第54話 魔眼使い



「私は12層に篭っているからね」


 と神宮寺が得意気に言った。

 12層と言えば、俺がカエル落としで通ったモーランのいるあの階層である。

 一条ほどのスペックもないのに、いくらなんでも無茶をし過ぎだ。


「あら、すごいじゃない。私たちとそんなに変わらないのね」


「二ノ宮とやってるのか」


「そうだよ。それで高杉たちは何層にいるのさ。まったく見かけないんだけど」


 二ノ宮も資金力はあるから、タンクにするなら悪くない選択肢なのだろう。

 それでもヒロインじゃないから、相当な無理をさせているに違いない。


「もうちょっと上だな」


 そんなことを話していたら、教師陣がやってきた。

 その中でも、Dクラスの担任である新村教諭が先頭に立ってやってくる。

 その新村教諭が壇上に上がった。

 こんな場面には慣れているだろうに、ちょっと緊張しているように見えた。


「え~、喜ばしい報告がある。今年入学の一年Dクラスは、かなり才能に恵まれたようだ。攻略階層も13層に到達したものがいる。まさに奇跡の世代だ」


 13層というワードに、まわりがからどよめきが起こる。

 さすがにAクラスでもそこまで行っている奴は少ないだろう。

 ゲームのキャラが多いからなのだが、確かに学園側からしたら奇跡にしか見えない。

 当然ながら俺の攻略階層は43層なので、研究所からも情報は行っていないらしい。

 新村教諭は続けた。


「静かに。それを聞いた時は私も驚いた。私の経験でも、ここまで優秀なクラスは受け持ったことがない。そのことを受けて、今回は特別に軍のほうから支援を受けられることになった。今日は、その選抜をおこなう。支援を受けられるのは一部の者たちだが、君たちの中にも、軍に就職を希望する者はいるだろう。これはアピールのチャンスだと思ってくれ」


 なんか嫌な雰囲気になってきたな、と思っていたら、新村教諭に変わって徽章のたくさんついた軍服のお偉いさんらしき人が壇上に上がる。

 俺にとっては戦前の軍服を着たコスプレのようにも見えるが、現れた男はものすごいキッチリとした歩き方で、なんともいえない本物感があふれていた。

 冗談とか、まるで通じそうにない雰囲気をかもし出している。


「今日は模擬戦闘訓練による選抜をおこなう。3名1班とし、闘技場で戦ってもらう」


 これって俺の存在に気が付いていて、それを探りに来たという事だろうか。

 なんだかすごくよくないことが起こっているという確信めいたものがある。

 まさか黒仮面の正体が学園の生徒だと気付いたのか、それとも学園になにかあると感づいて探りにきたのか。


 どっちにしろ攻略本にも記載のないイベントだし、研究所が主催した時点で俺絡みなのは間違いないだろう。

 暗殺を阻止したことが影響しているのだろうか。

 実際に軍から命を狙われるかもしれないとなったら急に怖くなった。

 だってミサイルとかレールガンとかで狙われるかもしれないのだから、それで死なない自信とかあるわけがない。


「ということだ。それでは闘技場に集合。今回の戦績は、成績には影響しないから安心してくれ」


 それで移動となったら、花ケ崎がもの凄いスピードで俺の所にやって来て、俺たちは闘技場に向かう集団から離れた。


「まずいことになったわね。あれは指導教官じゃなくて、司令官クラスよ。普通なら現場に出てくるような人じゃないわ。空挺部隊の徽章もあったから、きっと空挺旅団の司令官あたりじゃないかしら」


 軍の中でも、空挺旅団は最もレベルの高い探索者が所属する部隊である。

 マジで何かが起こっているのは間違いない。


「どこまでばれてると思う」


「今年のDクラスは明らかに攻略階層が高すぎるわ。それを探りにきたのではないかしら。それでもちょっと不自然よね」


 探りに来たという事は、研究所のデータはまだ渡っていないという事だ。

 だいたい、あれが軍に渡っているのなら、俺だけに接触してくるのではないかと思う。

 うまくこの場だけしのげば、まだ軍にはバレずに済みそうな感じがする。

 しかし戦ってしまえば、戦闘データは残るから俺のステータスだけは隠しようがない。

 最近の俺のステータスは、クラスを外していても800を超えている。


「神宮寺の助けがいる」


「パーティーを組みたいという事かしら」


 俺がうなずいたら、花ケ崎はさっと人混みの中に消えていった。

 なんて頼りになるやつだろうか。

 とりあえず俺は見習いにクラスチェンジして、リングを古代のリングに変えた。

 これだけでは、まだ800を超えている俺のステータスは不自然すぎるくらいに高すぎる。


 近藤たちも見ているだろうし、刀を使わずに魔法だけで戦うのには無理がある。

 デバフ魔法は持ってないし、瀕死状態で闘技場にあがるわけにもいかないから、こうなれば神宮寺の槍だけが頼りだ。


「私に目をつけるとは高杉もわかってるじゃん。だけど強引過ぎるよ。本当に装飾アイテムをくれるんだよね」


 そんなもんに釣られて、神宮寺はのこのこやって来てくれた。

 アバターアイテムくらい、いくらでもくれてやればいい。

 不思議の国に憧れているというのなら、それっぽいものはいくらでもある。


「とっておきのをあげるわよ。頼りにしてるからね」


「私に任せておけば大丈夫だよ」


 薄い胸を叩いて、そう言った神宮寺を頼もしく思った。

 俺と花ケ崎のレベルさえバレなければいいのだから、さいあく二人で神宮寺を回復しながら戦わせておけば何とかなるかもしれない。

 いやいや、いくら神宮寺でもそれは無理というものだ。


「それでは模擬戦を始める。ギブアップは認めるが、ヤメと言うまでは全力で戦うように」


 若い軍人が闘技場の審判席に上がって言った。

 最初に指名されたのはAクラスの魔眼使いである。

 魔眼は始めて見たが、目に覇紋を入れたような不気味な目をしていた。

 その対戦相手に指名されたのは、狭間、ロン毛、モヒカンの三人組だった。


 実にひどい戦いになった。

 魔眼使いと組んだ二人はスペルシールドでロン毛の魔法を防ぎながら、突っ込んでくる狭間とモヒカンを魔眼使いがフレイムで一方的に攻撃する。

 なんども吹き飛ばされて、二人は相手までたどり着くこともできない。

 まるで、人間をお手玉にして遊んでいるかのようだ。


 もう勝負は決まったようなものなのに、狭間たちに実力を出させたいとでも思っているのか、審判の男は止めようとすらしない。

 魔眼使いを含む三人は軍への就職など希望していないらしく、評価などどうでもいいのか、いたぶって遊んでいるだけだった。

 さっきまでDクラスをボコボコにしてやれと騒がしかった観客席さえも静まり返っている。


 モヒカンは最後まで特攻を続けたが、鉄臭い血の匂いが闘技場の外にまで漂ってきた。

 顔ばかり狙うから、もはや目も見えていないだろうし、顔に肉が残っているのかもわからないほどやられている。

 途中で狭間は諦めて膝をつき、モヒカンは吹き飛ばされているうちに場外へと飛ばされた。

 そこで軍の衛生兵から手当てを受けているので、命に別状はないはずである。


「奇跡の世代という割に、そこからこぼれた奴らもいるようだな」


 魔眼の男が感情のこもらない声で言った。


「チッ、ギブアップする!」


 遊ばれているだけだと判断したのか、狭間が言った。

 魔眼の男は圧倒的な魔力にものを言わせて吹き飛ばしているから、あれでは近寄ることもできない。


「よし、ヤメ!」


 審判のひと声でAクラスの三人組は構えを解いて、悠々と闘技場を降りてくる。

 そいつらには、ひとこと言ってやらずにはいられなかった。

 俺は観客席から立ち上がって言った。


「やりすぎだろ。そこまでする意味があるのかよ」


「あ? Dクラスのクズが俺たちに意見しようってのか」


 魔眼使いの横にいた男が、凄んで見せる。

 こいつは体育祭でも俺たちに魔法を放ってきた奴だ。


「あんな雑魚じゃなく、俺に勝ってから言ってみろ」


「はっ、だったら勝ち残れよ。それともここでやってやるか。闘技場の外でな」


 そう言った男が杖を構える。


「いや、いい。やめろ」


 それを魔眼使いの男が止めた。

 俺の隣にいる花ケ崎を気にしたのかと思ったが、その男は真っすぐに俺を見ていた。


「な、なんで止めるんだよ」


「行くぞ」


 魔眼使いの男は俺から視線を切ると、戸惑う取り巻きの男を無視して行ってしまった。

 どんな関係か知らないが、まわりの男はあの魔眼使いに逆らえないようだ。

 攻略本には魔力が見えるとあったのに、なぜか花ケ崎ではなく俺の方を見ていたような気がするのはなぜだろうか。



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