第53話 学年登校日



 はっきり言って、39層はぜんぜん楽勝ではなかった。

 現れたのは六つの尻尾を持つサソリだ。

 いきなり向かってきたので、問答無用で攻撃を開始したら、様々なデバフを放ってくる。

 それらは38層で手に入れた指輪のおかげで問題にもならなかった。

 それなのに敵の攻撃力が高すぎて、本当に死ぬかと思ったのだ。


 ギリギリ過ぎて、本気でこれは死んだかなと何回も思ったくらい危険だった。

 ボスの攻撃力が高すぎて、回復なんて間に合いもしないから、持っていた高いエクスポーションも使い切る勢いで使ってしまった。

 これで本来ならダメージが入るのは六分の一の確率だというから、いくら三人パーティーだとしても、そ相当な危険があるものと思われる。


 もはや攻略本があっても、これ以上の攻略は危険が大きすぎるような気がする。

 なんとか撃破して、40層の敵も倒してみたが、そっちの方は特に問題なく倒すことができるようだった。

 40層台はさすがに花ケ崎でもレベルをあげられるようなギミックがないから、また一人での攻略を続けるしかなさそうだ。

 レベルは上げてみたが、花ケ崎は攻略に使えそうな感じがしない。


 一層に一週間ほどかけながら、俺は40層台を少しずつ攻略していった。

 古代魔術師に転職しているから、近接職じゃないからそこだけ非常につらい。

 本来ならゲイザーのクリスタルでクラスレベルだけあげてしまうはずだったのに、つまらないことで使ってしまったから、後衛職のクラスに就きながら敵を倒すハメになっている。

 花ケ崎を35層に届けたら、ひたすら40層台を攻略する日々を続けていた。


「明日は、学校で特別授業があるそうよ」


「登校日だったっけ」


「違うわよ。なぜか、特別指導があるそうなの。研究所の主催で、特別に軍から指導教官が来てくれると言っていたわ」


 花ケ崎は何気ない感じで言っているが、攻略本にも記載のないイベントに俺は背筋が寒くなる思いだった。

 もともと現実世界となった時点で、かなりの改変が入っているのだが、とうとう攻略本頼りでなんとかなる温いゲームは終わったのかもしれない。

 暗殺を阻止したことが原因なのは間違いないが、さてどんな風に変わるのだろうか。


「ちゃんと掲示板は毎日確認しておかなければ駄目よ。あなたの事だから絶対に見てないと思ったわ。きっと私たちDクラスのレベル上げが順調すぎて、学園側も特別に授業を組んでくれたのね。どうしたの。顔色がすごく悪いわよ」


 最近では抗争もなくなって、一条たちも驚くほど順調にレベルを上げている。

 一条のギルドメンバーは、ほとんどレベル25に届く勢いだろうと思われた。

 すでに10層より上でレベル上げをしているのだから、そのくらいだろう。

 特殊クラスでレベルは上げていないが、それでも初期ステータスに恵まれた一条たちなら、秘匿されたクラスにすら就くことができるようになっていたとしてもおかしくない。


 普通なら一条たちに秘匿されたクラスの解放条件を知る術はないが、それを見て研究所が接触を計ってきたという事なのだろうか。

 本来なら研究所から情報を買うこともできるのだが、マップ探索を相当しっかりやっていないかぎり、その条件を満たせるようになっているとは思えない。


「心配事があるなら、私に相談すべきだと思うわよ」


「いやいい。なんとかなるだろ」




 次の日、集合場所の校庭に朝早く顔を出した。

 夏休みだというのに、クラスメイトはしっかりと校庭に来ている。

 一年の合同授業だという事で、AクラスからDクラスまで校庭に集められていた。


「高杉殿、我々の武勇を聞きたくはありませんかな」


「僕らは8層にも行けるようになったよ」


「犬神殿、どうしてそれをいきなり言ってしまうのです」


「やっぱり、そのくらいじゃ高杉君は驚かないね」


 久しぶりに伊藤と犬神を見た。

 いつもおどおどしていた佐藤も、その顔に自信がみなぎっているように見えた。

 三人とも順調すぎるくらいにレベルが上がったようだった。

 まあ、俺がアドバイスしていたし、犬神はヒロインだから能力的にも恵まれているしな。


「大したもんじゃないか」


 8層と言えば上級生の上位クラスが通うような階層である。

 一条みたいなのは別としても、かなり凄いことだろう。


「次は10層にも挑戦しようかと思っているんですよ」


 そう言った佐藤の言葉に、狭間とロン毛が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 あの二人は、そこまでうまく階層を移動できていないようである。

 下に見ていたであろう漫研の二人に負けたことが、理解できないという顔だ。

 佐藤もわざと聞こえるように言っているから、狭間たちは俺たちから離れて行った。


「ちょっといいか」


 不意に声をかけてきたのは近藤だった。

 隣りにはいつもの如く、芹沢を連れている。

 その大柄な芹沢がにらみを利かせるから、伊藤たちは離れて行った。


「なんだ」


「俺たちはギルドを作ることにした。お前も入ってくれないか。幹部の待遇を約束しよう。いや、二番目の地位を約束してもいい」


 近藤も芹沢も、黒服と呼ばれる家来と組んでダンジョンに入っていたはずだ。

 二人とも貴族だから、てっきりノワールにでも入るのかと思っていたが、そういえば最近はノワールも落ち目だから、今の状況だと入りにくいのだろう。

 そのあたりのこともあって、新しいギルドを作ろうなんて思いついたに違いない。


 二人は俺のレベル上げの速度にも気が付いているだろうし、新層を攻略できるような奴が知り合いにいるのなら、引き入れたいと思うのは普通のことだ。

 そういう奴が一人くらいいないと、ただのサークル活動で終わってしまう場合が多い。

 ギルドなど無数に出てくるが、リーダーに新人を育てる才能があるとか、上に行けばかなりの優遇が受けられるとかでもないかぎり、大抵はすぐに消え去ってしまう。


 新人を育てるのが、真田や一条のようなタイプなのだろう。

 もしくはノワールのように特権をちらつかせて、貴族ならだれでも入れるようにするとかしなければ、力を持つ組織にまでは至らない。

 モヒカンへの処遇を見る限り、近藤たちに一条たちのような才能はないと思われる。


「悪いが俺には、もう用心棒の仕事がある。花ケ崎だ」


「あの財閥のか」


 こんな時に、花ケ崎の名前は非常に便利だった。

 誰でも知っているし、軍にも企業にもつながりのある名家だ。


「そうだ。だからギルドには興味がない」


「いくら財閥とはいえ、まさかお前ほどの男が傭兵になるとはな。意外だが、それなら仕方ない。気が向いたらいつでも声をかけてくれ」


 近藤たちは花ケ崎の名前を聞いただけで引き下がってくれた。

 貴族の子弟が多く通う学園とはいっても、花ケ崎以上のビックネームはそうそういない。

 その場しのぎの嘘とはいえ、一つ面倒事が片付いたことに胸をなでおろす。

 ゴツイ芹沢のせいで、いつの間にか俺の周りからは人が離れている。

 周りを見渡したら、ちょっと面白いものが視界に入った。


「おまえってそっちの趣味だったのか。紹介してやってもいいぞ」


「いったいなんのことでしょうか」


「花ケ崎のことを熱心に見てただろ」


 しばらくほけっと呆けたのちに、西園寺は慌てた様子で手を横に振った。


「ああ。いえ、違います。最近のブームはあの方が作られたのだなと思って、感慨深く思い拝見していただけです。けして恋慕の感情があるわけではありません」


「最近、なにかブームになったのか」


「一般アイテムの事です。最近ではあれを身につける学園の生徒も多いのですよ。ただ戦いで壊れないだけで、とくに強くなったりしないのに、すごい売れ行きなんです。お金に余裕のある方だけではなくて、みんな無理をして買うくらい人気なんです」


 それは単に35層で落ちるアバターアイテムを、花ケ崎がせっせと売っているだけで、ブームを作り出したとかいう話ではないように思える。

 その花ケ崎の行動が、なにかしら商人である西園寺の琴線に触れたのだろう。

 いらぬ邪推をしてしまった。


「ちょっと、高杉! ツラを貸しなさい」


 話していたところに、サイレンみたいな女が割り込んできて、俺の腕を引っ張る。

 やはりそれは瑠璃川だった。


「調子はどうだ」


「ふざけるんじゃないわよ。あんたのせいで私は散々な結果よ」


「レベルが上がらなかったのか」


「上がり過ぎなのよ。あんたがあんな狂人を私に押し付けるもんだから、私は今13層に通っているのよ」


「いいことじゃないか。クラスで一番順調だろうぜ」


「この一か月で100回は生死の境をさまよったわ」


 瑠璃川は憔悴しきったような顔を俺に向けている。

 まあ、そのくらいの事になるのは想定内だ。

 それでも主人公の性能なら、大した危機ではなかったはずである。


「レベルが上がるならいいじゃないか」


「あいつら頭がおかしいんじゃないかしら」


 やはり回復をアイテムに頼っている一条のパーティーに、回避できるローグ系を追加したのは正解だったのだろう。

 瑠璃川にとっては不幸なことなのだろうが、このペースは悪くない。

 しかし、また竜崎の狩場に近づいてしまったので、揉め始めるかもしれない。

 どうやって瑠璃川から離れようか考えていたら、神宮寺がやってきた。


「久しぶりね」


 不思議の国のアリスみたいな、目の覚めるような青いドレスを着ている馬鹿な女が、得意気な表情でそんなことを言っている。

 こんな格好でも、周囲から浮いていないのが流行の恐ろしいところだ。


「おい、言ってやれ」


 瑠璃川をけしかけたら、彼女は思わぬ反応を見せた。


「素敵じゃない。どうやって手に入れたのよ」


「ん。ああ、この装飾アイテムね。たまたま売店に売ってたんだよ」


 よく見れば瑠璃川も、アバターアイテムらしきドラキュラのマントみたいなのを着ている。

 本当に流行しているらしい。


「タイミングが良かったのね。うらやましいわ」


「馬鹿馬鹿しい」


 まわりを見回してみたら、なんだかアバターアイテムを部分的に身につけたような奴らが多い。

 もともとゲームのアイテムだからコラボアイテムのような物もあるのだが、元ネタを知らないのか、簡単には集まらないのか知らないが、もの凄くちぐはぐな恰好をしている。




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