第37話 テレビ放送



「考えてみれば、あなたのような邪な人間に、そんな恐ろしい力が与えられるわけがないわ。与えられていいわけがないのよ。あなたの人間的資質がもう少し善良であったなら、そんな、うすぼんやりした未来が見えるだけの不便な力ではなかったはずだわ。だからぜひとも使ってごらんなさい。私はそんなもの恐れないのよ」


 俺たちは丸二日間ものあいだモグラ落としをやって地上に帰ってきた。

 花ケ崎はほとんど寝てないが、こいつはきっと寝なくともやっていける人間なのだろう。


「俺はあまりにもかわいそうだから、さっきまでは例の力を使わないつもりでいたよ。だけど今はそう思っていないからな」


「もしスカートめくりなんかしたら官憲につき出してやるんだから。覚悟することね」


 次は下着なんかじゃすまないというのに、花ケ崎はそんなことを言っている。

 俺たちがそんなことを言い争いながら歩いていたら、通りがかった竜崎が言った。


「けっこうな家柄のお嬢さんだと思ったのに、どこに連れていくつもりなのかしら。さすがにそんなことはやめておきなさいよ」


 どういうわけか仮面で変装した俺と花ケ崎を、竜崎は一発で見破ってみせた。

 俺は花ケ崎を見るが、今くらいの光量では花ケ崎の髪の毛は紫色に見えない。

 マントを着ているから背格好だってわかりにくいし、口元にだって特徴はない。

 花ケ崎も俺を見ながら首をかしげているので、竜崎がなぜ気付いたのかわからないでいるのだろう。


「なぜ俺だとわかった」


「そんなの雰囲気でわかるでしょう。まだ変態パーティーにハマるには若すぎるわよ」


「そ、そんなもんに行くわけないだろ」


 竜崎はそうにしか見えないけどね、と言い残して行ってしまった。

 仮面越しにも花ケ崎が赤面しているのがわかる。

 俺たちはどちらから言うとでもなく、新しい仮面を買いにショッピングモールがある方へと歩き始めた。


 その日の夜になって、テレビでは大々的に特集が組まれて、六文銭による29層の攻略動画が流された。

 ロビーではテレビに集まった人があふれ出してしまって、食堂にまで大型テレビが設置されることになった。

 さすがに最近の映像はかなり高精細で、画面内で暴れ回っている自分の姿を見た時は心臓が止まるかと思った。




 次の日、学校に行ったら、教室内はまるでお祭り騒ぎのようになっていた。


「すげえよ! すごすぎるぜ! やっぱ六文銭だよな!」


「あの仮面の男の動きを見たかよ。とんでもねえスピードだったぜ。しかも二刀流ってなんだよ。あれってスキルなのか」


「見てるだけで、めっちゃあがったわ。スゲエ迫力だったな」


「やはり、一番活躍していたのは、あの二刀流の男だろう。推定レベルは160以上らしい。いったいどういうカラクリなんだ」


 レベル160とか言ってるのは、攻撃力から推測したレベルの事である。

 誰が計算したのか知らないが、二刀流ツバメ返しを普通のスキルで換算しているからおかしなことになっていた。

 このゲームの最高レベルは99までしかなかったはずである。

 お祭り騒ぎの中、俺だけは正体がバレないか気が気ではなかった。


 花ケ崎も緊張したような面持ちでいるから、きっと俺のことに気が付いたに違いない。

 となれば六文銭とのつながりを知っている竜崎の方も、確実に気が付いただろう。

 さらには、今日アイテムを売らなければならない西園寺も気付くに違いない。

 アイテムボックスがいっぱいだから、花ケ崎と一緒に売りに行く必要がある。


 ざわざわとする教室の中は、新村教諭が入って来ても騒ぎが収まらない。

 みんな興奮しているから、教師が入ってきたことにすら気が付いていなかった。


「おーい、いいかげんに落ち着いてくれ。今日は席替えをするぞ」


 新村教諭の発表した席順は、明らかに研究所が抜いているデータをもとに決められたものだった。

 花ケ崎が座っていた主席の座は俺に変わっており、次席は当然ながら花ケ崎である。

 その次が神宮寺、一条、風間、狭間、ロン毛、金髪カールと続いているからおそらく間違いない。

 神宮寺がそこまで頑張っていたことに驚くが、ロン毛の位置にも驚いた。

 というか、あんな情報をこんなふうに使っていいのかよ。


「どうしてこの席順なのでしょうか」


 金髪カールが抗議の声をあげる。


「俺に聞かれてもわからない。毎年、学園のコンピューターが勝手にはじき出すんだ。席順についての注文は受け付けないぞ」


 不満の声は漏れたが、誰も逆らうことなく席を移動し始めた。

 俺は絶望に支配されているモヒカンに席を譲り、花ケ崎の座っていた席に着いた。

 花ケ崎は神宮寺が使っていた席へと移動した。

 本当に最悪なのだが、あろうことか俺の後ろの席は金髪カールだった。


「それで、昨日の放送はご覧になりましたの。私はもう黒仮面様に一目ぼれしてしまいましたわ。本当に素敵ですわよね!」


「え、ええ。やはり六文銭はすごいわね」


 花ケ崎が引きつった顔で話を合わせている。

 あの仮面は捨てて正解だった。

 それでもクラスメイトに俺だとバレていないなら、特に問題はないのだろうか。


「ノワールなんて当分は冷や飯を食わされますわね。ご愁傷さまですわ」


「沙希ちゃんはああいうの好きだと思ったよ」


 と神宮寺が口にしたのは、金髪カールの本名である二ノ宮沙希の名前である。


「そうですわそうですわ。ところで、花様は六文銭の開催するパーティーにコネなどありませんのかしら。もう私など、いつこの体を捧げてもいいくらいに一目惚れですのよ」


 それを聞いた俺は、思わず吹き出してしまった。

 その飛沫が二ノ宮の顔にかかって、彼女は鬼の形相になった。


「お前はなんてことをしてくれるのかしら。花様の下僕でなかったら殺していますわよ。それでも、ようやく晴れて花様に取り入ったようですわね。ならばお手をしてご覧なさい。はい、お手」


 そう言って、二ノ宮は俺に向かって手のひらを差し出した。

 お前の憧れてる黒仮面様の飛沫だというのに、この態度はなんだろうか。

 だいたい下僕ってのはなんの話だと思って花ケ崎の方を確認すると、なんだか話を合わせて欲しそうなアイコンタクトを俺に送っていた。

 花ケ崎の態度にも、二ノ宮の態度にも、怒髪天を突きそうな怒りがこみあげてくるが、深呼吸で気持ちを整えた。


「どうしましたの。お前のような小汚い庶民が貴族に仕えるのなら、こういった芸の一つも覚えなければやっていけませんことよ」


「ねえ、それはちょっとやり過ぎじゃないかな」


 俺は怒りで小刻みに震えながら、やっとの思いで、アイテムボックスから出した適当なドロップ品の短剣の柄の端っこを、二ノ宮の差し出した手のひらの上に乗せた。

 とても自分の手で、こんな奴に触れようとは思えない。


「まあ努力だけは認めましょう。私もお前の手なんか握りたくはないですもの。さすが花様ですわ。ずいぶんと上手に躾けたものですわね。最近は身なりもしっかりしてきたようだし、お前のような犬でも、寛大な花様はかわいがってくださるのだから感謝するといいのよ」


 俺は黙って教科書を取り出すと、静かにそれを読み始めた。

 これ以上こいつらと関わっていたら、俺は黒い衝動を抑えられなくなってしまう。


「でも、あの防御力と攻撃力はどうやって両立しているのかな。あの黒仮面の人が、どんなクラスに就いているかもわからないんだってね」


「侍じゃないのかしら」


「えー、そんなはずないよ。だってレベル160だよ。28層に100年通っても、そこまでレベルは上がらないって言ってたもん。きっと特殊なクラスなんだよ。でも、あれを見てたらやる気が出たよ。私ももっと上を目指すからね」


 無視しようとしているのに、こいつらの話が耳に入って来て集中できない。

 心の中を無にしようと、俺は瞑想でもするかと考えた。

 そんな俺の努力をあざ笑うかのように、神宮寺が俺の前に回り込んできて言った。


「ねえ、じつは新しい武器を買おうと思っているんだよね。予算は3万円なんだけど、高杉のおすすめの武器とかないかな」


「あら、そんな奴に相談するんですの。武器選びは重要ですわよ」


「こう見えて、高杉は武器の目利きが凄いんだよ。いつも凄いやつを使ってるからね」


 そんなことをこんな奴の前で話すんじゃねえよと思うが、神宮寺はお構いなしだ。

 俺の機嫌が良かったら、槍程度のもの、伝説の武器の一つや二つくらいは、くれてやる気にもなったかもしれないというのに馬鹿な奴だ。


「そうなんですの。なら私の片手剣もそいつに調達させましょうかしら」


「沙希は新しいのを買ったばかりでしょう。あまりコロコロ変えるのもよくないと思うわ」


 話を変えようとしているのか、花ケ崎がそんなことを言う。


「それもそうですわね」


「それよりも仮面の人だけど、六文銭のパーティーにも来ないそうなのよ。それどころか六文銭の人ですら会えないみたいね」


 どこで聞いてきたのか、花ケ崎がそんなことを言った。


「あら、そうなんですの。ミステリアスですわあ。もうテレビでお姿を拝見しているだけでも、私の女の部分がうずいてきてしまうというのに、残念でなりませんわね」


 とんでもないことを言いだした金髪カールを、花ケ崎がはしたないとたしなめている。

 俺の前でそんな話をするあたり、こいつは本気で貴族以外を人間とも思っていない。

 こいつに付き合ってきた花ケ崎の苦労がうかがい知れる。


「で、武器は調達してくれるの」


「そんなに暇じゃない。西園寺にでも相談しろ」


「ええ、あの西園寺家の人を知っているなら、今度紹介してよ」


「紹介するも何も、いつも売店で暇そうにしてるだろ」


 そんなことも知らなかったのか、神宮寺は意外そうな顔をしている。

 そして俺に対して呆れを含んだような視線を向けた。


「キミって本当に愛想がないよね。私の役に立てば好感度が上がるかもよ」


 神宮寺はなんだかメタ臭いことを言っている。

 こいつの好感度を上げても、決闘が申し込まれやすくなるというだけだ。


「そんなものはいらない」


 俺がその気になったら好感度など関係ない。

 自分から決闘を申し込みさえすれば、それだけで即俺のものにできる。

 それはさておき、この世界の一条が神宮寺に決闘を申し込む所がどうにも想像できない。

 一条は絵に描いたような優等生を演じているから、まずありえない路線だと思われる。

 能力的には女性キャラの方が優遇されているのに、それを選ばないということは、きっとそういったところで、仲間にするための条件が満たせないのだろう。


 男キャラだけでもクリアできないことはないが、早く強くなってくれないとスタンピードが起こるという、一番しょうもないエンディングを迎えてしまう。

 これはレベルが足りなくて、救出イベントなどの強制戦闘イベントで死んでしまう時に迎えるエンディングだ。

 やっと、ざわついた教室の雰囲気も収まってきてHRの時間が終わった。

 すぐに一般科目の退屈な授業が始まる。


「花様はトイレに行かれたわよ。お前には護衛する気もないのね」


 休み時間になったところで、さっそく二ノ宮にそんなことを言われる。

 今の花ケ崎に害をなせるやつが、いったいこんな学園に何人いるというのか。


「あいつはそんなに軟弱じゃない。いちいち俺にかまうな」


「お前がそんな態度では、花様が恥をかくのよ。いいかげん学んだらどうなの。仕方がないわね。私が行ってあげるしかないようだわ」


 そう言って、二ノ宮は席を立った。

 そのまま廊下で待たせていた男一人女一人の手下と一緒にどこかへと行った。

 この学園の廊下には、貴族どもが手下を待たせておくための椅子まで用意されていて、ちょっとしたサロンのようになっている。


「キミも大変だね」


 そう言って、神宮寺も教室から出て行った。

 俺が花ヶ崎の家来になったなんて話、さすがに神宮寺は信じていないのだろう。

 俺も次の授業のために更衣室へと向かった。

 次は久々に剣術の授業である。


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