもない。たくさんいるからね。同じメンツが揃わないように、日程とか人数とか調整されてるって聞いたことあるし」

「そうなんですね」


 私の声色に落胆を感じ取ったのか、隣の女性が私の顔を覗き込む。


「なになに、わけあり?」


 私も女性の目を見返した。

 冗談めかした口調だったけれど、目は真剣だった。


「実は」


 さらに小声にする。


「友達を探してまして」

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