第32話 六文銭



 とりあえず色々と準備しておかなければならない。

 朝になったら、まずは竜崎紫苑に連絡を取って、半日だけ七星を借り受ける約束を取り付けなければならなかった。

 俺に呼び出された竜崎はかなり嫌そうな顔をして、虎徹を担保に差し出すと言っても素直に首を立てにはふらない。

 使っているうちに、レベル上げだけなら七星に勝る武器はないと気が付いたのだろう。


「これは貴方に対する貸しだと考えてもいいのかしら」


 寝間着姿で女子寮のロビーに立つ竜崎は、寝起きだろうにきっちり交渉してくる。


「大げさすぎる。ちょっと半日借りるだけだぞ」


「それだけの価値があることは、貴方が一番よくわかっているでしょう。白々しいわね」


 そう言われても、俺は七星なんて一度も使ったことがない。

 しかし、こんなところで時間を使うわけにはいかない。


「じゃあそれでもいい」


 その後は街に行って、ネックレスを売り払った。

 忍者にクラスチェンジした俺には、もう敏捷などまったく必要のないものだ。

 そして物理ダメージ軽減30%という、とてつもなく高い首飾りを購入した。

 魔法軽減はおもに命を守るためだが、こっちの物理軽減はレベル上げで使うのに適したネックレスだ。

 これも貴族の大好物であるから、とんでもない値段になっている。




 学校をさぼり、昨日買ったばかりの仮面とマントを身につけて、ダンジョン前で待機し、根津がやってくるのを待った。

 これからボスに挑むというのに、寝ぼけ眼の根津がやってきたのは11時過ぎである。

 なんとも緊張感がない。

 すぐに接触して、俺の正体を秘密にしてくれるように言い含める。


「すごい格好だな。安心しろって、俺はあんたの名前すら知らないんだ。竜崎の姉の方に、やたら強い一年に知り合いがいたら話を通してくれないかと頼んだだけだ。連絡先を知ったのは偶然だよ。まあ、助っ人が来るかもしれないことは話したがな」


 そんなことを話していたら、うしろから朗らかな声がかけられた。

 そのにいたのは和服を着た長身の男だった。


「ほう、そいつが根津の言っていた、やたら強いとかいう学園の生徒か。わざわざ来てくれるとは心強い。だがボス部屋に入るメンバーはもう決まっている。欠員が出るまでは入らないで欲しい」


 欠員というのは死亡、もしくは気絶状態の事だろう。

 気絶状態になれば、ボスを倒さない限りは生きて帰ることはできない。


「わかった。一人でもダウンしたら入ってもいいんだな」


「ああ、よろしく頼むよ。それと、思いついた攻略法でもあれば私に向かって叫んでくれ。その時は検討してみよう」


 そう言って、男はダンジョンに入っていった。

 攻略しながらボスの攻略法を探る。

 言われてみれば、この世界ではそれしか方法がないことに気付く。

 そんなことをやろうとするのは、もはや狂気の世界だな。

 どんな胆力をしていたらそんなことをしてみようと思えるのだろうか。


「今のが幸信様だ。今日は討伐メンバーの一人でもあり、全体の指揮をとられる」


 根津が誇らしげなようすで言った。

 まさか、こんな危険な作戦にギルドマスターまで参加するのか。

 あの年齢ではとっくに探索者を引退しているだろうから、ダンジョンに入るのだって久しぶりなのではないだろうか。

 大手ギルドのマスターだし、引退しているという事は少なくともレベル30は越えていると見ていい。


「20層には飛べるよな」


「ああ、問題ない」


 ダンジョンに入ったところで、テレポートリングを使って20層に飛ぶ。

 そこからは歩きで、29層を目指した。

 準備は抜かりないようで、三人くらいの忍者とくのいちが先頭に出て、敵を誘導して道を空けてくれている。

 余所に引いて行って、けむり玉でも使ってまいてくるのだろう。


「そうだ。こいつをやろう」


 そう言って根津が取り出したのは、小刀だろうか。

 これからの攻略に役立つようなものではない。

 俺が首をかしげていると、隣を歩いていた和風の女性が言った。


「今日の戦で御立ちになっても困らないようにですよ」


 ようするに死出の旅に出ても困らないように、六文銭を持っていろという事らしい。

 彼らは本気で命をかけているんだなというのをしみじみと感じた。

 ゲームのボスを倒すことに、武士としてどんな栄誉があるというのか。


「そいつがありゃ、いつくたばっても三途の川は渡れる」


「縁起でもない」


「不惜身命の境地でことをなすのです」


 間違っても俺はこんなところで死ぬ気はないし、誰も死なせる気はない。

 なにせ、これはゲームのダンジョンなのだ。

 そんなところで命をかけるなんて俺には認めることができない。


「今回の作戦はどうなってるんだ」


「少人数で行くらしい。俺はスケルトンロードの対応班だ」


 今根津が手にしている槍は、アンデッドに特化した武器だろうか。

 それならゴーレムで武器集めをしていたのも理解できる。

 しかし、あの10体すべてがリンクしたスケルトンロードの群れを相手するのは一番負担が大きいところだ。

 というか、あの群れに対応できる奴がいるとは思えない。


「ヘイト管理はどうするんだ。前衛がヒールでも使わないと、スケルトンは後衛に向かうぞ」


 回復魔法が最も敵のヘイトを買いやすい行為となる。

 だからヘイトの安定していない敵の前で後衛職がヒールを使うことは自殺行為に等しい。

 召喚されたスケルトンロードは、最初こそヘイトがリンクしているが、全部のヘイトをしっかり取りきらない限り、後衛職は回復魔法が使えないのだ。

 しかし、前衛が使うようなヒールでは、低層ならともかくボス戦には通用しない。


「それはアイテムで対応するってよ。アイテムならモンスターのヘイトは受けないらしい」


「スケルトンロードは召喚で引き付けたほうがいいんじゃないのか」


「幸信様は確信が持てないと言っていたな。引き付けたまま倒さずにいたら、20、30と召喚されるかもしれないだろ。そうなると召喚獣なんかじゃ動きがとれなくなって対応がきかなくなる。あのスケルトンをフリーにしたら、間違いなく全滅しちまう」


 攻略本によって、逆に倒してしまうと次の召喚が起こりやすくなると知っている俺にとっては間違った対応だとわかってしまう。

 なんとしてでもそれだけはやめさせないと、全滅を引き起こしかねない。

 攻略本のミニコラムに書かれていた情報を頭から引っ張り出して、それをこねくり回し、なんとかそれっぽい理由を考える。


「俺はビデオで見たんだが、あの召喚されたスケルトンロードはすべてが違う武器を持っていた。だから倒し切らない限り、次の召喚はないと思う」


 俺の言葉に、会話に入っていなかったその場の全員がこちらに顔を向けた。


「間違いないのか」


「ああ、だからあの場所で呼び出される召喚はユニーク個体のはずだ。そうでなければ幽鬼族の召喚でも呼び出せることになってしまう。だが幽鬼の召喚で呼び出せるスケルトンロードは槍だけだ」


 この世界において召喚だけはかなり研究が進んでいる。

 自分の命を盾にしなくても、敵を倒すことができる唯一の手段だからだ。

 もっともそれは勘違いで、召喚した魔物がやられてしまえば次に狙われるのは召喚した本人だから、命のリスク自体は変わらない。


「そして、あのユニーク個体を俺たちが呼び出せてしまうとすれば、先に召喚しておくだけでヴァンパイアには呼び出せなくなってしまう。そうなってないのだから、そんな特殊な召喚対象は数に限りがあるはずだ」


 なんとかそれっぽい理由をひねり出せた。

 こんな役回りは誰か他の奴にやらせたい。

 今回のボスで問題になるのは、スケルトンロードに気を取られ過ぎると、何度も召喚されて自滅してしまうというところにある。

 あれを隔離する方法があれば、ヴァンパイア自体の強さは問題にならない。


 それにヴァンパイア自体を、そう何度も回復魔法なしに受け持つのは、レベルが低いであろうこのパーティーの前衛には荷が重すぎる。

 再召喚のたびにヒールを封じられてしまうと、焦ってヘイトが安定する前にヒールを使ってしまう可能性も高くなる。


「それが本当だとすれば、数を減らすよりは引き付けた方がいいな」


「ああ、ヘイトを取るならゴーレムの召喚が一番のはずだ」


 問題なのは、長い間ヘイトをとって倒さないでいると、モンスターが暴走する可能性があるところだ。

 ヘイトが剥がれてよそに向かえば、その一体を攻撃しただけで残り9体がリンクしてしまうし、ヒールを使っても同じことが起こる。


「面白い仮説だな。それでゴーレムの召喚は使えるのか」


 そう言ったのは、真田幸信だった。


「使える。俺がスケルトンに対応しよう」


 自信はないが、たとえ暴走したとしても、10体のヘイトをすべて受け持てるのは忍者である俺の可能性が一番高い。

 しかし、こんな怪しげな仮面を付けた男の言うことなど信じられなくとも無理はない。

 そう思っていたが、真田は意外な反応を見せた。


「いいだろう。やってみろ。スケルトン対応班は後衛の護衛に回れ」


「なッ、やらせるんですか。それは……」


 その場にいた大男が抗議の声をあげる。

 しかし真田は落ち着いた声で言った。


「アイデアとしては理にかなっている。それに、根津の話を聞く限り、この男はダンジョンの階層を移動するのが、ここにいる誰よりも早い。ということは、この世界の摂理を一番深く理解しているという事だ。そんな男の意見なら参考にするだけの価値がある」


 まさかこんな直前に、顔を隠した男のアイデアを取り入れてもらえるとは思わなかった。

 今回は真田のおかげでなんとかなったが、こんなその場しのぎの嘘で騙す方法が毎度毎度成功するはずがない。

 となれば、誰かの攻略を助けられるのもこれが最後になるかもしれなかった。

 俺がもっと頭の切れる奴なら、方法はあるのだろうが。


 俺たちは29層の前でテレビのクルーらしき一行と合流する。

 真田も挨拶している。

 どうやら撮影隊はボス部屋の外に待機させるようであった。

 俺はマスクを確認して、ちゃんと顔が隠れていることを確かめる。

 クルーの一行とは短いやり取りのみで、まずは真田を先頭にして29層に入った。


 29層に入ると、前回に失敗した当時から誰も足を踏み入れてないのか、装備やアイテムなどが床に散らばったままだった。

 このままいけば、真田の家紋が入った鎧などもボスの足元には落ちているだろう。

 それを見ても、彼らは冷静でいられるのだろうか。

 そんなことを考えていた俺の前で、真田は声を張り上げた。


「私は長いこと、この時を待っていた。これは弔いの戦だ。真田の雪辱を晴らす!」


 狭いホール状の洞窟内に鬨の声が響いた。

 まわりの熱気からは遠い感情ながらも、俺は久しぶりのボス攻略にわくわくしてきた。

 普段のレベリングなんて作業でしかないが、ボスの攻略だけは違う。

 桁違いの衝撃に、一瞬で数字が吹き飛ぶHP、いつまでも倒せない耐久、その迫力はとてつもないものだ。


「さあ、世紀の攻略が始まる模様です!」


 テレビクルーのマイクを持った男も、興奮を洩らす。


「皆の者、覚悟せよ。いざ、参る!」


 その言葉を合図にして、10人ばかりの集団がボス部屋の中になだれ込んだ。


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