第47話 助太刀
一条たちの方に戻ると、こっちはこっちでちんたら続けているところだった。
やはり一条はさらに先へ進みたそうにしているが、二人の反対を押し切れないでいる。
今の一条の耐久なら8層だって余裕があるだろうに、属性武器がないから7層をスキップするしかないが、そこに抵抗があるようだった。
やはり、ここは俺が一肌脱ぐしかないようだ。
「よう、お三方。ちょっと8層に生意気な上級生がいるんだ。加勢してくれないか」
「おいおい、また揉め事を持ってきたのか。花ケ崎はいったいどうしてるんだ。彼女がそんなに好戦的とも思えないし、まさか独断でやってるのか」
「そんなことどうでもいい。ちょっと手を貸して欲しいんだよ」
「て、手を貸して欲しいと言われても、僕らはそんな場所まで行ったことがないし」
「困ってるみたいだし、手を貸そうじゃないか」
真っすぐに俺を見返しながら、堂々と一条はそう言った。
さすが主人公である。
まわりに足を引っ張られているだけで、臆するという事を知らない目をしている。
素質としては真田を思い起こさせる、決意に満ちた目だ。
「いやいや、8層だぞ。どう考えても。──ん? いや、これは逆にチャンスかもしれないな。花ケ崎家に伝わる秘密のレベル上げ方法を探れるかもしれん……」
狭間を中心にして、三人はなにやら相談を始めた。
しばらく待っていたら、やっと話がまとまったようだった。
そもそも最初から一条は行くと決めていた。
「行くよ。その上級生はどこだ」
そんなものはどこにもいない。
適当に考えた俺のでっち上げだ。
「だが俺は残らせてもらう。アタッカーの俺では足を引っ張るだろうからな」
と保身に走ったらしい狭間が言った。
二人に俺の秘密を探らせて、自分の安全は確保するという見上げた小物っぷりだ。
まあ、この世界の貴族にはそんな奴らが多いのも事実である。
けっして自分の命を庶民と等価だなんて思ってはいない。
6層の入り口に狭間だけ残して、俺たちは8層に向かった。
「やっぱりパンドラの関係者なのかな」
一瞬なんの話かと思ったが、これから倒しに行く上級生の事だろう。
風間の問いには、さあなと返して俺は言った。
「もうちょっとマシなやつと組んだ方がいいな。狭間は足を引っ張ってる」
俺の言葉に二人は押し黙った。
うすうす気づいてはいるのだろうが、他に選択肢がないのだ。
7層への階段を降りると、すぐ近くで神宮寺たちを見つけた。
「あれ、一条じゃない。こんなところで何してるのさ」
「ちょっと助太刀にね」
「高杉なんかに関わっているとろくなことにならないわよ」
なぜか神宮寺たちにくっついて来ている瑠璃川が言った。
やはり一条と組ませるなら、瑠璃川しかないだろうか。
天都香もパーティーに入れるのにはハードルが高いキャラだ。
瑠璃川なら、俺がなんとかしなくても性格の問題しかない。
「ちょうどいいや。瑠璃川をこっちに貸してくれないか」
「はあ? 馬鹿も休み休み言いなさいよ。私が図書館の本かなにかにでも見えるわけ」
「あっ、ちょっと!」
神宮寺が止めるのも無視して、俺は瑠璃川のベルトをひっつかんで持ち上げた。
そして7層の奥を目指して歩き始める。
瑠璃川は暴れているが、こいつがうるさいのはいつものことだ。
8層への階段はすぐに見つかった。
「なんで瑠璃川さんを連れてきたのかな。意味が分からないよ」
風間が俺の行動に戸惑っている。
これは売り込んでおくチャンスだろう。
「こいつには、すごい素質があると俺は見てるんだ。だからそっちのパーティーに入れといてくれ。きっと役に立つはずだ」
「ふざけないで。どうして私があんたらについて行かなきゃならないのよ」
8層に入ったら、さっそくイエティが現れて、戦闘が始まった。
そうなったらさすがの瑠璃川だって、いつまでも騒いではいない。
一条がタゲをとって安定させるまで大人しくしていたが、タゲが安定したらすぐに攻撃を入れ出す。
アサシンまで開放しているらしい瑠璃川の攻撃力は大したものだ。
それに狭間のように攻撃を受けるようなこともない。
さらには、怪我をした一条に駆け寄った風間を怒鳴りつけた。
「風間はどうしてそんなにナヨナヨしているのよ。シャキッとしなさいよ。ポーションなんか適当に投げつけとけばいいでしょうが。あんたが駆け寄る必要がどこにあるの。さっさとこの弱ってるやつに魔法を使いなさい!」
すごくいい。
瑠璃川さえいてくれたら、一番恐ろしいBLルートさえ勝手に回避してくれそうだし、効率も上がるだろう。
眉間に青筋を立てながら指示を出している瑠璃川がとても頼もしく思えた。
一条よりもパーティーを引っ張っていくリーダーとして適性があるようにも見えるのはどうだろうか。
「じゃあ、ちょっと探してくるから、ここらで待っていてくれ」
「ああ、無理に一人で戦おうとしないで、見つけたらすぐに俺たちを呼んで欲しい」
そう言った一条から距離をとって、俺は8層の吹雪の中に消えた。
そのまま監視していたが、危なげなところもなく上手にやれているようである。
やはり一条ならこの階層でもダメージには耐えられる。
竜崎が吹き飛ばされていたイエティのキックにも、一条は踏ん張って耐えられた。
敏捷の初期ステータスに恵まれた瑠璃川は、蜘蛛の攻撃すらかわしている。
まわりも確認してみたが、ここはノワールがいるだけでパンドラの姿はない。
家来を連れた貴族連中がこれだけいれば、さすがにパンドラも入ってこないのだ。
経験値のない敵性MOBが出ない階層というのはいい。
あとはレンジャーズが新人を育てているくらいか。
こちらも連合側にもノワール側にもくみしないギルドだから安全だ。
レンジャーズは学園の生徒ではない一般の新人をギルドに引き入れて、この階層でパワーレベリングによる速成をしているようだった。
争いになるのは嫌だろうし、完全な中立だと思われた。
どこのギルドも切羽詰まって、おきて破りのパワーレベリングをしている。
それをやると、どうしても後々の死亡率が上がるらしい。
俺は三人のところに戻った。
「どうも逃げられたらしい。応援を呼んだのがバレたかな」
「あんたはどうして、こんな階層をふらふらひとりで歩けるのよ。私ですら、ここの蜘蛛から逃げきれる自信はないわよ。あんたが倒せないような相手に、私たちが加勢して役に立つとでも思ってるわけ」
「7層も見回ってみるけど、たぶん今日は現れないだろうな。そっちも適当なところで切り上げて帰ってくれ」
「私はどうなるのよ。こんなところに連れてこられて、いませんでしたで済むと思ってるのかしら」
「別に狩りをして帰れば無駄にはならないだろ。一条もちょっと気にかけて、そいつを育ててやってくれないか。凄い才能を秘めていそうなんだよな」
俺が売り込んだら、一条は素直にうなずいて言った。
「ああ、やってみるよ」
「あんたがそこまで私のことを買ってくれてるとは思わなかったわ。でも、いきなりこんな階層に連れてこられるなんてまっぴらよ。軽々しく扱うのは自分の命だけにしなさい」
俺は瑠璃川の言葉を無視して7層に戻ると、38層に飛んだ。
さて、今日もいつものレベル上げである。
まずはペルセウスの指輪を装備する。
これを忘れただけで死ぬかもしれないというのが怖すぎる。
次は38層までのレベル上げで39層のキーパーを倒さなければならない。
29層に挑んだ時よりはましだが、あの時は六文銭がいた。
今回は安全マージンをほとんどとれずに挑むことになるだろう。
いくら攻略本があっても、ここからは本当に命がけになってしまう。
攻略本には「レベル25になったら19層のキーパーに挑戦してみよう!」みたいなノリで書かれているので、能天気にそのまま実践するような真似は不可能だ。
どのくらいの余裕があるのかわからないが、できる限りのことはしておきたい。
ミミックはネックレスと指輪を出しやすいモンスターだから、この機会に集めておこう。
デバフを無効化するアイテムは相当な高額になると思われる。
売るかどうかは決められないが、とりあえずそれを出すのが楽しみだ。
一週間もすると、ノワール系の貴族連中と、武闘派連合の構図が学園内でも見られるようになってきた。
とうとうギルド同士の抗争が、学園内で生徒同士の対立として現れたのだ。
俺のところにはノワールから綺麗な貴族のお姉さんが勧誘に来て、連合側からは様々なやつから勧誘と脅迫が来た。
軍や企業に就職したい中立派の生徒にまで、どちらに属するか迫るような動きまであった。
「玲華ちゃんも私たちのギルドに入りなよ。それともノワール側なの」
「あら、花様は軍だから連合側ですわよ」
「どちらでもないわよ」
「まあ、それもそうですわね。卒業したら私たちは結婚するのだから関係ありませんわ。この馬鹿騒ぎも、早く終わってほしいものですわね」
「高杉はどうするのさ。どっちからも勧誘が来てるらしいじゃん。どこに入っても私たちの敵になるんだからね。こっちに来たら私が守ってあげるけど」
「そりゃ頼もしいね」
「こいつは花様の犬ですわよ。だから中立ですわ」
「俺は全部と敵対だよ」
「うわ、アナーキーだね。狩場で私とすれ違う時は気を付けなよ」
「お前は花様のお考えにただ従っていればいいのよ」
今日はノワールの幹部が暗殺される日である。
これをきっかけにして、貴族側はなりふり構わない反撃に出ることになるのだが、この暗殺を止めていいものかどうか、まだ迷いが残っている。
暗殺されるのは伊集院響子の娘である桜という、この学園の3年生と婚約している貴族の男だ。
この抗争をきっかけに、主人公たちは大きな成長を遂げることになるのである。
だが、人命がかかっている以上は止めるしかない。
でも、そうなると主人公が世界の危機を止めるという筋書きに変化が起きそうだ。
かといって俺が主人公の代わりになるとかいう事は出来ないのがもどかしい。
俺では第三の勢力をまとめるだけのカリスマがないし、必要なフラグが立てられない。
「ねえ、花様」
「なあに」
「今度、高杉を一晩だけ貸してもらえませんこと。私、気がついてしまったんですの。高杉は黒仮面様に背格好が似ていますのよ。だから、私の黒仮面様に対する、このあふれ出そうな愛を紛らわせるのに、一晩だけ貸して欲しいのですわ」
「そ、それはどうかしら。だ、だって妊娠してしまったら大変よ」
「あら、いやですわ。そんなことまでは致しませんのよ。黒仮面様の格好をさせて、ちょっと遊ぶだけですわ。高杉にとっても悪い話じゃありませんですのよ。私の召使の好きな女と交尾させてあげましょう」
どうして俺がそんなことに黙って従うと思っているのか。
二人は、赤くなって黙り込むばかりで、二ノ宮の奔放な発言をとがめることができないでいる。
だいたいそんな話を、俺の頭ごなしにするというのはどういう事だ。
「お前は本当に性根が腐ってるな。庶民ならなんでも思い通りになると思ってるのか。俺がそんなことするわけないだろ」
「あら、そこまで言うなら、お前は雇い主に逆らえるんですの」
「いつでも逆らってるよ」
「いけませんわ。花様は飼い犬に恋愛感情を持っているように見えますものね。きっとそれが原因で、こんなにも反抗的なんですわ」
「そんなことないわよ」
「あら、そうなんですの」
花ケ崎に睨まれて二ノ宮は黙った。
「それよりも今日は黒仮面の人がパーティーに来るかもしれないんだよね」
「そうですわ。そっちの方が重要ですわね」
そろそろ時間である。
俺たちが放課後の教室に残っていたのも、これからノワール主催のパーティーに出るからだ。
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