第36話 理由



 目が覚めたら、花ケ崎の甘い匂いがする毛布が掛けられていた。

 いい香りに包まれて、もう少し寝ていたい誘惑に駆られる。

 なんとか眠い目をこすって体を起こすと、目の前では逆風にあおられながら、花ケ崎が足元に向かって魔法を放っているところだった。


 その背中には、さっき手に入れたばかりのマント、天使の翼をはためかせている。

 そうだ、あとでコイツの仮面を買いに行かなきゃならない。

 俺の持っている予備でもいいが、サイズが合わないだろう。

 絵になるなと思っていたら、声を掛けられた。


「起きたのなら声くらいかけなさい。ずいぶんと寝てたようね」


 花ケ崎はこちらを振り返りもせずに言った。

 うしろに目でも付いているのだろうか。


「どのくらい経った」


「6時間くらいかしらね」


「疲れてるなら変わろう」


「まだ平気よ」


 花ケ崎も少しは落ち着いてきたのか、静かに作業を続けている。

 俺は地面にドロップアイテムをいったん出して、アイテム拾いに下へと降りた。

 地面は眩いばかりにアイテムだらけである。

 さっそくモグラが集まってきたので、アイアンゴーレムを召喚して囮に使う。

 いつの間にか召喚が育って、アイアンゴーレムが召喚できるようになっていた。


 このゴーレムは物理に強いが、モグラは鉄くらい爪で簡単に引き裂いてくる。

 火には極端に弱いので、水に弱いストーンゴーレムと使い分けたいところだがそれはできない。

 召喚をコントロールするには、サモンリングなる特殊なアイテムが必要になる。

 全部拾い集めたら上に戻った。

 そして、適当なアイテムを花ケ崎のアイテムボックスに入れておいてもらうことにした。

 寝てる間に俺のレベルは40になっていた。


「意味が分からないわ。昨日までアークウィザードを目指していたはずなのに、今はもうスペルマスターとかいう、聞いたこともないようなクラスに就いているの。これは一体どういうことなのかしら」


 俺はストレッチで体の筋を伸ばしながら答えた。


「レベルが上がっただけだろ」


 どうやら魔法のみで自分よりレベルの高いモンスターを500対討伐するという解放条件を満たしたようだ。

 普通にやっていたら一生解放されないような条件である。


「ご覧なさい」


 天から一筋の光線が煌めき、モグラの一体を貫いた。

 魔法耐性すら貫通する、最上位単体攻撃魔法のディスインテグレートだ。


「35層の敵を一撃で倒せてしまうわ」


 最上級魔法なんだから、それぐらいできて当たり前である。

 その威力をさらに伸ばせるか、そして自分の安全を確保しながら使えるかが重要なのだ。

 派手な見た目とは裏腹に、クールタイムは長いし、消費MPも大きすぎて、今のままでは格下狩りくらいにしか使い道がない魔法である。


「MPの無駄遣いだな」


 と俺は言った。

 MPが尽きてしまったらしく、花ケ崎はマナポーションを煽った。

 あのマナポーションは、まさか俺のじゃないよな。


「一体どういうことなのかしら」


「散々説明したよ。それよりも、まだ分配も済んでないアイテムを装備してるのはなぜなんだ。そっちこそどういう事だよ」


「必要なアイテムが出た場合は、必要な人が使うべきよ。それが分配というものでしょう。それと説明は受けたけど、私はまだ今の状況に納得してないの。納得させてちょうだい」


 アバターアイテムなのに必要も糞もないもんだ。


「そういうもんなんだと納得するしかない。予言の書が導いたんだ」


「私、忍者を目指してもいいかしら。クラスの解放条件は知っているのでしょう。こんなに簡単にクラスレベルが上がるなら、やれそうな気がするのよね。昔から憧れていたの」


 急に何を言い出すんだという話だが、なんとなくローグ系が好きそうだなとは思っていた。

 忍者のクラスを解放するのは難しくないが、敏捷のステータスばかりあがるクラスだ。

 魔法職にとってはそれほど重要なステータスではない。

 それに花ケ崎の言い分では、ただ忍者というクラスに憧れているようにも聞こえる。


「なら、なんで魔法使いを選んだんだ」


「おっぱいが大きいからよ。昔から激しい運動をすると痛くなってしまうの。でも最近は便利な下着が出てきたのよね」


 攻略本によれば、純粋なメイジにしか育たないはずなのに、なぜかこの花ケ崎はそんなものを目指したいと言い出す。

 回避のできる魔法使いというのは、一見強そうに思えるが、攻略本によればハズレビルドであまり強くないそうだ。

 回復とバフを持った神聖メイジか、軽減スキルを装備した盾メイジを勧めていた。


「予言書にはHPを伸ばして聖魔法を使えるようにするか、耐久を伸ばして盾を持つ方がまだマシと書かれているな」


「私が目指したいのは、純粋な忍者よ」


「馬鹿も休み休み言え。今からそんなものを目指したって中途半端になるだけだろ。俺が欲しいのは氷魔法をばら撒いてくれる、HPだけ伸ばした純メイジだ」


 純メイジなら最終的にドラゴンスケイルという、防御力をあげるバフ魔法が覚えられる。

 そして、それが一番火力が出るし、対応力もある構成だそうだ。

 敵は近づける前に倒してしまうのが、瞬間的な火力の高い魔法使いにとって理想的な立ち回りとなる。


 逃げれば新しい敵を引っ張ってしまうし、攻撃に耐えても回復でMPを無駄にしてしまう。

 攻撃を避けながら魔法を撃てればそれがいいが、それはあまりにも難易度が高すぎる。

 だから瞬間火力を極限まで極めるのだ。


「まあいいわ。貴志がそうして欲しいというならそうしましょう。それで、この情報の見返りに、あなたはいったい何を求めるのかしら。常識の範囲内で言ってごらんなさい」


「別に、なにもいらないよ」


「この私を前にしてなにも欲しくないというの。だとしても、お金くらい要求するものでしょう」


「普通はパーティを組んだやつに、そんなの要求しないだろ。それに、お前の強さは俺の戦力でもあるんだ。なんで見返りを要求するんだよ」


 そこまで言ったら花ケ崎は静かになった。

 俺はアイテムの仕分けを始めるが、モグラのリングは魔法ダメージ軽減が付いていてダメージ軽減率の数値もいいから、かなり売値には期待が持てる。

 雑魚から出るとは思えないような性能だった。

 これはもしかしたらとんでもない額を稼ぎ出してくれるんじゃないだろうか。


「そういえば、こういう経験値の稼ぎ方は嫌いなんじゃなかったか」


 俺は何となく世間話のつもりで聞いてみた。


「考えを改めることにしたわ。目標によっては、膨大な経験値が必要になるのだものね。先に力を得てから、それに慣れていくというのもありな気がしてきたの。貴志のように想像もつかないくらい目標が高かったなら、いちいち段階を踏んではいられないわよね」


 そういう納得の仕方もあるのかと思って、俺は花ケ崎の説明を聞いていた。

 あとは何か話しておくことがあっただろうか。

 そういえばゴーレムの召喚契約書が一枚余っていたな。


「これをやるよ」


 召喚契約書を見た途端、花ケ崎はすごいスピードでそれをかすめ取ろうとしたので、俺は反射的に手を引いてしまった。

 やると言ってから、純メイジなら悪魔召喚の方が相性がいいから、無理に覚えさせる必要はないかという気もしてくる。

 それに今の感じからして、花ケ崎は召喚が気に入ってるようだから召喚士になると言い出さないとも限らない。


「よこしなさいよ」


 はからずも意地悪をしたような形になった俺を花ケ崎は睨んだ。

 そして花ケ崎は、なおも召喚契約書を俺から奪おうとする。

 ひらひらさせてみたら、それを取ろうと飛びついて来るではないか。

 後衛職の花ケ崎では一生かかっても俺から取ることはできないだろう。

 その様子が面白かったので、花ケ崎の上でひらひらさせていたら言われた。


「くれるのでしょう。なんでそんな嫌がらせをするのよ」


「どうしてそんなに召喚が好きなんだ。なにか思い入れでもあるのか」


「私はひたむきに頑張る存在が好きなの」


 いや、それはただ単にまともな思考AIが搭載されていないだけだ。

 ひたむきなのではなく、プログラムされた行動をひたすら繰り返しているだけだから、ためらいも迷いも生じるわけがないだけである。

 もしかしてこいつは、俺のNPCのAIみたいな行動に惹かれたとでもいうのだろうか。

 たしかに初めのころの俺は、トニー師匠の言葉意外に信じるものもなく、誰に何を言われようと、狂気とも言えるくらいがむしゃらに突き進んできた。


「でも、お前にはいらないと思うんだよな」


「必要よ」


 今となっては氷の女王に睨まれたところで怯むような俺ではないが、売る以外に使い道がないのも事実である。

 そこで、まだ俺の隙をついてかすめ取ろうとしている花ケ崎の体に目が留まった。


「じゃあ、これには対価を要求しようかな」


 そう言ったら、俺の視線に気が付いた花ケ崎は、飛び跳ねるようにして俺から離れると自分の体に腕をまわした。

 すでに涙目になっている彼女を見て、体は大人、心は子供というフレーズが俺の脳裏を通り過ぎていった。


「い、今の私は強いわよ」


 そう強がっている花ケ崎がなんだか憐れに思えた。

 これからは変装のために服を換えなきゃいけないから、派手過ぎる今のローブは売らなければならない。

 マントからもはみ出しているしな。

 売ったら、その金を寄こせと言いたかったのだが、変な誤解を与えたようだ。


「本当に自信過剰だよな。そのローブと交換ならいいと言おうとしただけだ」


「これは入学祝にお兄様が選んでくれたものよ。あげられないわ」


「だけど、これからは変装しないと正体がバレるだろ。そのローブは目立ちすぎるし、たくさんの人に見られすぎてる。それと、これからは正体がバレないように、この仮面を付けてくれ」


 俺は予備で持っていた白い羽付きの仮面を渡した。

 仮面を付けた花ケ崎はローブを脱ぎさり、その下からはいつもの制服姿が現れる。

 そして白銀に輝く派手なローブは、アイテムボックスの中に仕舞われた。


「これで満足かしら」


「学園の生徒だとバレるのもよくないな」


 魔法職はローブの下に何を着ていてもいいらしい。

 実に羨ましい。


「そうね。次までに新しい服を買っておくわ。それより、さっさと寄こしなさいよ」


 あろうことか、花ケ崎は俺に向かってボルトを放った。

 さすがに花ケ崎の魔力で撃たれたら俺だって痺れくらいはする。

 その硬直中に花ケ崎は召喚契約書を奪っていった。

 勝手にパーティーも解除してしまったらしい。


「あにすんだ。やへろよ!」


「紛らわしいことするのが悪いのでしょう!」


 あろうことか花ケ崎は俺の目の前で、まだ対価について話が済んでいない召喚契約書にサインをしてしまったではないか。

 召喚契約書は黒いもやへと変わり空中に消えていった。


「──そっちがそういうつもりなら、こっちにだって考えがあるんだぞ」


「そう、せいぜい無駄な考えを巡らせるといいわ。いったいあなたに何ができるというのかしら」


 そう言いつつも、花ケ崎の顔にはビビっているようすがうかがえた。

 そう、こいつはもっと俺の力を恐れるべきなのだ。


「俺には予言の書があるんだ。言っておくが、俺がこいつの力を開放したら、お前はものすごく恥ずかしい思いをすることになる」


 俺には、いつでもCG回収ポイントという、恐ろしい力を開放する手がある。

 もともとは成人指定のゲームでもあるから、本当に恐ろしい力となるだろう。


「面白いじゃない。やってみなさいよ」


 俺が取り出した攻略本を、花ケ崎は鼻で笑ってみせた。


「おいおい、やめるんだ。本当に後悔することになるんだぞ。俺にこの力を使わせるんじゃない。俺だって鬼じゃないんだ。今すぐ誠心誠意謝れば許してやる」


 慈悲の心で許してやろうというのに、地面を指差して土下座を要求する俺に花ケ崎は馬鹿にしたような目を向ける。


「ふん、馬鹿ね。そんなの信じられるわけないわ」


「いや、お前も知っているだろ。以前、こいつの力が解放された時は、お前のパンツが見えたぜ。あの神社でな。あれはお互いに不幸な事故だったが、次は故意に力を開放することになる。謝るなら今のうちだぞ」


 花ケ崎は羞恥の感情からなのか、怒りの感情からなのかはわからないが、顔を真っ赤にして俺を睨んだ。

 花ケ崎が動かなくなったので、ボルトスパークで敵を落とす役目は俺が代わった。


「やっぱり見ていたのね……」



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