第34話 予言の力



「今日の午後はダンジョンダイブだそうよ。あなたは4人で組んでいたわよね。効率が悪いから。今日は私があなたと組んであげる。私と二人きりよ。さぞ嬉しいでしょう」


 今日の午後の授業はダンジョンダイブである。

 だからこそ六文銭の打ち上げを断ってまで帰ってきたのだ。

 今日の授業では、Aクラスの女子に死者が出る。


「悪いけどやらなきゃならないことがある」


「そんなことを言っても逃がさないわ」


 まだ復讐したりないらしく、花ケ崎はなにを言ったところでついてくる気でいるようだ。

 こっちは命を削りながらはいずり回っているというのに、こいつは雲の上に住んでいるようなものだから想像もつかないに違いない。

 さてどうしたものだろうか。

 もういっそ正直に言ってしまって、協力してもらうのも悪くない気がする。

 今回のは俺一人で解決できそうにない。


 ヒロインの一人と仲良くなりすぎるのは考え物だが、一条はBLルートににでも行くのかというくらい風間たちとしか絡んでいない。

 もしかして犬神についてごちゃごちゃ言ってきたのも、ソッチの趣味なのではないかと本気で疑い始めている。

 BLルートだけは普通のシナリオ進行ではないから、俺としてはぞっとしない。


 今回の件だって、本来は主人公が助けるのが筋であるような話なのだ。

 しかし、BLルートに進むなら助けることはできないと攻略本には書かれている。

 主人公によって助けられたら、そいつの姉が仲間になってしまうからだ。


 まさか本気で美少女には興味が無いというのだろうか。

 とはいえ、美少女ヒロインたちは仲間にするのにハードルが設定されていたりするから、誘いにくいということはあるかもしれない。

 だったら、一番高いハードルの設定された花ケ崎と親しくなるくらい問題ないような気もする。


「今日はさ、6層で死者が出るような気がするんだよな」


 俺は何となく世間話でもするような感じで話し始めた。


「そう、話を続けなさい」


 偉そうに顎でしゃくって、花ケ崎は話の先を促す。


「誰が死ぬかはわからないんだけど、そいつを助けたいんだ」


「つまらないいい訳ね。そんなに私と一緒にやるのが嫌ということかしら」


 まあ、こんな説明では信じられないのも無理はない。

 さて、どこまで言ってしまっていいものなのだろうか。


「俺には予知能力がある」


 俺は思い切ってそう言った。

 この世界には本当に予知能力を持った奴もいるくらいだから、けっして突拍子もない話というわけではないように思えた。

 未来に起こることがわかるのだから、予知能力のようなものだしな。


「その言葉に嘘があった場合、二度とあなたを信用することはなくなるけどいいのかしら」


 なんてめんどくさいことを言いだすのだろうか。

 すべて話すわけにはいかないというのに、一言一句の正確性など求められてたまるか。


「予知能力のようなものがあるんだ」


「予知能力と、予知能力のようなものはまったく違うわ」


 本題ではないところにばかりこだわりやがってと、俺はだんだんなげやりな気持ちになってきた。


「細かいやつだな。予知能力はないけど、未来に起こることが少しだけわかるんだよ」


 俺は歩きながら話そうと、ダンジョンの方を指差して歩きだした。

 一ヶ所で話していると、知らない奴に最初から最後まで話を聞かれてしまう恐れがある。


「未来のことがわかるなら、どうして宝くじを買わないのかしら」


「そういうダンジョンや学園に関係のないことはわからない」


「あの白い本と関係があるのかしら」


 カンのいい花ヶ崎は一瞬でそこまでたどり着いてしまった。


「そうだ」


「そう。では、あなたの話が本当だと仮定して、推理してみましょう。6層で事故が起こるというのなら、それはヒーラーがスケルトンに狙われる、と考えるのが普通じゃないかしら」


 6層に出てくる敵は、サラマンダーとスケルトンだ。

 魔法攻撃もあるし、どちらも素早くて攻撃力が高い敵だから、ヒーラーは必須だろう。

 サラマンダーの放つ炎の魔法が厄介で、下手なタイミングでヒールを使えば、スケルトンやサラマンダーのターゲットがヒーラーに向かってしまう。

 ヒーラーによる回復はヘイトが高い、つまりモンスターの攻撃を引き寄せる力が強いので、攻撃対象になりやすいのだ。


 サラマンダーの炎には耐えられるかもしれないが、スケルトンの攻撃はヒーラーにとって致命的だ。

 しかし前衛にとってサラマンダーの魔法だってかなり厄介なはずだ。

 いきなり複数体が目の前に湧いたりすれば、一瞬で瀕死になることだってあるだろう。


「ヒーラーとは限らないだろ」


「あきれたわね。統計的に、6層での事故はヒーラーの死亡事故が圧倒的だと習ったでしょう。だから学園でも6層に行く前には、ヒーラーの立ち回りと、ヒーラーの庇い方について授業をするんじゃない。あなたと組むことになるヒーラーは気の毒ね」


「俺はソロだよ」


「事故を起こすという事は、前衛も後衛も初心者だという事になるわ」


「そんなはずはない。事故を起こすのはAクラスだぞ。初心者なわけがないだろ」


「どうしてそういう情報を後出しにするのかしら。それは一番大切な情報なのではなくて。でも、それが本当なら事故ではなく、故意によるモンスターの押し付けも考えられるわね」


「故意でもないとしたら」


 まだそこまで本格的な小競り合いは起こらないはずだから、ちょっと考えられない。

 それが起るのは、もう少しシナリオが進んでからである。


「簡単よ。見通しの悪い場所で、近くにスケルトンがいることにも気づかないでヒールを使った場合以外に考えられないわ。でも、6層でそんな事故が起こったなんて話、聞いたことがないわよ」


 俺は攻略本を開いて、6層のマップを確認する。

 ほどなくして一ヶ所だけ、凹型にへこんだ場所を見つけた。


 ゲームでは、ダンジョンダイブの授業はプレイヤーが操作しないために、いきなりイベントから始まる。

 つまり今日の日付のダンジョンダイブで、一条が6層奥を選択した場合にのみ救出イベントが起こるのだ。


 選択しなかった場合は死亡事故が起きたとだけ知らされることになる。

 しかし一条たちはまだ6層の奥に入ることができないでいた。

 だから場所までは特定できなかったのである。

 見晴らしのいいマップだから、この地形以外の場所で事故は起こりようがない。


「おまえって頭いいな」


「も、もちろんよ。成績表では、すべて最高の評価しか貰ったことがないわ」


 急にたどたどしい感じになって花ケ崎は言った。

 褒められることには慣れているだろうに、まさか照れているのだろうか。


「いや、そういう学校の勉強とかじゃなくて、自分で考えるのが上手いってことだよ」


 花ケ崎は、そう、と言いながら赤くした顔を俺からそらした。

 これでうまくいくのなら、これからも花ヶ崎の助けを借りたいところだ。

 6層についたら、俺は一直線に問題のマップに行き、そこでしばらく待ってみることにした。

 一時間ほど待っていると、窪みの中にスケルトンが湧き始めた。


 俺が処理をする間もなく、急に二体のスケルトンが窪みの中に現れたのだ。

 引っかかっているのか、どちらのスケルトンも外に出てこようとしない。

 そこに三人組が通りかかって、ちょうど死角になった場所で戦闘を始めた。

 それと同時に、つまりが解消されたスケルトンが解き放たれる。


 幽鬼族の特性なのか、動き出したら早い。

 二体のスケルトンに花ケ崎が魔法を放ち、俺が距離を詰めて斬り払いによって二体同時に消滅させた。

 その向こうではまだ三人組が戦いを続けていた。


「驚いたわ。嘘ではなかったのね」


「なあ、俺とパーティーを組んでくれないか」


 こいつはなにかと使えるから、協力してもらうならレベルをあげておいた方がいいだろう。

 俺と同じとまでは言わなくとも、俺について来られるだけのレベルは欲しい。

 今日だって、すでに29層のボス討伐で死人を出しかけたばかりだ。

 こいつがいれば、それもなかったかもしれない。


「貴族と庶民がパーティーを組んでもうまくいかないそうよ」


「考えておいてくれ。ダンジョンダイブで組むようなお遊びの奴じゃなくて、本気の奴だ。普段から一緒にレベル上げするような」


 もちろん普段は一人で動きたいから、レベル上げは別々でやることになる。

 しかし、いったん俺と組んで強くなってしまったら、放課後に誰かと組んでダンジョンに行くようなことはさせられない。


「授業だってお遊びじゃないわ。それにもう私にはパーティーがあるの」


「はん、あの金髪カールはヤバくなったらお前を裏切るぜ」


「それは予言かしら」


「いや、俺のカンだ」


「適当なことを言うと怒るわよ。私のパーティーメンバーなんですからね」


「まあいい。7層に行こう。届け物があるんだ」


 俺は竜崎と武器を交換しておこうと7層に向かった。

 探すまでもなく、7層の手前側で苦戦しながらスケルトンと戦っているのを発見する。

 俺を見つけた竜崎は走り寄って来て、いきなり俺の手を引いて花ケ崎から距離を取った。


「こんなところで、いったい何をしているのよ。大手ギルドの人が、あなたを血眼になって探してるわよ。いったい何をしたら、あんな人たちに目を付けられるの。私だっていつまでのあなたの存在を隠し通せないわ」


「六文銭の奴らだろ。そっちは大丈夫だよ。敵対したわけじゃないから、無理に聞き出してはこないはずだ」


「そのわりには、何人もの人から連絡を受けたわ。いったい何をしたというの」


「それはいい。それよりも七星を貸してくれて助かった」


「あらそう。私があなたに貸しがあることを忘れないでね」


 面倒だなと思いつつも、俺は神妙に頷いておいた。

 ほんの少しのダメージが生死を分ける場面だったから、助かったのは事実である。

 竜崎と別れて花ケ崎のところに戻ると、なぜか不機嫌そうに口を開いた。


「ずいぶん、あの先輩と懇意にしているようね。そう言えば、クラス対抗戦でも知り合いだったようですものね」


「ヤキモチを焼くなよ。前にトレードした武器が急に必要になって借りてたんだ」


「やきもちなんて焼いてないわ!」


「それより喫茶店でも行って休もうぜ。今日の俺は疲れてるんだ」


「どうしてそんなに思い上がれるのかしら。いいでしょう。私がしっかりと教育してあげるわ。それがあなたのためですものね」


 最悪なことに、ダンジョンを出たところで根津と鉢合わせた。

 挨拶もせずに帰ってしまったから、向こうは言いたいこともあるだろう。

 今ごろは打ち上げでもやっているはずなのに、どうしてこんなところにいるのだろうか。

 さすがに花ケ崎を抱きしめるような真似をするわけにもいかないので、俺は機先を制した。


「ちょっと待った! あっちで二人きりで話そう! 花ケ崎、ちょっと話してくるから待っててくれ」


「いきなりそんな大声を出す必要はないのではなくて。あなたには常識が足りないのよ」


 ごちゃごちゃ言う花ケ崎を残して、俺は根津とともに生け垣の隙間に入る。


「まさか本当に授業を受けてるとはな。こんなイカレ野郎は話にすら聞いたことがねえ。ぶっとんでやがる。アンタには賞金を受け取る資格もあるし、爵位を受ける権利もあるってのに、どうして逃げるようにいなくなっちまったんだ」


「悪いが、どちらもいらない。正体をばらしたくはない」


 どちらも実名を書かなければ受け取ることができないようなものだ。

 もっと力をつけるまでは、とにかく攻略本のストーリーから外れるようなことはしたくない。

 どれだけゲームのストーリーに強制力と収束力があるのか知らないが、一度ストーリーを改ざんしてしまえば、二度と攻略本の通りにならないだろう。

 なので、どうしても受け取るわけにはいかなかった。


「いらないって、千万単位の金だぞ。それに身分もいらねえってのか。馬鹿げてるぜ」


「いらない。それだけ正体を明かしたくないんだ」


「まあ、恩人だからよ。誰にも言ってねえよ。だけど幸信様にまで隠し事をすんのはよ、俺にとっても辛いんだぜ」


「どうしても正体を明かせない理由があるんだ」


「本気なのかよ。わかった。外でもあんまり話しかけねえほうがいいか」


「そうしてくれると助かる」


「変わってるよ。29層攻略よりも大事が、この世にあるもんかねえ。俺には想像もつかねえや。まあいいさ。あんたに会うためにパーティーを抜け出してきたんだ。山ほどの美女を待たせてるから、俺はもう行くぜ」


 俺も行きたい、と言い出す前に根津は消えるようにいなくなってしまっていた。

 仮面を付けてパーティーに出るくらいなら問題ないかもしれなかったのに。

 なにもあんな全力の移動スピードでもってして消えることはないだろうに。


「あれって六文銭の人じゃないの。どういう知り合いなのよ」


「余計なことに興味を持つな」


 向こうは美女に囲まれて祝賀会だというのに、俺は花ケ崎に説教されながら喫茶店だ。

 せめて高そうな店に入って、花ケ崎に奢らせよう。

 竜崎が使っていた高そうな喫茶店に入り、ベルベッドのソファに腰かける。

 VIPルームではないから、まわりの声は騒がしい。


「いい店を知っているじゃないの。あなたの奢りという事でいいのかしら」


 億万長者になれるチャンスを逃し、さらには花ケ崎からもたかられている。

 まあ、30層より上に行けるなら、金には困らないからどうでもいいか。


「好きなもの頼めよ」


「冗談よ。あなたのような人に払わせるわけないじゃない」


 こいつはどうして俺のことをそこまで見くびっているのだろうか。

 いくら高いと言ってもコーヒー一杯で100円したりするわけじゃない。

 まあ、6層辺りで苦労しているクラスメイトなら、こんな場所には入れないだろう。

 だが、そんな連中と一緒にされては困る。


「俺をなんだと思ってるんだ。ここの支払いくらいできる」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る