第52話 サポーター



 ノワールの3人はレベルが上がってきたら、25層でも敵が倒せるようになってきた。

 この階層の敵にデバフはないが、猛毒があるので、アイテムで解除している。

 やはり問題なのは、せっかく神官のクラスに就いている天草が、毒を防ぐ魔法すら使えないことだろう。


「よし、倒せるようになってきたな!」


 と伊集院静香が叫んだが、口の中が真っ黒になるほど毒消しを食べているから、すごく息が臭かった。

 ゲームだからなのか毒を解除するたびに、必ず一個を消費しなければならない。

 正露丸のようなそれを食べるのは嫌だから、俺はエマの団子を使っている。

 そんなに拾えるアイテムでもないから、分けてやるほどは持っていない。


 俺が敵を一撃で倒せると知っているから、この三人にも緊張感はなくなってきた。

 逆に、ノワールの事務所に経過報告に行ったら、ギルド員総出で出迎えられて、報告を聞く伊集院響子は、これ以上ないほど緊張感をみなぎらせていた。

 戦い方を一から十まで見せてしまっているから、まあそれはしょうがない。


「これほど短期間でレベルが上がったのは初めてかもしれません」


 と、天草が言った。

 だけどまだ俺なしでやれるような感じじゃないし、どうしたものかという気になる。


「このままじゃ、三人だけでやれるようにはなりそうにないな」


「そんなことはない。ノワールには忍者部隊がある。敵の隔離を他の奴にやらせれば、三人だけでも行けるだろう」


 と伊集院静香が言った。

 そんなものがあるなら、確かに三人だけで行けるだろうか。

 それにしても忍者部隊を使ってレベル上げをやるというのだから豪気なものだ。


「そのことについては口外しないで欲しい。その忍者部隊は、いつも響子さんの護衛をしているんだ」


 そう言ったのは織田だった。


「そういえば、襲ってきた三人組の正体はわからないのか」


「どういうわけか政府も関知しない忍者だったらしい。俺たちは裏社会に繋がりもないし、たぶん敵の正体もわからないだろう。最近じゃノワールは孤立しちまってるからな」


 織田の弱気な言葉を、伊集院静香がとがめた。


「そんな言葉を軽々しく口にするな。我々はもともと慣れ合わない主義を貫いてきた。あんなのは武闘派連合の仕業だろう」


「でも、パンドラあたりがやったのなら、わざわざ忍者なんか使わないでしょう。パンドラなら使い捨ての要員にやらせるはずです。あの時の忍者は、明らかに特殊な訓練を受けていましたよ」


「どうだろうな。いったい何が目的なんだか」


 やはり花ケ崎の推測通りかなという気がする。

 暗殺が失敗しても、こうして上層の攻略をやっているのだから軍としても狙い通りだろう。

 俺たちは25層入り口の階段に座って昼ご飯を食べていた。

 最初は、貴族でもこんな場所で食事をすることがあるのかと不思議に思ったものだ。

 伊集院静香だけは尻の下にハンカチを引いている。


「ノワールに肩入れしている以上は、貴方も気を付けた方がいい」


 俺にも護衛をつけるようなことを提案されたが断っている。

 軍の仕業だとしても、こうやって25層を攻略している以上は、むしろ軍としては不満などないはずだ。

 連合側の独占状態も解除したのだから、研究所の意向にも背いていない。


 しかし、これで焦ったパンドラが20層に挑戦して、大量に死者を出すなんてことにはならなければいいのだが。

 それでは俺のやったことが裏目に出てしまう。




 山ほどの報酬を貰って俺が解放されたのは夏休み十日目だった。

 行きと帰りに17層と18層に立ち寄っているから、争いが起きてないのは確認している。

 槍を持って挑みかかってきた男が、通るたびにわざわざ報告してくるくらいだから嘘は言っていないだろう。


 やっと堅苦しい仕事が終わってほっとしたので、俺はクラスメイトたちの様子を見に行くことにした。

 最初に見つけたのは手下を連れた狭間で、ロン毛とモヒカンのパーティーも隣にいた。

 6層の手前を回っていた。

 他にも二ノ宮のパーティーがそこでやっている。

 そいつらを横目に通り過ぎたら、6層の奥に伊藤たち三人を見つけた。


「あれ、高杉君」


 犬神が俺に気付いて手を振っている。


「問題は起きてないか」


「大丈夫でござるよ。それよりも我々の成長を見て頂きたい」


「やっとコツがわかってきましたよ」


 三人はエンチャントが付いていそうな武器を使っていた。

 見ない間に、かなり成長したようだった。


「もう三日は太陽を見てないんだよ」


 どうやら、あの難民キャンプのようなテントに泊まっているらしい。


「伊藤が佐藤を背負ったら、外まで出るのも早いんじゃないか」


「ですが、我々は結束を固めるために泊まり込んでいるというわけです」


「まさか犬神の着替えを──」


「それは秘密でござる」


「まあいいや。頑張れよ」


 そう言って俺は7層に降りると、さすがにクラスメイトの姿はなくなった。

 7層の奥まで行くと、神宮寺と天都香が居た。


「やっほー」


 と言って手を振っている天都香は石の上に腰かけていた。

 神宮寺は敵に囲まれて、大立ち回りを演じている。


「問題なくやれているようだな」


「本当にそういうふうに見えるのかな。キミには何が見えているのさ」


 一条よりもアグレッシブにリスクを取りに行く神宮寺が、この辺りで苦戦しているのは、やはり耐久の性能が低すぎるのだろう。


「ちゃんとタンクを用意してやった方がいいんじゃないか。二ノ宮でいいだろ」


「考えておくよ。それよりもなんの用かな。まさか話してる余裕があるように見えるのッ」


「綾乃ちゃんは意外と頑丈だから、心配しなくても大丈夫だよ」


「問題なくやれているならいいんだ」


 俺は神宮寺にヒールだけ入れて、その場を後にした。

 8層には知り合いはおらず、10層で一条たちを見つけた。

 瑠璃川が張り切っているので、見つからないように脇を抜ける。

 13層では、竜崎が相変わらず進歩のないようすでやっていた。


 問題の17層と18層は、仮面を付けていない俺でも問題なく通ることができた。

 そんな階層を素通りする奴はいないので、多少の注目は受けたかもしれない。

 35層にやってくると、花ケ崎が紅茶を飲みながら悠々と本などを読んでいる。


「優雅だな」


「あら、問題は片付いたの」


「一応な」


「そう、なら一杯淹れてあげましょう」


 椅子もないから地面に座ったら、なんだか本当に犬になったような気がしてきた。

 すぐに花ケ崎が椅子を出してくれたので、そっちに座る。

 タイマーがセットしてあって、花ケ崎はそれに合わせて魔法を使うらしい。

 10秒おきくらいにピッピ鳴るようにしてあるようだ。


「お兄様から情報よ。やはり軍の特殊部隊に極秘任務が出ていたようだわ」


 いきなりそんな話が出てきて俺は驚いた。


「そんなことを嗅ぎまわって大丈夫なのか。危険すぎるだろ」


「お兄様は優秀だから心配いらないわ。それに手を出せる人もいないわよ」


 しかし、それがわかったところで、俺の方に打てる手立てはない。

 しばらくはどう出てくるか様子を見るしかないだろう。

 これで一条たちが新層攻略に動き出したとしても、やはり現実となった世界で39層に挑戦させるわけにはいかない。

 だから俺が解放するしかない。


「それとお父様が研究所の方にも探りを入れてみたのだけど、こちらはガードが固くて何もわからないわね。でもクラスの解放情報を買わないかと持ち掛けられたそうよ」


 そういえば花ケ崎の親父は財界の大物だ。

 研究所に出資しているのは財界である。


「出資している側なのに情報が得られないのか」


「目的は共有しているけど、手段の独立性はあるのよ。つまり研究所は悪いことをたくさんしているというわけね。それをスポンサーが知ってしまうと、バレた時の責任問題が行ってしまうわ。だから出資している側でも、なにをしているかまではわからないのよ」


 研究所は人造人間のようなものまで作り出そうとしている。

 二学期になれば、Dクラスに転校生として入って来るはずだ。


「俺は39層を開放しようと思う」


「そう。その若さで死んでしまうのね。とってもかわいそうだわ」


「縁起でもないことを言うな。楽勝だよ」


「危険すぎるわ。どうしてもというのなら私も行くわよ」


 花ケ崎は俺が39層の話を言い出せば、必ず反対してきた。

 この話については、ずっと意見が割れていたところだ。


「お前を守る方が危険が増えるよ」


 慣れてない花ケ崎を連れて行く方がよっぽど危ないというものだ。

 レベルが高いだけで花ケ崎には経験がなさすぎる。



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