第30話 リーパー
花ケ崎は悪魔族召喚の魔法陣を開き、一匹の悪魔を召喚してみせた。
柴犬くらいの大きさで三又の槍を持った、虫歯菌としてよく描かれるような典型的な姿の悪魔が召喚される。
「イヨー、俺様の登場だぜ!」
身体が小さいからか、やたらと甲高い声の悪魔だった。
本来なら魔法耐性の高いガーゴイルが召喚されるところだったのだろうが、いわゆるレア召喚という奴だ。
それがわかっていながら、俺は言わずにはいられなかった。
「ふざけてるのか」
「そんなわけないでしょう。おかしいわね。失敗したのかしら」
「失敗じゃネーヨ。四属性を極めた俺様の魔法を見せてやるゼ!」
このチビ悪魔はゲーム的に言えばハズレ召喚に近いもので役には立たない。
むしろ危険を呼び寄せるだけの厄介者である。
それにしても、そんなハズレ召喚でさえ言葉を話せるというのだから悪魔族は幽鬼族と比べ物にならないほど知能が高い。
「ああ言ってるけど、やらせるのか」
「そうするしかないでしょう。呼んでしまったのだから仕方ないわ」
チビ悪魔は、ターゲットを取ってない敵にすら魔法を放って、こちらに呼び寄せてしまう。
そのくせ弱いから、放っておくと花ケ崎が庇おうとしてしまって危ない。
仕方なく、呼び寄せたものまで俺が倒すことになった。
そして適当に放たれた魔法が、その先にたまたま居た竜崎に命中する。
「なッ!」
魔法に弱い竜崎は、目の前の敵に集中していたのか、チビ悪魔の放ったフレイムバーストをまともに食らってしまった。
吹き飛ばされた竜崎が宙を舞う。
「ひぃいいいい――――!」
さすがの神宮寺もチビ悪魔の暴挙に悲鳴を上げた。
むくりと起き上がった竜崎がスケルトンを切り捨てながらこちらを睨む。
「悪い。召喚した悪魔が暴走した」
そう言って、ハイヒールを一発かけてやったら竜崎はひと睨みしてどこかへと行ってしまった。
「はあぁ。キミって凄いね。ちょっと尊敬するよ」
大きく息を吐いて神宮寺が言った。
「でも、貴志がすぐに謝ってくれたから、無事で済んだわね」
「で、こいつは倒してもいいか」
「イエ――!」
竜崎に魔法を放ったことなど気にもせず、チビ悪魔は新たな敵に向かって魔法を放っている。
こんなのを野放しにしておいたら魔石集めどころではない。
「やめて、かわいそうだわ」
「でも、こいつのせいで死にかけたんだよ」
さすがの神宮寺も珍しく花ケ崎に抗議する。
いつもは俺にしかうるさく言わないのに珍しい光景だった。
「でも、助かったでしょう。綾乃までなにを言うのよ。初めて召喚できた召喚獣なのよ。きっと何か特別な力があるに違いないわ」
このチビ悪魔が持っている特別な力は、フレンドリーNPCを攻撃できるという一点に限られる。
ストーリーの都合で攻撃できないNPCと敵対するために使われる召喚だが、それはクリア後のおまけのようなものだ。
それをやってしまうとストーリーがそれ以降進まなくなるので、セーブができないこの世界では存在する意味すらない。
俺はスケルトンに喧嘩を売り、ボコボコにやられるチビ悪魔をわざと放置して、助けに行こうとした花ケ崎のフードを引っ張った。
それでチビ悪魔はスケルトンに負けて消えてしまう。
花ケ崎は怒ったが、神宮寺はナイスとばかりに俺に親指を立てていた。
「絶対に許さないから」
「そのうちまた出てくるだろうぜ」
「無理よ。初めて召喚できたのに、それをあなたが……!」
「イエ――!」
あろうことか、花ケ崎はもう一度チビ悪魔を召喚してしまった。
見殺しにしようとしたら、今度は花ケ崎に本気で抵抗されて、神宮寺と一緒に取り押さえていたら、スケルトンがチビ悪魔を倒してくれた。
「鬼! 悪魔! いいわ。何度でも呼び出すもの」
「ガゴ――!」
次は無事にガーゴイルが召喚された。
こいつは身代わりになって攻撃を受けてくれる便利な奴だ。
物理にも魔法にも打たれ強く、召喚者に向かってくる敵にしか攻撃しない。
最初に放つブレスが強力なので、たとえゴーストであっても敵のターゲットを引き付けてくれる。
「あなたって嫌な人よね」
「なんでだよ。紫色をしてたら、なんでもお前の仲間ってわけじゃ無いだろ」
べつに召喚獣なんて、倒されたところで何度でも呼び出せるし、呼び出してるのはほとんど同じ個体だ。
敵に倒されたところで何度か呼び出していれば、まったく同じ個体が出てくる。
とくにチビ悪魔は一個体しかいないから100%同じやつだ。
そんなことをやっていたら、真っ赤な鎌を持った死神を引き連れてAクラスの生徒が戻ってきた。
あれは20層に出現するリーパーの上位個体だろうと思われる。
そんなものをおいそれと呼び出せるわけもないから、きっと19層のボスが落とす召喚スクロールを使用したものと思われた。
「おい、Dクラス。気を付けろよ。こいつは俺の召喚したグリムリーパーだ。俺の攻撃が当たれば、お前らの命はないぞ」
召喚した魔物は、召喚者が攻撃したものを強制的に攻撃する。
つまり攻撃できる相手には召喚獣をけしかけられるのだ。
「ハハッ、ビビってるぜ。さすがだな」
「こいつは強すぎて俺にも制御が難しい。せいぜい気を付けるんだな」
召喚主らしい男が、いやらしい笑みを浮かべてそんなことを言う。
どこかに行ったのかと思ったら、そんなものを使ってまでここに戻ってきたらしい。
召喚獣はルール通り動くだけなので、制御が難しいなんてことはあり得ない。
召喚主の男は剣を持っているから、明らかに召喚に慣れていない奴なのがわかる。
間違いなく死亡事故を起こすのはこいつ絡みだろう。
召喚獣は使い方を誤れば、一番事故を起こしやすい。
「正気なの。こんなところで、そんなものを召喚して」
いつまにか俺の隣に立っていた竜崎が低い声で言った。
その竜崎に気が付いた神宮寺がビクンッと飛び跳ねた。
「貴女と敵対する気はない。どこかに行ってくれ」
Aクラスの奴も竜崎の姿にはビビっているのがわかる。
それでも相手に引く気はないようだった。
Dクラスに負けたのがよほど悔しいのだろう。
「どうするの。あんなもの放っておけば事故が起こるかもしれないわ」
「俺がなんとかするから、お前は行っていい」
俺が竜崎にあっちに行けという仕草をすると、神宮寺が飛び上がって言った。
「ちょっと。その言い方はなんなの。Aクラスより彼女の方がよっぽど怖いんだよ」
俺の耳に口を引っ付けるようにして喋るから鬱陶しくてしょうがない。
貧乳が腕に当たって気が散るし、ミシミシと音がするほど耳を引っ張られていたから、力ずくで引きはがした。
「なんとかするって、あれがなんだかわかっているの」
行けというのに、まだその場にとどまっていた竜崎が言った。
「ああ、わかってる」
俺がもう一度あっちに行けという仕草をすると、竜崎は俺たちから離れていった。
「おいおい、お前らも離れた方がいいんじゃねーのか。なにが起こるか俺にもわかんねえぞ。俺たちと戦闘状態に入った途端に死ぬからな。ハハハッ」
Aクラスの男は、俺の足元にアイススダガーの魔法を放ってくる。
もしそれが俺に当たりでもしたら、どうなるかわかっているのだろうか。
「ねえ、離れた方がいいよ。あんなの放っておこう」
間違いなく厄介なデバフを持っているから、あれをやるなら一撃で片を付ける必要がある。
自分にディスペルを使うハメになれば、たぶんあれには勝てないだろう。
だけどぶっつけ本番で、アレを使ってうまくいくだろうか。
しかし、こんなものを放っておけば周りにどんな被害が出るかわからない。
俺はアイテムボックスからゲイザーのクリスタルを4つ取り出した。
これはもうちょっと後で使いたかったアイテムだけど仕方がない。
これはクラスレベルをあげてくれるレアアイテムである。
クリスタルを使ったらスキルをセットして、俺はアイテムボックスから、小烏丸を取り出した。
左手に正宗を持ち、右手に小烏丸を持つ。
この状態でツバメ返しを使うと、左手に持った武器の属性が攻撃に乗る。
この場合は、すべてのダメージが防御力を貫通する特性になる。
俺は瞬身の覇紋に魔力を通して地面を蹴った。
二刀流ツバメ返しによって、グリムリーパーは一撃で黒い霧に変わった。
一撃とはいっても、攻撃3回分のツバメ返しに、二刀流、そして武器の攻撃倍率が約4倍だから、24倍以上にはなったダメージが入ったはずである。
「なッ」
俺はグリムリーパーが消えたことに驚いている召喚主の男に向きなおって言った。
「まだあるのか」
「お、おい、いったい何をしやがった」
目の前で起こったことが理解できないのか、男はまだそんなことを言っている。
「これで終わりなのかと聞いてるんだ」
俺が睨みながら殺気を放ったら、男はすくみ上った。
「終わりだよッ。お前、これがいくらしたと思って……」
「さっさと失せろ」
「Dクラスの分際で失せろだと!?」
「そうだ。ここじゃクラスなんて関係ない。実力がすべてだ」
ものわかりの悪いAクラスの生徒はまだ動こうとしない。
俺が幽鬼の召喚すると、まだ戦闘状態と判断されたのか、スケルトンソルジャーは俺がけしかける前に三人組を攻撃し始めた。
さすがに強すぎたらしく、三人はそのままやられてしまいそうだったので、俺はそのスケルトンソルジャーを壊した。
「召喚自慢がしたいなら余所でやれ」
まだ三人組は立ち去ろうとしないので、仕方なくゴーレムを召喚してやると、その大きさと重量感を前にして、やっと現実を理解したらしかった。
それで今さっき起きたことを理解したのか、三人組は尻尾を巻いて逃げていった。
俺はゴーレムも処理して、二人のところに戻る。
最悪なことに、竜崎はまだ遠くからこちらを見ていた。
花ケ崎だけならまだしも、神宮寺にもいろいろ見られてしまった。
「た、高杉って強かったのね」
そんなことを神宮寺は、グリムリーパーの強さも知らないで言っているのだからのん気なものだ。
「続きをしよう」
「どうして今まで召喚を使わなかったのかしらね」
「どっちも物理攻撃だよ。この階層じゃ意味が無い」
「なら、もっと上に行っても良かったのではなくて」
「予定は変更しないと突っぱねて、俺の話なんか聞く気もなかっただろ。今見たことは誰にも話すなよ」
まあ、この階層でやってたから死亡事故を防ぐことができたし、それはいいだろう。
どうせ勝てない競技なんだし、体育祭の点数なんかにも興味はない。
「ねえ、高杉。私とパーティーを組む気はない?」
放課後とかに組むやつのことを言っているのだろう。
神宮寺はまるでそれがいい提案だとでもいうように笑顔で言った。
今のを見て、最初に思いついたことがそれとは恐れ入る。
今の俺が神宮寺と組んだ所で何ができるというのか。
「勘弁してくれ」
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