第48話 ノワール パーティー 暗殺
俺は花ケ崎に用意してもらったタキシードに着替え、新しい仮面を付けて準備を終えた。
今ごろは花ケ崎たちもドレスへの着替えを済ませていることだろう。
花ケ崎たちは父親のコネでパーティーに出席し、俺は六文銭の真田に呼ばれる形で出席することになっている。
駐車場に高級乗用車が現れたところで、俺は寮から飛び降りてそちらに向かった。
後部座席のドアが開くと、後部席の奥には真田が座っていた。
運転しているのは根津で、助手席に座っているのは真田の姉だった。
俺が乗り込むと、ドアが勝手に閉まって車が走り出す。
「これはこれは、やっと英雄を皆に紹介できる」
「この貴方を迎えに来る役目は、取り合いになったのですよ」
「今じゃお前はヒーローみたいに言われてるぜ。俺たちも、お前の機転で命拾いしたってのに、挨拶もさせてくれないんじゃな」
走り出した車の中で、それぞれが待ってましたとばかりに口を開いた。
だが、こちらにも言いたいことはあるのだ。
「どうして今日はパーティーなんかに出席する気になったんだ。正直、退屈なだけだぞ。私もいささか飽きが出て来た」
あれから、ほぼ毎日パーティーに出席しているであろう真田が言った。
「六文銭に苦情が言いたかったんでね。あんたらが急に居なくなったせいで、ダンジョン内の治安はめちゃくちゃだ。パンドラは軍に援助されてやりたい放題だし、ノワールは明日にも壊滅しそうな勢いだ。学園の生徒は毎日わけのわからない奴らに追いかけ回されてる」
「それならニュースで見たぜ。だけど悲願だった29層の攻略が成ったんだ。今さら何のために、あんな穴蔵で縄張り争いしようってんだよ」
根津が話に首を突っ込んできた。
あまりに短絡的な思考に、ちょっと呆れてしまう。
「最初に30層台を攻略して、独占でもしたら、日本だって支配できる」
「ははは、確かにな。だが最初に攻略するのはお前じゃないのか。お前以外にできる奴がいるとも思えない。まさか、それを私たちにやれとでも言うのか」
真田はもう引退した老人のような物腰で言った。
これでは苦情を言った方も気が抜けるというものだ。
「まったく、無茶を言いやがるぜ。俺たちが29層のために、何年耐え忍んできたと思ってる。今さら新層の攻略にまで命がかけられるかよ」
「いや、いい。ちょっとした勘違いがあるだけだ。なにせ彼は最近ダンジョンに入り始めたばかりの新人だろうからな」
「ははは、確かにそうですね。そういえばお前は学園の一年だったな。ちょっと30層辺りをうろついてる新人ってわけだ。それなら知らないのも無理はねえ」
「俺がなにを知らないっていうんだ」
「ダンジョンなんて、もともとそういうところなんだ。金も名誉ももたらさないのなら、誰が好き好んで攻略などするものか。あんな所には近寄りもしないのが普通だ」
言われてみれば確かにそうである。
それに攻略本を持っている俺規準で考えすぎていた。
新層の攻略は、危険のともなう大仕事なのだ。
とくに魔の階層とされている20層台を飛ばして、30層台を攻略するなど容易なことではない。
「だから私たちにできることなど、もうあの場所には残っていない。海野が言っていたろ、これからはお前たちの時代だってな。だから、お前たちが秩序を作って、やっていくしかないんだよ」
「まあまあ、そこまで突き放したことを言わなくてもいいではありませんか。真田の旗印に集まった新人だっているんですから、私たちにとっても他人事ではありませんよ」
「いえ、私たちはもう新人でも育てながら、余生を過ごすだけの亡霊ですよ。そのようなものが前線に出てどうなります。若いやつらに明け渡してやるべきなのです」
「はいはい、そうかもしれませんね」
真田たちは満足しきったような、和気あいあいとした雰囲気に包まれている。
今さらダンジョンの血なまぐさい利権争いに首を突っ込む気にはならないだろう。
たしかに六文銭を責めるのは筋違いか。
とはいえ睨みを利かせるくらいはできないわけでもなかったはずだ。
ダンジョン内に六文銭がいるというだけで、あそこまで大きな抗争にはならなかった。
しかしそれは、いずれ一条が争いを止めると知らなければ出来ないことだろう。
ゲームのシナリオ進行上、どうしても抗争が起きるようになっている部分なのだろうか。
だったら、やはり地道に火種を潰していって騙し騙しやるしかない。
「ほら、幸信がきつく言うものだから、すっかりヒーロー様が意気消沈してしまいましたよ」
姉上はいつも私を責めるのですね、と言ってすねた真田と、それを見て笑っている二人を見ていたら、急に疎外感のようなものを感じた。
今はもう命を削ってダンジョンに入っているのは、この中で俺だけなのだ。
引退した亡霊か。
たしかに、ダンジョンから居なくなった人間に頼っても仕方のないことだった。
だったらもう腹をくくって、俺なりのやり方でやってやろうじゃないか。
「そろそろつく頃だ。準備はいいか。まずは私からみんなに紹介しよう」
「ああ」
「まったく、幸信様にまでそんな調子で話すんだから嫌になる。年上なんだぞ」
俺だって、どんな立場だろうと年上には敬語を使うべきだと思っている。
今までは正体を隠すために喋り方を変えていただけに過ぎない。
だが、あえて決意表明として俺は言わせてもらった。
「レベルは俺の方が上だからな。探索者ってのはそういうもんだろ」
「ははは、そうだ。やっとわかったようだな。ダンジョン内では力こそすべてだ。相手に自分のルールも押し付けられないなら、平和なんて望むべきじゃない」
「ここはダンジョン内じゃないですけどね。それにしても、もうそんなにレベルをあげやがったのか。とんでもねえな」
「やっと、いい顔になられましたね」
帝国ホテル前には、無数のマスコミが詰め掛けてカメラを構えていた。
俺が来ることを既に知っていたのだろう。
車から出ると雨が降っていて、夏だというのに肌寒い。
バシャバシャとカメラのフラッシュを炊かれて何も見えなくなった。
「どうして報酬を辞退したんですか」
「その仮面は、後ろ暗いところがあるのを隠すためだという声もありますが」
「二刀流は見せかけだけで、実際は実力がないって話は本当なんですか」
怒らせてでも俺からの反応を引き出したいのか、ろくでもないことばかり言われる。
全部無視して、駆け足でホテルの回転ドアに入った。
魔法の一つも放ってやりたいが、こっちは法律がルールである。
ホテル内に入ると、外の喧騒が嘘のように静かになった。
そこでまた外が騒がしくなったかと思うと、花ケ崎が到着したところだった。
なぜか花ケ崎までカメラを向けられている。
大貴族の令嬢である花ケ崎は有名人で、この世界ではアイドルのようなものなのだ。
ゴージャスなドレスを着た花ケ崎は、まるで別人のようで、なんだか遠い人のように感じられた。
その隣には、ドレス姿の神宮寺と二ノ宮の姿まである。
なぜか二ノ宮だけが、カメラを向けられることに慣れているような雰囲気を出している。
三人をエスコートとしているのが、花ケ崎の父と兄だろう。
二ノ宮に見つかる前に行こうと、真っ赤な絨毯のしかれた階段を上って真っすぐにパーティー会場を目指した。
会場に入ったら全員の視線がこちらに集まる。
真田に紹介されて挨拶をしたが、緊張のあまり、なにを言ったか覚えていない。
その場にはテレビで見知ったような顔ぶれが並んでいる。
すぐに総理大臣の前に通されて、挨拶をした。
その後も真田に紹介されるがままに挨拶をしていたら、花ケ崎の父親にも挨拶することになった。
「こちらは私の娘の玲華と言います。将来の相手にどうですかな」
「父さん、玲華はまだ若すぎるよ」
父親が冗談めかして言ったら、シスコンらしい兄貴が本気でとがめている。
29層攻略の英雄ともなれば、財閥のお嬢さんともつり合うらしい。
父親に背中を押されても、花ケ崎は真っすぐににらむような眼を俺に向けているだけで挨拶もしてくれなかった。
「これは美しいお嬢さんだ。ぜひとも嫁にもらいたいところですね」
後ろの方で、俺の冗談に根津が笑いをこらえている。
ドレスを着て、こんな別人のようになった花ケ崎が誰だかわかるなんて大したものだ。
「ほう、興味がありますかな。顔しか取り柄がない娘ですが、候補に入れて頂けるとありがたい」
「私はこんな人に興味ないわ」
「まったく、失礼な娘ですみません。こう見えて最近ではアークウィザードも開放しましてね。なかなか隠れた才能があったものだと驚いているところですよ」
花ケ崎の親父さんは、本気で娘を俺に売り込んできているように見える。
花ケ崎の意向など気にしていないようだった。
「それは凄い。大したものですよ」
そんなことを話しているうちに、花ケ崎の親父さんの裾が引かれる。
二ノ宮が私たちも紹介しろとせかしているのだ。
「ずっと憧れてました。大ファンなのでありますわ」
そう言って俺の手を握ったのは、学友と紹介された神宮寺である。
なにも貴族のふりしてそんな言葉使いになる必要もないと思うが、神宮寺はそう言った。
目をキラキラさせて、黒仮面に興味のないふりをしていたくせに、すごい食いつきようである。
今日の仮面はモグラから出た、認識阻害付きのアバターアイテムなので、二人にも俺の正体は絶対にばれない。
神宮寺は胸元の開いたドレスを着ていて、ちょっとだけドキッとする。
その神宮寺を押しのけて、二ノ宮が俺の前に現れた。
「私など、愛しておりますわ」
そう言って、二ノ宮は俺に抱きついてきた。
そのまま無意味にぐいぐい胸を押し付けてくる。
それをみた周りの女性たちも俺に押し寄せてきて、壁際まで追い詰められてしまった。
二ノ宮が変なことをするから、そういうのもありなんだと周りを勘違いさせたようだ。
というか二ノ宮は人だかりに紛れて、俺の仮面に手を伸ばしてくるではないか。
なんど振り払っても、しれっとまた手を伸ばしてくるから厄介極まりない。
まだ伊集院響子を紹介される前だというのに、俺は完全に隔離されたようになった。
そんなことをしていたら、根津がやって来て俺に耳打ちする。
「ここの娘たちは遊び慣れてるから、お前も気に入った娘がいたら、遠慮せずに持ち帰りしろよな。なんにも気兼ねすることなんてないんだぜ。お前の部屋は上に階にとってある。俺はもうパーティーはうんざりだから行かせてもらうよ」
まだパーティーの主賓が挨拶もしてないのに、根津は両脇に女の子を三人も抱えて会場から出て行った。
それにしても高校生になんて悪いことを教える大人なんだと思わずにはいられない。
俺が途方に暮れていたら、そこへ父親に背中を押された花ケ崎が近づいてくる。
そうすると、自然と二ノ宮までが俺から距離をとった。
たぶん貴族の格という奴が違うのだろう。
それをこの場にいる女性たちは皆わかっているのだ。
花ケ崎は俺の近くまで来ると言った。
「鼻の下を伸ばしすぎではなくって」
「庶民でも、お前となら結婚できるらしいな」
「きっと、お父様はもうろくされているのね」
花ケ崎はしれっとそんなことを言う。
「ちょっと背中が空き過ぎなんじゃないか。覇紋が見えそうだぜ」
「お兄様と同じことを言うのね。これはドレスのデザインよ」
今日はいつになく花ケ崎の態度が冷たいような気がする。
「それより伊集院響子を紹介してくれないか。もう張り付いてないと、いつ狙われるかわからない」
「そ、そうね。ついてきなさい」
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