第33話 29層キーパーの撃破
相当な予行演習をしたのか、そろいの白鉢巻をなびかせ一糸乱れぬ動きで陣形を作る。
動画では火力に戦力を当て過ぎて、後衛職を詰め込み過ぎていたが、今回は動ける余地を残すために、かなり人数を削っている。
前衛のタンクを任された重武装の鎧武者は2人、前衛のアタッカーは1人、後衛は回復が3人、そして回復職を守る鎧武者3人、そして大将の指揮官が1人。
タンクが二人いるのは、一人が倒された時に変わりが必要になるからだ。
後衛は壁に張り付くようにして、前衛は盾でもって後衛からボスを引き離す作戦らしい。
コウモリが集まって来て、それがボスを形作った。
タンクの二人が気合を込めて体当たりするようにボスに向かった。
ただの力比べでもって、幽鬼の馬に跨ったヴァンパイアを押してしまう。
ヴァンパイアによる薙ぎ払いの攻撃を受けるが、そんなのはお構いなしだ。
まずはヘイトを安定させるまでの作戦を実行する。
回復職を守る根津たちが蓋の開いたポーションをタンクに向かって投げ始めた。
それで回復しようがしまいがお構いなしに、できるだけヴァンパイアにかからないように足のあたり目掛けて投げつけまくっている。
俺は打ち合わせ通りに、後衛職の前にゴーレムを召喚した。
ヘイトは安定し、明らかに出血の多いタンクに最初の回復魔法が入った。
真田もフレイムランスの魔法をヴァンパイア目掛けて放ち始める。
そしてヒーラーから放たれ始めたターンアンデッドが、ヴァンパイアにダメージを与えた。
「その魔法はまだ早い。温存しろ!」
と真田が叫んだ。
たしかに眷属召喚までにMPを使うような事態は避けるべきだ。
しかし、後衛職こそ前衛職がやられそうなときには冷静さを保てない。
前衛職の限界がどこにあるかわからないし、かなりの攻撃を受けていて、鎧などはすでに半分ほども吹き飛ばされてしまっているから、それを見て大丈夫だと判断するのは経験があっても難しい。
俺から見れば装備などない裸の状態でも、このくらいでタンクがやられるなんて思わないが、後衛職にその判断はできないのだ。
「ガハハハッ、姐さん方は心配性が過ぎるぜ」
それに気づいているのか、血まみれになってヴァンパイアの剣戟に耐えている大男は、振り返って笑う事で余裕を見せた。
ヘイトを向けられにくいように存在感を薄くしているローグ職に今はダメージを任せるべきだろう。
じっと耐えていたら、ダメージによりヴァンパイアの様子が変わり始めた。
もうすぐ眷属の召喚が始まる。
後衛職を守る役目の三人は、その表情から、いつでも自分の命を投げ出す覚悟でいるのがわかる。
その覚悟には敬意を表したい。
だが俺が失敗するまでは動いてくれるなよと、祈らずにはいられなかった。
捨て身で攻撃を引き付けたとしても、そんなので稼げる猶予は1秒に満たないのだ。
どんな状況でも冷静になれるだけの訓練は詰んでいるものだと信じるしかない。
地面に大きな魔方陣が現れ、眷属の召喚が始まった。
俺は地面を蹴ってスケルトンロードに迫り、一番手前にいた奴に二刀流ツバメ返しを叩き込む。
そいつが消えると同時に、複数体に当たるよう薙ぎ払いを放った。
この攻撃に反応して、ゴーレムがスケルトンロードの群れを攻撃対象に定める。
俺は囲まれる前に回れ右して、ゴーレムの方にスケルトンの群れを誘導した。
ゴーレムの地響きを伴うパンチが繰り出され、ゴリゴリとすりつぶすような動きで相手の体力を削ると、スケルトンロードたちは狙いをゴーレムに移した。
俺はスケルトンロードの中から、青色の輝きを持つメイスを持った個体を処理する。
こいつだけは水属性の攻撃を持っているから、ゴーレムの脅威になる。
俺の攻撃を入れてもターゲットが移らないという事は、ヘイトが安定した証だ。
「もう大丈夫だ!」
俺がそう叫んだら回復職が前衛にヒールを入れ、ポーションを投げる手が止まった。
「海野、行けるか!」
「応よ!」
「今だ。ありったけの火力を叩き込め。護衛班もだ!」
それを合図にして、根津たちもヴァンパイアに躍りかかっていった。
ターンアンデットも煌びやかに降り注ぐ。
眷属召喚までの時間から考えても、それでもまだ火力が足りていない。
時間を掛け過ぎれば、スケルトンロードのターゲットが暴れ出す。
しかし、万が一のことを考えて、俺は自分の場所から動くことができない。
案の定、しばらくするとスケルトンロードの一匹のターゲットが剥がれた。
とんでもないスピードで後衛職に斬りかかっていこうとするので、俺は手近にいた一体を攻撃して自分にターゲットを移す。
そしてゴーレムの上に飛び上がって、そこでリンクして飛び掛かってくるスケルトンロードを相手する。
ゴーレムにターゲットを取らせるために、ただひたすら攻撃をかわし続ける。
そしたら俺を攻撃出来ないでいた一体が、群れから飛び出すように、さっき会話をした女性に向かって飛び掛かっていった。
それはターゲットが暴れるという現象だった。
その女性は身じろぎもせずに、スケルトンロードの攻撃を受ける。
血が飛び散っても、うめき声の一つさえ洩らさない。
しかし後衛職だけあって、その傷口の開き方はヤバい。
数発食らえば気絶状態に入ってしまう。
そうなれば戦闘中に起こすことは絶望的になる。
「姉上!」
だが、まだ間に合う、と思っていたら真田が動いてしまった。
真田の放ったフレイムランスの魔法が、女性を攻撃していたスケルトンロードを貫いた。
なんて聡明だった真田らしくないミスをしたものだろうか。
やはりダンジョンから離れていた期間が長かったから、基本的なところで立ち回りのカンのようなものが失われてしまっているのだ。
今のは俺が回復魔法を使えたから、ヘイトが安定するまでは持たせることができた。
「いけません! なんという事を。誰か幸信を守って!」
自分が攻撃されても、まわりの集中力を切らさないためにうめき声の一つさえ洩らさなかった女性が取り乱した声で叫んだ。
ゴーレムを取り囲んでいたスケルトンロードは、後衛職の真田に向かって一斉に飛び掛かるところだ。
俺も後ろからスケルトンロードたちに斬りかかるが間に合いそうにない。
「オラああああ! 来やがれ!」
その時、真田を庇うようにして根津が飛び込んできて間に入った。
根津はためらう様子も見せずに、ヘイトを肩代わりするスキルを使って自分を盾にする。
しかし秒で取り囲まれて、根津はすぐに気絶状態へと入り、遅れて入ってきた残りの護衛班2人もすぐさま倒されてしまった。
それだけはやってほしくなかったというのになんてことだ。
それでもまだスケルトンロードたちは真田に向かう。
真田が気絶状態に入るのと、俺がスケルトンロードを全て切り伏せたのは同時だった。
そこでヴァンパイアが咆哮をあげる。
あと少しだというのに、今の状態で眷属召喚を使われるのだけはヤバい。
指示を出せる奴もいないのに、ポーションもヒールもなしで、スケルトンロードたちのヘイトを安定させるまで前衛が持つわけがない。
「開けてくれ!」
俺は絶望的な気持ちを抑えてヴァンパイアに向かった。
俺は前衛のタンクの間に割って入って二刀流ツバメ返しを発動する。
魔法陣が足元に広がり、それは眷属召喚の合図だ。
俺は自分にエクスヒールを使って、眷属たちのヘイトを貰う。
そしてヴァンパイアの周りを回りながら、二刀流ツバメ返しを叩き込んだ。
眷属たちのヘイトは俺に向かっていたので、逃げながらもヴァンパイアとスケルトンロードの攻撃を受けていた俺に、後衛からヒールが入れられる。
それでも俺からターゲットが離れることはなかった。
ありがたい。
普通は前衛のヒールでターゲットが取れるとは考えないものだ。
俺は、なんとかそのままヴァンパイアを削り切ることに成功した。
さすがに七星を左手に持った状態での二刀流ツバメ返しは、その威力が絶大過ぎたようだった。
ヴァンパイアが消えたところでスケルトンの群れも消え、俺はふらふらと地面に倒れ込んだ。
真田も根津も無事なようで、まわりに助け起こされている。
敵が消え去ってしまったら、なんだか夢でも見ていたような気分に襲われた。
そこで俺のところに真田の姉の方がやってきた。
「せっかく勝たれたというのに、そのような姿ではもったいないですよ。この後はどうなされますか。晩さん会の予定もございますが」
この人はいつもと変わらないような落ち着いた調子で、どんだけ肝が座っているのだと感心する。
この人が取り乱したのは真田の命が危なかったあの一瞬だけだ。
俺は立たせてもらいながら言った。
「いや、午後の授業には出たいから、もう帰るよ」
「まあ、授業。実に面白い方ですね」
「ああ、じゃあな」
「報酬はどうされますか」
「いらない。俺は正体が明かせない。そういえば、あのテレビは生中継かな」
「いいえ、VTRだそうですよ。なにやら色々あるらしくて、放送は三日後だそうです」
作戦部分をカットしたり、色々と編集しなきゃならないことがあるようである。
それならこちらにとっては好都合だ。
そこで治療を受けていた奴らが元気になって騒ぎ始めた。
「そういや、あいつはどこいった。お、いたいた。いや、凄いじゃねーか!」
すぐに大男が俺を指差しながら叫び始めた。
騒がしいのがやって来そうだったので、俺はすぐさま1層にテレポートして地上に戻った。
あのままいれば、いろいろ引き止められて、午後の授業までサボることになってしまう。
俺にはまだやらなければならないことがあるのだ。
学園ではちょうど昼食の時間だった。
正午に作戦を開始したというのに、まだ20分も経っていなかった。
何時間も戦っていたような気さえする。
食堂の手前で、食堂から出てきた神宮寺とすれ違った。
「私、カイワレ大根のこと嫌いじゃないんだよね。タダならいくらでも食べられるよ」
すれ違いざまに神宮寺がそんなことを言った。
俺はへえ、と返して、馬鹿な奴が馬鹿なことを言っているだけだと聞き流した。
あんなに腹を膨らませて、まだ食べ物の話ができることに驚きを隠せない。
ガラガラの食堂に入って、アジフライ定食と天ぷらそばを注文し、食器の返却口に近い席にでも座るかと考えていたら、紫色の何かが視界を横切った。
急に現れた花ケ崎は、俺の両手がふさがっているのをいいことに、持っていた器に俺の食べ物を移してしまう。
俺が席に座ると、その正面に花ケ崎も腰かけた。
「返してくれよ」
「手遅れね。もう口をつけてしまったもの」
なぜか花ヶ崎の顔は得意げだった。
あれだけ怒っていたのに、まさか自分の方から俺の所にやってくるとは思わなかった。
なんど突き放しても俺のところに返ってくる、まるでヨーヨーのような女だ。
最初に会った時からずっとそんなことを繰り返してきたような気がする。
「これが復讐なのか」
「そうよ」
よくこんなひどいことができるものだ。
「キャベツ定食とかけそばになっているじゃないか」
「あなたにふさわしい食事ね。それとね。あなたは部屋でカイワレ大根を育てるのが趣味だと噂を流しておいたの。きっと女の子は薄気味わるがって、あなたに近寄りもしなくなるでしょうね。いい気味だわ」
そうはならないことを、すでに神宮寺が証明している。
それにしても花ケ崎の言う復讐が、こんな陰湿なものだとは思わなかった。
こんなのは復讐というよりいじめじゃないか。
「俺が悪かった。心を入れ替えるから許してくれ」
なんのプライドもなく謝った俺に、花ケ崎は冷たい視線を向けた。
「玲華様の犬になります、わんわん。がたりてないわ」
「犬になります、わんわん」
「プライドがないわね」
「プライドなんか関係あるか。お前の性格の悪さに折れただけだよ。俺の誇りはなにも傷ついてないね」
「そう、なら許さないわ」
花ケ崎は俺を見ながらにっこりと笑った。
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