第35話 パワーレベリング



「前に話したいことがあると言ったでしょう。実はレベル上げを手伝ってほしいのよね」


 喫茶店で落ち着いたら、花ケ崎から切り出してきた。

 レベルをあげたいというなら、こっちにとっても都合がいい。

 いろいろ手伝ってほしいと思っていたから、渡りに船である。

 もっとも、こいつの言うレベルと、俺の想定するレベルは次元からして違うがな。


「レベルなんてどうでもいいんじゃなかったのか」


「クラスレベルを10にしなければならない理由ができてしまったのよ」


 花ケ崎がこれを言い出すのは、父親に婚約は待って欲しいとお願いをしたフラグである。

 婚約者がいると告げられはしたが、花ケ崎はまだ相手に会ってすらいない。

 それをなかったことにして欲しいと父親にお願いして、父親が交換条件に提示するのがダンジョンで目覚ましい成果をあげることだ。


 つまりアークウィザードを開放できれば、花ケ崎の婚約は解消される。

 それは一定以上の好感度を得て、花ケ崎ルートに入った時にしか起こらないはずだった。

 俺は花ケ崎ルートに入ってしまったのだろうか。


 そうならないように、俺はちゃんとその気はないと伝えてきた。

 ソロでやるためには必須の条件だし、シナリオを邪魔しないためにも必要なことだった。

 急に自立心でも芽生えて、親の決めた嫁ぎ先が嫌になったとでもいうのだろうか。

 まあ、きっと俺が失敗したのだろう。


「私の機嫌を取るために、こんな高い店にまで連れてきておいて、私の手伝いをするのは嫌だというのかしら」


 黙り込んだ俺のことを、花ケ崎は脅すように睨んでくる。

 べつに魔女を10にするくらいはたやすい。


「いや、そうじゃない。魔女を10にするくらいはいつでもやってやる。それより俺とパーティーを組む話を考えてくれ。いったん俺と組んだら他の奴とは組めなくなる」


「セクハラをするような人と組むのは、慎重になる必要があるわね。どうして急に私とパーティーを組みたいなんて言いだしたのよ。その理由を言ってごらんなさい」


「世界平和のためだよ」


 俺の言葉に花ケ崎は固まった。

 ちょっと考えると言って、端末をいじり始める。

 花ケ崎のシンキングタイムはいつ終わるとも知れず、俺は夢と現実を往ったり来たりしながらパフェをつついて待っていた。

 俺も今日はだいぶ疲れているようだ。

 ボス攻略のような、精神的な疲労が一番こたえる。


「貴志がのんびりしているだなんて、なんだか希少性のある光景ね。いつだって目にもとまらぬ速さでいなくなってしまうのに。捕まえるだけでも一苦労なのよ。いいわ。一緒に組んであげる。みんなの了解も取ったわ」


「そうか、じゃあ明日は朝8時にダンジョン前だ」




 翌日は、カラッと晴れた青空が気持ちい休日の土曜だった。


「それじゃ出発しよう」


「何層に行くのかしら。私は6層でもいいわよ」


「35層だ」


 今日はモグラ落としという、新しいレベル上げの方法を試す予定だった。

 さっさと花ケ崎を戦えるようにしておかないと、20層以下で余裕を持って行動できない。


「あまりそういう冗談は感心しないわね。ではボスを倒す計画から練り始めることにしましょうか」


 冗談だと思ったのか、花ケ崎はそんなことを言っている。


「ボスはもう倒してある」


 パーティーを組んだら、一気に20層まで飛んだ。

 テレポートリングはパーティーさえ組んでいれば、一緒に飛ぶことができる。

 そしたら昨日と同じように29層まで歩き、そこからさらに6層ぶんだけ階段を下る。

 けむり玉で敵から逃げる時は、俺が花ケ崎の手を引いてやらなきゃならないから大変だ。

 しかも、敵の攻撃がかすっただけで今の花ケ崎など死んでしまうだろうから、庇ってやらなければならない。


「説明が必要よ。私はもう足が震えて立っていられないわ。どうして20層にテレポートできるリングを持っているの」


 すでに端末のGPS機能も使えなくなって、出てくるモンスターの大きさも低層とは桁違いなものになっている。

 俺も始めて見る敵なので、けむり玉を使って戦いを避けていた。


「ボスを倒したからに決まってるだろ。もう歩く必要はないから安心していい。ここからは忍者にしか行けないんだ」


 俺は花ケ崎を抱き上げて、昨日のうちに記憶に焼き付けておいたルートをだどり始めた。

 暴れるかと思われた花ケ崎からの抵抗はない。

 ここでは山脈が連なったような地形の中から、ある一つの山頂を目指すことになる。

 足を動かし続けていると、登れないはずの斜面をなぜか登れてしまうという現象を利用したレベル上げである。


 慣れない動作だが、登れなくとも歩き続けていると内部的になにかが溜まり、それで登れてしまうというような説明がされていた。

 ほどなくして目的の山頂に到着し、しばらくすると俺が投げまくっていたけむり玉の煙が晴れてきた。


 すると下から、モグラに似たモンスターが俺たちをめがけて登ってくる。

 こいつらがある一定の高さに達したところで、雷撃系魔法を放ち、感電させ痺れさせて落とすのだ。


「なるべく引き付けてから、雷撃魔法で狙ってくれ」


 花ケ崎は恐怖に顔を引きつらせ、いつもの無表情はどこかに行ってしまっていた。

 しばらくは使い物になりそうもないから、俺がモグラ落としを実行する。

 電流に痺れたところで、ぽろぽろと落ちていくが、たまに空中で体勢を立て直して壁にしがみつくような器用な個体がいた。

 30体ほど倒したところで、そろそろかなと確認する。


「魔女のレベルが上がるんじゃないか」


「あ、あがったわ」


 しばらくしたら花ケ崎も慣れてきて作業を始めてくれたので、山脈の半分をそれぞれが担当する形になった。


「説明が必要よ」


 さっきと同じ言葉を、花ケ崎はもう一度繰り返した。


「どこから話せばいい」


「なぜ29層にボスがいなかったのか、どうしてこの場所を知っているのか、かしらね」


「ボスは六文銭が倒した。この場所は予言の書に書かれていた」


 その後は花ケ崎の質問にあれこれ答えていたら、昼飯の時間になった。

 交代しながら昼ご飯を食べて、目的のレベル35になったところで、俺は忍者からクラスチェンジする。



高杉 貴志 Lv37 ルーンスレイヤー Lv1

HP 1729/529(+1200) MP 510/510

筋力 459(+180)

魔力 386

敏捷 449(+150)

耐久 421(+180)

精神 239(+180)


装備スキル 聖魔法Ⅴ 魔法剣術Ⅰ 二刀流 ツバメ返し



 やはり上位職になるとステータスのあがり方が違う。

 回復がポーション頼りなのを除けば、だいぶ完成に近づいた。

 ルーンスレイヤーは最上位職である。

 午後になってから花ケ崎はボルテガストームの魔法を使えるようになったので、魔法一発で山頂のあたり一帯を攻撃できるようになった。


 任せておけば俺はなにもすることがない。

 それならばアイテムでも拾いに行こうかと、重たい腰をあげた。


「アイテムを拾いに行くけど、レアアイテムを独占しないか心配ならお前も連れていくぞ」


「心配無用よ」


 じゃあ行くかと、スキルに忍術Ⅴをセットしたら一気に滑り降りて地面に降り立つ。

 下に降りると、けむり玉を使っていても敵と戦うハメになった。

 当然ながらモグラが襲い掛かってくるが、まだ今のレベルではそれなりに手ごわい。

 近くで見るとモグラには全然似ていない、大きな爪が付いただけのエイリアンだった。

 このモグラはレアアイテムを出してくれる人気No1の敵性MOBだ。


 いきなりレアアイテムである、天使の翼という豪華なマントが落ちていた。

 ただのアバターアイテムで、この世界においてはあまり価値がない。

 他にはリングやらなんやら、あまり価値のなさそうなアイテムが山ほど落ちている。

 全部持って帰るのは不可能に思われたが、拡張されたアイテムボックスにはすべて入れることができた。


 アイテムを拾っていると、上の方から花ケ崎の声が聞こえてくる。

 そういうキャラだったのかと思いながら俺は上に戻った。


「私は大魔導士よ!」


「そうらしいね」


 俺が声をかけると、花ケ崎はビクンッと上下に揺れた。

 恥ずかしいならやめておけばいいのだ。


「あなたが煙を使うから、上にあがって来なくなってしまったわ」


「そのうちあがってくるよ。俺はちょっとひと眠りするからな」


 昨日の夜は35層までの道のりを予習していたので、まだ眠気が残っている。

 ここに花ケ崎を連れてくるにあたって、変な攻撃を受けて死んだりしないか念入りに予習したのだ。

 起きていても花ヶ崎から質問攻めにされるだけだし、やることがないならいっそ寝てしまおうと考えた。


「今日は泊まっていくの」


「その予定はなかったけど、それもいいな。とにかく寝るよ」


「お好きにどうぞ」


 俺はアイテムボックスから毛布を出して包まった。

 他にもクッションになりそうなアイテムを出して、その上に寝転がる。

 まるで登山家がビバークしているような過酷さだが、体力のおかげか普通に寝られそうな感触である。

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