第31話 デート
クラス対抗の魔石堀は終わって、7層の魔石のおかげで1位につけ、闘技大会は一条たちがなんとかCクラスに勝ったらしく、総合は2位だった。
Aクラスの隠し持っていた魔石は7層のものだったらしく、途中で退場してしまってはさすがに提出できなかったようだ。
どの階層にどれだけいたかは端末から確認できるからな。
狭間とロン毛は4層で様々な妨害を受けたらしく、一条たちとともにボロボロだった。
「こいつはいい。我々のクラスが2位とはな」
「ああ、Bクラスの奴らにも一発魔法を食らわしてやった。ざまーみろだ」
ぼろ雑巾のようにされたくせに、狭間とロン毛がそんなことを言い合っている。
男子が盾となり、女子がモンスターを倒して魔石を回収するという作戦だったようだ。
「あそこまでのドンパチになるとは思わなかったな」
煤けたモヒカンも満足そうに言った。
「ああ、4層は戦場だった。その裏で7層に行った三人の働きが大きかったのが僥倖だ。作戦勝ちだよ。話によれば竜崎までいたそうじゃないか。揉めずに無事終わらせてくれただけでも心よりの感謝を示したい」
なぜか狭間は、なにもしていないに等しい神宮寺に対して、崇め奉るような態度で謝意を表している。
神宮寺の方はなんとも言えない顔になっていた。
「ど、どうかな。揉めてないと言えば揉めてないけどね」
揉めまくっていたけど、圧倒的な実力で相手に引かせたというのが正しい。
まあ、そんなことを言っても始まらないので、言わないのが吉だ。
「おまけにAクラスよりも魔石を集めて来てくれたしな」
やたら上機嫌な狭間が言っている。
その上から目線の物言いが少し気に入らない。
「俺たち以外が、もう少しマシなら一位も狙えた」
クラスメイトには関わらないと決めていたのに、つい俺は口を挟んでしまった。
狭間が担当だったボスの魔石回収なんて、たったの3個だ。
そこがもう少し頑張ってくれたら、普通にAクラスにだって勝てていただろう。
作戦勝ちのように言っているが、素直にスーパースライムでも狙ってればよかったのだ。
事前に準備されていた魔石を使われなかったのは、こんなことは二度とないと言えるくらいの奇跡的なチャンスだった。
「そうは言うがな、クラスの主力である二人をお前に付けてやったんだ。そうじゃなかったら、俺たちだってもう少しはなんとかなったさ。だが、さすがのAクラスも花ヶ崎には手が出せなかったらしい。竜崎までいたという7層で無事だったのは奇跡だ」
Aクラスは花ケ崎のことなど、毛ほども気にかけていなかった。
あいつらは新興貴族も多いし、名門を食ってやろうという意気込みでいるのだから、花ケ崎にだって遠慮なんかしたりしない。
気があるのかなんなのか知らないが、狭間はやたらと花ケ崎への評価が高い。
花ケ崎と絡むようになってから俺にもやたらと絡んでくるしな。
まあどうでもいいやと、俺は浮かれるクラスメイトたちから距離を取った。
二刀流ツバメ返しを得てから、レベル上げはすこぶる順調だ。
20層のリーパーも自己バフなしで簡単に倒せてしまった。
もちろんスキルを入れるまでは大変だからダメージは受けるが、そんなものは回復すればどうということはない。
敵から出たドロップのポーションでチマチマ回復しながらやっている。
MPを回復できるネックレスと指輪が欲しくなるが、これは貴族どもの大好物なので、市場で買うのは不可能に近い金額だった。
階層もどんどんあがって、クラス対抗の体育祭からの二週間で26層まで到達している。
今日は効率を上げるために、19層のキーパーボスに挑む予定だ。
9層のボスに挑んだときよりも緊張感はなくて、二足歩行の真っ黒な山羊の姿を前にしても、別段の恐怖は感じなかった。
ハイポーションで攻撃に耐えながら、ディスペルの魔法を唱え続ける。
魔法が成功したエフェクトが出たところで、ひたすら二刀流ツバメ返しを叩き込んでいたら山羊頭のバフォメットはあっさり倒れた。
攻略本があると、こんな初見殺しを詰め込んだようなボスさえ簡単に倒すことができる。
こいつは自己バフを解除すれば、どんな攻撃でも回避する持ち前のスピードが無くなって、たやすく倒せるようになるのだ。
16層で手に入るディスペルの魔法スクロールを使ってもいい。
そうしなければ縦横無尽に動き回って、天井からでも魔法を放ってくる。
こいつの足から逃げるのは相当に難しいので、殺意高めのキーパーボスである。
麻痺もあって火力も高いから、背後を取られたらまず逃げることはかなわない。
狙い通り20層テレポートリングが出てくれたので地上に戻る。
いい時間になったので、売店に寄ってから部屋に帰って寝た。
朝になると、端末に花ケ崎からのメッセージが入っていた。
花ケ崎玲華
今日は甘味をご馳走してあげるから、授業のあとで時計台に来なさい。
最近は花ケ崎からこのような誘いが入って、なにかあるのかと思って行っても特に何もないという事が続いている。
話を済ませたらダンジョンに行こうと、授業が終わったら更衣室で着替えて待ち合わせの場所に向かった。
今日も何もないんだろうなと思いながら時計台に行くと、花ケ崎が待っていた。
「では行きましょう」
「今日はなんの用事なんだ。お恵みくださるだけなら、俺はレベル上げがしたい」
レベル上げがしたいと言っただけで、花ケ崎の表情は曇った。
いや、曇ったように見える。
本当のところはわからない。
「ちょっと相談があるのよ。そんなことも断るというの」
毎回そんなことを言って、放課後の貴重な時間を無駄にしてしまっている。
こいつはもうレベルをあげる気もないから、放課後にあくせくダンジョンに入ったりしない。
「こないだも、そんなこと言って大した用事じゃ無かっただろ」
「そんなことありません。あなたの頭では、ことの重要さが理解できないだけよ」
花ケ崎は偉そうにそんなことを言っている。
忍者になったことで行けるようになったCG回収ポイントは増えたから、女子寮の周りにもいくつかあるのだ。
あんまり扱いが酷いなら、それをこいつに使ってやろうか、なんて考えながら俺は花ケ崎の小さい背中を追いかけた。
「その前に、新しい服を買ったほうがいいわね。ちょっと臭うわよ」
「そうか?」
この服は昨日クリーニングに出したばかりである。
革ジャンは水洗いできないだろうから、クリーニング業者がどういうふうに洗っているのか知らないが、プロの仕事なんだから匂いなんて残らないはずだ。
この学園の生徒はみんな稼いでいるからなのか、自分で洗うような奴はいない。
「脱いでみなさいよ。──ほら、もうボロボロじゃない。命を守るものなんだから、ちゃんとしたものを選ばなきゃ駄目なの」
母親のようなことを言っているが、これだって何度か買いなおしているのだ。
それにゲームのシステムに守られているのか、失明したなんて話は聞かないし、脳震盪になったこともない。
意外とシステム的に死ぬ場所と死なない場所がはっきりしているのではないかと思う。
花ケ崎に言われるがまま、高そうな店で強化プラスチックの補強が入った革ジャンを買った。
途中、甘味屋で休みながら買い物を続けていたら、いつの間にか晩飯時になっている。
買ったものはその場で身につけているが、いい店を選んだのか、膝やら肩やらに補強が入っている割に着心地は悪くない。
使われているアラミド繊維とかいうやつもいいものなのか、ちょっと張りはあるが肌触りが心地いい。
「少しは見られるようになったわね。それでは晩御飯をご馳走してあげましょう」
「お前と買い物してたら数日で破産するな」
「大げさよ。そのくらいのものは必要だわ」
花ケ崎のあとについていくと、フランス語の書かれた看板が現れる。
本格的なコース料理が出て来そうな店構えに気後れするが、俺は黙って花ヶ崎のあとに続いて入店した。
出されたメニューには、よくわからない文字列が並べられている。
フランス料理なんて親戚の結婚式で一回食べたことがあるだけだ。
料理に付けられたとは思えないほど長ったらしい名前を前に、読み上げる気にもならずに、適当なコースメニューを指差しで注文した。
花ケ崎もそうしているので、やはりこいつも読み上げる気にならなかったようだ。
「それで話ってのはなんだ」
「今日はもう遅いから、それはまた今度にしましょう」
こいつと居るといつの間にか時間が過ぎているような気がする。
ふわふわしたところがあるから、一緒にいて居心地がいいのかもしれない。
「ずいぶん気楽だな。レベルは上げないのか」
「もう例のクラスは解放されそうなのよ。だから焦ってないわ」
「そんなものは通過点だろ」
「貴志にとってはそうなのでしょうね。でも私には、それ以外の目標がないのよ」
花ケ崎は、出された料理の半分くらいを手も付けないで俺に渡してくるから、この後でダンジョン探索をやる気も起きないほど腹が満たされてしまった。
こんな重たい体で20層より上には行きたくない。
食べ終わって外に出ると、少し肌寒いくらいの気温だった。
こんな時間に帰っても、俺にはすることが何もない。
「これからダンジョンにでも行くか。レベル上げを手伝ってもいいぞ」
動けないほどではないので、低層で軽くやるくらいならなんともない。
「あらそう。でも遠慮しておくわ。他人に頼るのは、あまりよくない事だもの」
わざわざ気をきかせてやったのに、花ケ崎はつれない態度だ。
「そんなの迷信だろ。レベルさえ上がれば何でもいいんだよ」
「そんなことないわ。力を得ても、使いこなせなかったら意味が無いでしょう」
そんなやり取りをしながら歩いていたら、人気のないところで誰かがこちらを見ているのに気が付いた。
あれはたしか六文銭の根津じゃないだろうか。
なにやら思いつめた様子で、こちらに向かって歩いてくる。
そういえば大切な話があるとかいう言伝を竜崎経由で受け取ったが、面倒事の予感がして返事はしていなかった。
なにか言いそうな雰囲気はあるが、その内容は花ケ崎に聞かせても大丈夫なものなのだろうか。
いや、いいわけがない。
俺から5メートルくらい離れたところで、根津は急に立ち止まった。
自分の思考に深く沈んでいて、俺の声など届きそうにない。
「29層に──」
「好きだあ!」
俺は花ケ崎に抱きつくふりをして両耳を塞いだ。
「盛り上がってるところで悪いけどよ。29層に挑戦することになった。明日の昼12時だ。そっちにも都合があるのはわかっているが、出来ればお前にも来て欲しい。用事はそれだけだ。邪魔して悪かったな」
やはりそんな話か。
根津はそれだけ言って立ち去ってしまった。
29層に挑戦するだろう時期であることはわかっていた。
しかし手伝えるほどのレベルが俺にはない。
レベルは足りてないが、やはり何もしないというわけにはいかないだろう。
六文銭だって、俺とほとんど変わらないようなレベルなのに29層に挑もうとしているのだ。
やはり花ケ崎には聞かせなくてよかったと、俺は震えている花ケ崎を放した。
小さいのに温かくて、伝わってくる鼓動が心地いいから離すのが惜しく感じられた。
「だ、だめなのよ。付き合えないの。だ、だって、わ、私には婚約者がいるのよ。この前の旅行で、お父様からそう告げられたの」
力なく震える声で、花ケ崎が言った。
俺は知ってるよと思いながら、その話を聞いていた。
「なにマジになってるんだ。俺はどさくさに紛れてお前にセクハラしただけだぜ」
そう言ったら、花ケ崎は涙をぬぐいながら言った。
「ふられたからって誤魔化すことないじゃない。気持ちは嬉しかったわ」
花ケ崎の仕方がないわよねという感じの態度が鼻につく。
たしかに美人ではあるが、それを鼻に掛けた態度をとられたらイラっとするというものだ。
「いや、誤魔化してない」
庶民と付き合うとなれば家族を捨てることになるというのが貴族社会のルールだから、花ケ崎は付き合えないと言っているのである。
つまり、この話題が出ること自体、花ケ崎の俺への好感度がそこそこ上がっているということを示している。
この俺に興味を持つとは不思議なやつだ。
「どうしてそんなことを言うのかしら。そんなこと言っていると官憲に突き出すわよ。あなたの態度は男らしくないわ。男の人が私と一緒にいたら、そういう気持ちになってしまうのは仕方のないことなのよ。そうなってしまったのは、なにもあなたが初めてではないわ。隠す必要はないの」
花ケ崎はそんなことを語っている。
まあそれはそうなんだろうけど、こいつの外見だけに騙されたやつらと、俺まで一緒にされたくはない。
それに、これ以上花ケ崎ルートを進んだら後戻りできなくなりそうで怖い気もする。
「おまえって結構胸がでかいよな」
言った途端に、すんっと花ケ崎の顔から表情が抜け落ちた。
「──あら、そうなの。では、ここに誓いましょう。必ずあなたへの復讐を遂げてみせるわ。愚かなことをしたものね。誰を敵に回したか思い知るがいいわ」
スイッチが切り替わったみたいに氷の女王が復活した。
変な誤解は解消しておきたいが、こいつを敵に回すのはちょっと怖い気がした。
知恵の働く奴だし、俺の秘密をいろいろ知っているし、貴族でもある。
それに俺を睨んでる顔も怖い。
「いや、実は急に自分の気持ちが抑えられなくなってさ」
とっさに誤魔化そうとしたが、空気は変わらなかった。
「へえ、そうなの。もう遅いわよ」
見下すような視線を俺に向けるためなのか、ひっくり返りそうなほど後ろにそっくり返った無表情の花ケ崎は、怖さもあるが、ぞくっとするくらい美しかった。
何も言わずにいたら、そのまま寮がある方向に帰っていった。
ひとまずは花ケ崎の事よりも、明日の正午に行われるという29層の攻略だ。
挑むのは六文銭らしいが、これは攻略本でも記述があるイベントの一つだった。
とくに何か詳しいことが書かれているわけではないが、これは主人公がレベル15に達したら起こるイベントという事だ。
一条たちはちょうどそのくらいだから、やはりこの世界の主人公は一条であるらしい。
俺は引き返して、羽付きの仮面、それにフード付きの黒マントを購入した。
花ケ崎が行くような店だから、やたらと高級なものを買わされることになった。
ボス攻略ならカメラはあるだろうから、なんとしても正体は隠さなくてはならない。
間違いなくテレビにも映るだろうから、仮面とマントだけでは少し不安が残る。
変態パーティーに出席する貴族とかがつけていそうな仮面だが、まあそんなものでもないよりはましだろう。
とりあえず残りの時間は寮に帰って、攻略本で29層のキーパーボスであるヴァンパイアについて予習する。
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