第20話 9層キーパーボス



 また久しぶりに、ダンジョンダイブの授業である。

 ダンジョンダイブは最低でも二人で組まなければならないので、俺はいつも二人で組んでいる伊藤と佐藤に混ぜてもらうことになった。

 朝からダンジョンに入れるのだが、俺にとっては今回も暇な時間になりそうだ。

 それでも今回は一日だけだからマシな方だと言える。


「それで何層に行くんだ」


 プラスチック製のプロテクターに身を包んだ二人を前にして俺は聞いた。

 二人ともホッケーで使うようなヘルメットをかぶり、顔以外は全身黒づくめだから、特殊部隊かなにかのように見える。

 ポケットの数だけは尋常ではないから、ポーションを取り出すのだけは速そうだ。


「高杉殿は、あの玲華様と組んでいるのだから、4層にも行けるのではありませんか」


 この大げさなしゃべり方をする方が伊藤で、地味な方が佐藤だ。


「ぜひとも我々を、そこに連れて行ってください」


 佐藤が意気込んで言った。

 すごく鼻息が荒いし、すでに額に汗が浮いている。


「わかった、4層だな。パーティーはどうする。向こうで組むか、こっちで組んでいくか」


「もちろん組んでいくに決まっています。それが鉄則というもの」


 まあそうなのだが、一応のつもりで聞いておいた。

 俺は4層にゴーストを10体も召喚しているから、経験値が入ってきてしまうのが問題だ。

 まあ気付かないとは思うのでパーティーの申請を受け入れる。

 こういう部分は凄くゲーム的なのに、モンスターと戦うのは凄くリアルだ。



高杉 貴志 Lv28 侍 Lv5

HP 1110/310(+600+200) MP 224/224

筋力 265(+200)

魔力 239(+30)

敏捷 112(+80)

耐久 275(+150)

精神 88


装備スキル 聖魔法Ⅴ 魔法Ⅰ 剣技Ⅲ ツバメ返し



 筋力が260を超えてくれたことで、侍を開放した。

 そして最終ビルドの一角であるツバメ返しも手に入れることができた。

 ツバメ返しは、一度に二回の攻撃が入り、しかも二回目の攻撃には二倍の倍率が乗る。

 そしてなにより凄いのが、一度しか攻撃判定が起こらないのだ。

 それは敵の耐久値によってダメージ軽減判定を受けるのも一度きりということである。


 三倍の攻撃力を出しながら一度しか軽減されないとなると、実際に出るダメージは三倍どころではない。

 この技を習得できる侍クラス自体が、日本のランキング上位数人にしか与えられない秘匿されたクラスだ。

 そしてギルド六文銭も、この侍クラスの解放条件を独占している。


「やはり新しい階層は緊張しますな」


「それにしても玲華様と懇意にできるのは羨ましいですよ。いったいどんな裏技を使ったんです」


「たまたまだ。それより二人の戦い方は」


「拙者が戦士、そして佐藤は聖職者と魔法使いのハイブリッドとなります」


 回復がいるのに前衛がタンクのみではちぐはぐすぎる。

 アタッカーに相当するものが欠落していた。


「ずいぶん火力不足な組み合わせだな」


「左様、時間をかけて強くなる作戦というわけです」


 たしかに安定するだろうし、ヘイト管理の心配もないが、効率を犠牲にし過ぎている。

 戦いが長引けば、それだけMPの方も消費してしまうのだ。


「まだ3階ですらきついというのに、4層とはね。さすがに怖くなってきた」


「武士道とは死ぬことと見つけたり」


 伊藤の方はなかばやけっぱちのような雰囲気で、無理をしている自覚はあるようだった。

 苦労しているらしく、そうまでしてでも効率を求めて階層をさげたいということか。


「4層の方が敵が魔法を使ってこないだけ楽なはずだ。俺が素早いコボルトを相手するから、そっちはオークロードの相手をしてくれ」


「承知した」


 伊藤は投げやりな様子で言った。

 コボルトのスピードに対処できるなら、実際に4層の方が簡単なのは間違いない。


 最初の敵はオークロード一体だったので、俺の射程に入ったところでツバメ返しが入って敵は倒れた。

 このスキルを手に入れてから、ほぼ射程内に入った敵は一撃で倒せている。

 たしかに他のスキルと比べて、ダメージが桁違いに大きい。


「いま何か変な動きをしましたな」


「ええ。斬り降ろしだと思ったら、振り上げた軌跡が少し太くなったような」


 少し不自然だが、似たようなスキルはあるので誤魔化せないこともない。

 このパーティーには、女ばかりの時とも、一条たちのようなギラギラした感じとも違って、なんだか妙な居心地の良さを感じる。

 俺はなにも言わずに次の敵を探して歩き回る。

 このスキルには慣れておきたいが、この居心地の良さに慣れたら困る。


 ひたすら剣術の踏み込みスキルを使って、コボルトを射程に収めたら即ツバメ返しだ。

 戦士だけあって、伊藤はよくオークロードの攻撃に耐えている。

 ヘイトも安定しているから、これで事故が起こるようなこともないだろう。


「ふむ、どうやら拙者は誤解していたようです。高杉殿は玲華様のお力によって強くなったと思っていたが、どうやらそうではないご様子」


「たしかに。純粋に火力に特化しています。レベル上げの秘訣はそこですね。ずばり筋力と敏捷です。そこを玲華様に認められたのですね」


 クラスで俺がどんな風に言われているかは知っている。

 すでに二人は噂が事実ではないことを見切っていた。


「敏捷よりも、素早い敵には攻撃スキルを使う事だな。俺も最近になって気が付いた」


 これは最近になってわかったことだが、敏捷の値でもって追いかけようとするよりは、素直にスキルを使ってしまったほうが攻撃が当たりやすい。

 剣術の授業でも、スキルを使われたら避けられないことなど嫌というほど思い知らされていたというのに、今さらになって、そんなことに気付いているのだから俺ものん気だ。


「御見それしました」


「参考になります」


 この二人はとっくにそんなことをには気が付いていただろうに、大げさなことを言う。

 もっとも今の俺では、瞬身の覇紋が育ったおかげか、以前には目にもとまらぬ速さでかわされていた動きがよく見えるようになっている。

 剣術スキルの横薙ぎでも、射程が短いながらコボルトを倒せた。

 剣術Ⅲのスキルのおかげで、最近では俺の動きもかなり洗練されてきた。

 それに敏捷が伸びたおかげか、二人を置いていくようなスピードで探索ができる。


 それを17時までやったら解散となった。

 今日は9層のキーパーを攻略する予定なので、二人に別れを告げたらすぐに向かった。

 基本的に誰かが一度倒してしまえば、次からは通り抜けできてしまうのだが、ボスは9層のどこかに湧き続ける。


 だから今日は10階層テレポートリングのために、ボスの討伐に挑むのだ。

 10階層テレポートリングは取引できないアイテムで、10層までならどの階層にも瞬時に移動できるアイテムだ。

 エンチャント武器とツバメ返し、エクスヒールがあれば倒せるはずだ。

 十分に安全マージンも取っているし、攻略法も頭に叩き込んである。


 9層に入ると、いつも通り誰もいない。

 がらんとした洞窟が枝分かれしてどこまでも続いている。

 マナポーション、強化の丸薬、鬼人の妙薬、えまの団子。

 今まで拾い集めたアイテムの中から、ボスの攻略に使えそうなものを選んでいる。

 それらを一気にのみ込んだ。


 そして背中の覇紋にマナを通して、強靭と瞬身を発動させる。

 身体にみなぎってくるパワーが体からあふれ出しそうな感じだ。

 それだけ終えたら、9層を歩き始めた。

 一歩一歩踏みしめるようにして、どこから現れても対処できるように警戒を怠らない。


 なぜか後悔のような感情が押し寄せてきて、俺はなにをしているんだという気持ちになる。

 命をかけてまでゲームをするなんて、とてもいい考えには思えない。

 まわりの奴らはHPが減ることさえも嫌がって安全策をとっているというのに、俺は倒さなくともいいボスにまで挑んでいる。

 しかし、ここまで来てしまったら、もう引き返すことなどできなかった。

 探すまでもなく、少し進んだ先の広場にゲイザーという宙に浮いた一つ目のモンスターを発見する。


 いきなり毒霧を放ってくるが、えまの団子の効果によって無効化される。

 そして同時に放ってきたビームに、HPの6割ほど持って行かれた。

 この初手の回避不能ビームは、四分の一まで軽減してなおこの威力である。

 このビームが即死攻撃のように宣伝されているから、この階層には誰も近寄らないのだ。

 斬りかかると、すぐに一帯が氷に包まれ持続ダメージが入る。


 あとはHPが半分を切るたびに、エクスヒールを唱えるだけだ。

 ツバメ返しをクールタイムがあけるたびに放つが、傷一つついているようには見えない。

 しかし虎徹の魔法ダメージは入っているはずである。

 ひたすら攻撃と回復を繰り返すが、だんだんと、このままじゃMPが尽きるんじゃないかと心配になってきた。


 本当ならスケルトン召喚も使う予定だったが、MP切れが怖くなって使わないでいる。

 バフを入れているせいで、MPはヒールを使わなくても持続的に減り続けていた。

 瞬身はいらなかったのではないかと、また後悔のようなものに襲われた。

 それに検証すらしていない薬まで使ったから、いつ効果が切れて副作用に襲われるかわかったものではないという不安もある。


 普通のモンスターならもうとっくに倒れてもいい頃合いである。

 まだかまだかと焦れていたら、ゲイザーは周囲にかまいたちを放ち始めて、ようやっと最終段階に入ってくれた。

 あとは武器を持ち換えたら、目を合わせないように攻撃を入れ続けるだけだ。

 ここまでは虚像のようなもので、魔法でしかダメージを与えることができない。

 そして、こうなったあとは物理ダメージしか入らなくなるという、イカレたギミックを持っている。


 ツバメ返しによって血が噴き出してきたので、影だけを見ながら攻撃していたら、いきなり視界の中にゲイザーが落ちて来て目が合った。

 ドキリとしたが、すでに倒したあとで、すぐにドロップアイテムへと変わった。

 テレポートリングはあるし、マナポーションや魔石、魔結晶などをゴロゴロと落としてくれた。


 そいつらをひっつかんでアイテムボックスに放り込み、俺は急いでその場所を後にした。

 まだ緊張で手が震えているし、水をかぶったみたいな汗が体を濡らしている。

 テレポートリングを使う事も忘れて、俺は夢遊病のように階層を上がった。

 眩暈がして、途中で何度も座り込んで休みながら、なんとか地上付近まで戻ってきた。

 4層でゴーストを召喚する気にもなれなかった。


 俺は売店に直行する。

 西園寺が目を丸くするが、それにも構わずに魔石と魔結晶を売って寮に帰った。

 明日は日曜日だから、買い物をするためにも金が必要なのだ。

 少し時間が早いが、シャワーだけ浴びて寝てしまった。



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