第46話 一条の様子


 端末で連絡を取ってから、俺は7層に飛んだ。

 どんな魔法を使ったのか知らないが、最近では39層まで端末の地図表示が使えるようになっている。

 端末のGPSを管理しているのは、たぶん研究所だ。


「借りを返したい」


「そんなことを急に言われても困るわ。ずいぶん律儀な性格をしているのね」


 竜崎は乗り気ではないようだ。

 しかし最近では一条たちを排除することもできなくなっていて、俺になんとかしてくれなんてことを言ってくるようになっていた。

 俺が手助けをしたことで、一番シナリオに改編が加わってしまったところだ。


 こいつはなるべく一条の狩場から離しておく必要がある。

 レベルをあげたいとは思っているはずなのだ。

 仕方がないので、こちらから提案をすることにした。


「10層のテレポートリングは欲しくないか」


「欲しいか欲しくないかと言われれば欲しいけど、私は入り口からここまで来るのに3分とかからないのよ。わざわざ危険なキーパーに挑んでまで欲しくはないわ」


「じゃあ、13層でサポーターをするのはどうだ。そろそろレベル20には届く頃だろ」


「まだ耐久面で不安があるわね。そんな階層でヒーラーを守れる自信もないし」


「こんな階層にいつまでいたって自信なんかつくもんか。ダンジョンはリスクをとらなきゃ成長しないんだぜ」


 俺がそこまで言っても、竜崎は乗り気になれないようだった。


「たしかにレベルは上がらなくなってきたかしら」


 もうちょっと血に飢えたような奴かと思っていたら、竜崎はなんとも煮え切らない態度でそんなことを言っている。

 リングを見ると、竜崎もモグラのリングを装備していた。

 魔法ダメージ軽減の付いたリングはそれだけ貴重なのだ。

 そのリングを物理耐性に特化したやつに変えれば、13層はたぶんいけるはずだ。


「ゼニスゴーレムリングくらい持っているよな」


「あるにはあるけど、部下に持たせる分がないのよ」


 さすがの貴族様はやはり予備のリングですら、そんなものを用意しているようであった。

 このリングは14層の超レアドロップで、俺ですら自分で出したことはない。


「じゃあ俺が一つ売ってやる。一人が受けられたら、それで行けるだろ」


 竜崎はごくりと唾をのんだ。

 なにをそんなにビビっているのだと思うが、俺より命知らずの無鉄砲でも、新層にはそれだけ恐怖を感じているようである。

 どうするのだろうと思っていたら、竜崎は決意を固めたようだった。


「ちゃんと守ってくれるのでしょうね」


「守る守る」


 と言った俺の態度に、竜崎の手下がざわついている。

 しかし俺はそれなりの信用を勝ち取っているらしく、慎重そうなプリーストの女からも反対意見は出なかった。

 俺は道案内をしながら13層を目指して歩きだした。

 ビビった竜崎が遅いので、たどり着くまでには時間がかかりそうだ。


 ゆっくり歩けばそれだけ危険が増すというのに、なにをしているんだという話である。

 それは打たれ弱いことに起因するビビりに見えるので、たしかに耐久面はもう少し伸ばしたほうがいいだろう。


「さっきは9層のキーパーを倒せるような口ぶりでしたが」


 とプリーストの女が言った。


「倒せるよ」


「貴方様にはたやすい相手なのでしょう。ですが、お嬢様にそのような無茶をさせるのは絶対におやめください」


 もの凄い力強くそんなことを言われてしまった。


「たしかに竜崎じゃ即死するだろうな」


「あなたなら耐えられるというの。視界に入っただけで死ぬと聞いたことがあるわ」


 即死すると言われても、憤慨した様子もなく竜崎が言った。

 学園長もそうだが、もともとボスを倒せるようなビルドは目指していないのだ。

 回復の支援を受けながら、特定の階層で狩り続けるのに特化している。


「耐えられるさ。じゃなきゃどうやって倒すんだよ」


「さすがね。それで、黒仮面である貴方は、本当にレベル160もあるのかしら……」


 恐る恐るという感じで、そんな話題を切り出された。

 どうも今日は竜崎の手下たちからさえ、はれ物に触るような雰囲気を感じていた。


「馬鹿馬鹿しい。んなわけないだろ」


 そんなことを話しているうちに9層にたどり着いた。

 神宮寺たちは来ていないようなので、ボスが残っている可能性もある。

 あれから数日は経っているが、リングだけ手に入れて、本格的にボス狩りをするのはレベルをあげてからやるつもりなのだろうか。

 竜崎一行は、足に根が張ったように動かくなって、9層の奥に続く通路の壁を恐怖に満ちた目で見つめている。


 それを見てたら、なんだか俺まで恐怖が伝染してきたように、心の中が冷え込んできた。

 回避不能の即死ビームを放ってくる恐怖のモンスターのように言われる9層のキーパーだが、実際は即死でもなんでもなく後衛職ではHPが足らず、前衛職では魔法耐性が足りないだけだ。


「ちょっとみてくる。そこから動くなよ」


 俺が奥に入っていくと、二つ目の広場に一つ目のモンスターが浮いていた。

 いきなり焼けつくような痛みを感じて、ビームを使われたのだとわかった。

 俺が戻ると、プリーストの女が震える声で言った。


「危険すぎます。すぐに離れましょう。そんなものに挑む必要はありません」


「もう倒した。リングが落ちてるから拾って来てくれ」


 俺の言葉に、槍を持った男が震えながらも安全を確認して、それを竜崎に伝える。

 生まれたての小鹿みたいに震える竜崎がリングを拾ってくるのを待ってから、俺たちはさらに上の階層を目指した。

 この辺りの階層では二刀流を出すまでもないので、小烏丸はアイテムボックスに仕舞う。


 13層ではスケルトンソルジャーとスケルトンスカウトが出てくる。

 7層に出るスケルトンの強化版で、ソルジャーの盾とスカウトの回避が要素として追加されただけに過ぎない。

 武器はカトラスと忍者刀で、どちらもリーチは短いが攻撃力が高い。

 この階層では敵がスキルを使ってくるので、近接されたらダメージだけは避けようがない。


「て、手本を見せてもらえないかしら」


 と竜崎にリクエストされたので、俺は竜崎が目標にしているであろう学園長のような踏み込みからの斬り払いで敵を倒して見せた。

 早すぎて見えなかったと言われたので、今度は敵が近寄ってくるのを待って叩き切った。

 見せて欲しいというから手本を示したのに、なぜか竜崎の表情には恐怖の色が濃くなっている。


「お前の番だぞ」


 俺に言われて、竜崎はスケルトンソルジャーと対峙する。

 しかし、盾を持った敵に慣れていないのか、攻めあぐねているうちに接近を許して、スキルでの攻撃を受けてしまった。

 それで、あまりにも大きなダメージを受けたので、俺は竜崎に代わって敵を倒した。


「真面目にやってくれ。間合いに入ったらスキルを使うんだよ。スキルくらいあるだろ」


「でも相手は盾を持っているのよ」


「視界が狭くなりすぎてるんじゃないのか。盾なんかあっても相手は隙だらけだぞ」


 俺は竜崎に兜を脱がせて、それを手下に預けさせた。

 そんなものに頼っても、この階層にいる敵にとっては段ボールの装甲に等しい。

 それほど攻撃を受けないなら意味もあるが、回避不能な攻撃を使ってくる敵と距離をたもって戦うには邪魔にしかならない。


 次の相手はスカウトで、忍者刀を二本持ったスケルトンは竜崎によって簡単に倒された。

 さすがに全振りしているだけあって、竜崎の動体視力と攻撃力だけはあなどれないものがある。

 素早い動きに翻弄させられることなく、流れるようにスキルを発動して倒して見せた。

 これなら盾さえなんとかすれば、危なげなく狩りができるようになるだろう。


 しだいに慣れてきたのか、素早い動きで、翻弄するように動きながらソルジャーも倒せるようになってきた。

 しかし、ヒールでヘイトを買いやすいプリーストを守るパーティーが問題だった。

 火力が足りずに、プリーストが攻撃を受ける前に倒すことができない。

 プリーストがヘイトを買えないとなると、竜崎は敵を倒すまでヒールが受けられない。


 逆に一撃で倒せないながらも、タンクがヘイトをとってしまえば安定して倒せる。

 なのでスカウトは竜崎に回し、ソルジャーを手下が倒せば簡単に安定した。

 となると、竜崎がソルジャーを難なく倒せるようになるまで、効率は上がりそうにない。

 それでも目処くらいは立っただろう。


「これで貸し借りはなしだぞ」


「いくら何でもサポートが短すぎるわ。まだ安定もしていないのよ」


「いざとなったらテレポートリングで逃げればいい」


 もちろん戦闘中に逃げることはできない制限があるが、逃げ回っていればそのうち飛べるようになる。

 竜崎のスピードなら敵を引き回すくらいは造作もない。

 基本的に竜崎はパーティーに入っていないので、全員で飛ぶにはパーティーを組むのが面倒になるが、無理なら竜崎だけでも飛んでしまえば、あとはタンクがターゲットを取ればどうにでもなる。


 それらを説明してもまだ納得できない様子だったが、慣れるまで付き合っていたら何日かかるかわからない。

 普通の探索者ならHPが減ることさえ怖がって嫌がるものだが、竜崎ならそれに慣れているはずである。

 それほど無茶な要求でもないはずだ。


 最後に竜崎から、どのくらいの耐久があれば13層で楽になるのか聞かれたので、攻略本にある通り250と答えておいた。

 どうやら最近では耐久も上げ出したようだがまったく育っていない。

 耐久だけは近接職だと魔法で上げることもできないし、装備で上げるのにも限界がある。


 竜崎たちと別れて、俺は花ケ崎に連絡を取って6層に飛んだ。

 6層奥では、なぜかいまだに一条たちがそこでレベル上げをしている。

 神宮寺ですら7層に行っているというのに、なにを考えているのかわからない。

 それでもレベルだけは上がったのか、上級生も一条を追いかけ回さなくなっていた。


 この階層にいる人間にとって、手を出したら痛手を受ける相手になったという事だ。

 俺は上忍にクラスチェンジして気配を隠し、一条たちの様子を見てみることにした。

 防御に優れた一条が敵の攻撃を引き付け、そしたら狭間と風間が攻撃している。

 なぜか狭間が攻撃を受けて、戦いが終わったらスケルトンのカトラスが肩に深々と刺さっていた。


 一条はヒールを使って狭間の怪我を治した。

 先制攻撃とバフにもMPを使っているので、いくら一条のステータスでも回復までさせられるのは苦しいのだろうか。

 やはりMPがきついのか、次に一条が怪我をしたときは風間がポーションを使っていた。

 なんだか助け合いながら戦っているさまが、どうにもホモホモしくて見ていられない。


 いや、命がかかっているのだから助け合いながら戦うのはなにもおかしいことではない。

 しかし、やたらかばい合ったり、駆け寄ったりしてるのは、ちょっとどうかと思う。

 ポーションくらい投げつければいいではないか。

 そんな邪念を捨てきれずに観察していたら、どうにも余裕があるように見える。


「ここまで安定してくれたら、もう心配はいらないね」


「うむ。妨害してくる奴らもいなくなったし、問題はないようだな。少し時間を掛け過ぎてしまったか」


「俺はそろそろ8層に行ってもいいと思う。一気に人がいないところまで抜けて、そこでやるのはどうだろう」


 最後の一条の言葉を、狭間と風間が必死に止めている。


「ダンジョンは一年で一層でも移動できれば御の字なんだ。それで18層まではいける。そんな無茶をすべきではない」


 と言った、狭間の言葉は、ノワールあたりでなら本気で言われていそうなことだ。

 しかし一条に期待されているのは、そんな半端なものではない。

 一条も周りの反対を押し切ってまで、レベル上げを優先させることはできないらしい。

 狭間のかわりになるようなパーティーメンバーが必要かもしれない。


 それにしても敵が少ないなと思っていたら、遠くの方で派手に敵を集めながら狩りをしているやつらがいる。

 まさかと思って確認したら、やはり花ケ崎だった。


「さすがは花ケ崎様。ここまで力をつけておられたとは」


 そう言ったのは、二ノ宮がいつも連れている黒服の男だ。

 女の方は置いてきたのか、いつもの姿が見えない。


「本当に凄いですわ。これなら神宮寺に後れを取ることもありませんわね」


 二ノ宮は、三人の中でレベルが遅れていることに危機感を抱いていたらしい。

 それで花ケ崎に泣きついたのだろうが、そのくらいで差は埋まらないだろう。

 花ケ崎はレベルを隠すどころか、敵を集めすぎて処理が追い付かずに焦ってラピッドキャストまで使っている。

 予備動作もなしに、クールタイムまで無視して魔法が発動するから不自然極まりなかった。



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