第9話 恭子9
「会いたかったんだけどさ、僕が呼んでも来ないから公主に呼んでもらったんだ。あれ? 知らないお嬢さんがいるね。こんばんは」
入ってきた男性は私に気づくと、少し身体を屈めるようにしてあいさつした。
長い手足が目をひく。
「もしかして邪魔した? 出直したほうが良い?」
私ともう一人を交互に見る。
笑っているように見える顔立ちの人だ。もしかしたら、ずっと笑っているのかもしれないけれど。
「いや、家出人を探しているらしい」
「へー。大変だね。でも、ここでは見てないなー。廃校っていってもセキュリティはちゃんとしてるんだ、勝手に住み着いたりはできないんだよ」
どこかの扉が開けば通知されるようになっているのかもしれない。高校の警備システムがそうだと説明を受けた覚えがある。当然防犯カメラもあるだろう。
偶然見つかったように思っていたけれど、私の姿がカメラに映ったので、無表情の男性は注意しに来たのかもしれない。
通報されなくて良かった。
急に居た堪れなくなる。
なんで私は勝手に入ってしまったんだろう。あのときは、それが自然なことだと思ってしまっていた。
でも、もう学校には入ってしまっているし、人にも見つかってしまったのだから後悔しても仕方ない。これはチャンスだと思うことにした。
「勝手に入ってしまってごめんなさい。あの、鏑木涼子という高校生を知りませんか? ここでやっているイベントによく来てたみたいなんです」
笑い顔の男性にもそう聞いてみた。
涼子の言っていた綺麗な人に当てはまるとは断言できないけれど、妙に人を惹きつける何かがある。
「ひとりぼっちイベントのこと? うーん、覚えがないなー。そもそも参加者の名前を覚えないからね。延べ五百人くらいいるんじゃないかな」
思ったよりも規模が大きい。
「一回のイベントで集まるのはだいたい二十人くらいだし、何回も参加する人は限られているから、顔見知りのメンバーの家にいるって可能性は、まー、あるかな」
無表情の人とは違う見解だ。私はちらりとそちらを見てから、笑い顔の人に尋ねる。
「連絡先の交換は禁止だって……」
「そういうルールだけど、やろうと思えばできちゃうからね」
高校生とは付き合えないって言われた、と涼子は言っていたのだから、涼子は相手に思いを伝えている。相手も涼子のことを高校生だと認識しているのだから、涼子のことを覚えていないということはないだろう。
二人以外に、その『ひとりぼっちイベント』の関係者はいるのだろうか。
それとも、どちらかが嘘をついているのだろうか。
正直に話すべきか。
でも、万が一、涼子が監禁されていたとしたら、ストレートに尋ねるのは涼子をより危険な状態にしてしまわないだろうか。
安心に傾いていた針が、また極度の心配のほうに振れる。
「あ、そーだ。なんなら参加してみる? 明日の昼にあるんだよ、ちょうど」
無表情の人が何かを言おうとして、笑い顔の人が片手でそれを制する。
「助けてあげたいのは山々だけれど、持っている個人情報を他のことに使うことはできないからさ。明日はカレー作るんだけど。どうする? もしかしたら友達のこと知ってる人が参加してるかも」
「お願いします」
これで他にスタッフがいるかどうか確認できる。
それに笑い顔の人が言うように、参加者の誰かの家にいる可能性もある。
明日の時間を確認して、私は出直すことにした。
二人に背を向けた瞬間に「そういえば鏡を持ってますか?」と聞かれた。
無表情の人の声だ。
カバンの中に手を入れてポーチを探す。その中にいつも入れているのだ。
「え、はい、この中に」
私がポーチを手に振り返ると、二人ともこちらを見ていた。
さっきと同じ無表情と笑い顔。
でも少し、怖い。
呼吸がしづらい。
「いや、いいです。その中に入っているなら」
無表情の人はそう言った。
笑い顔の人は無言。
私はお辞儀をすると、校門をでて、大通りが見えるまで走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます