第21話 犬神


 とりあえず攻略本の指示通り侍にクラスチェンジしたが、侍ではレベルアップで魔力が上がってしまうため、このままだと4層での召喚レベリングができなくなってしまう。

 最近では5階層に幽霊が出るという噂も広まってしまったから潮時だろうか。

 いくら24時間無人狩りとはいっても、そろそろ効率も落ちてきたところだ。


 トニー師匠は、召喚狩りなど邪道との考えを持っているので、師匠の教えに従うなら召喚狩りをあきらめる時期である。

 もともと経験値よりも封魔の覇紋を育てるためにやっていたようなものなのだ。

 モーラン狩りの次は、経験値が多くてHPの低いアンデッド系の敵を、パーティーでひたすら倒せというのが師匠の教えだった。


 ソロの俺としては、倒せそうなアンデッドに手ごろなのがいない。

 なので、いまだに延々とモーラン狩りを続けているが、最近はお金だけを稼いでいるようなものになっていた。

 さすがにずっとやっていればレベルも上がるので、なんとか30までは上げることができた。

 なんともやる気がない話だが、現時点でも強くなりすぎているきらいを感じている。


 そもそもトニー師匠のいう完成とは、このダンジョンを一人で踏破して、最終階層のボスを倒せるようになったら終わりというわけでもない。

 隠しボスのような、異次元の存在すら倒すことが念頭に置おかれているのだ。

 そいつらはもう、このダンジョンにいるラスボスが赤子に思えるほど高次元の存在で、神だか悪魔だかもわからないようなものだ。


 バトルステージからして異様すぎて、もはやそこには普通の人間が生存できる環境があるとは思えないような場所である。

 クラスメイトはいまだ12、13とかのレベルなのに、俺だけそんなわけもわからないほどの高みを目指して命を削るのでは意味が分からない。

 いくらなんでも目標が高すぎる。


 モーランの落としたアイテムを拾って、スキルの練習でもしようかと思っていたら、一般の冒険者に出くわした。

 手に持った得物は盾、剣、杖だった。


「どうも、失礼します」


「へ、へへ。ちわっす」


 そんな感じで声をかけられる。

 なぜ年上である彼らが俺に敬語を使うのかといえば、三人で歩いている彼らよりも、ソロでやっている俺の方が、おそらくレベルが上だからだろうと思われた。

 ダンジョン内におけるレベルは、身分や権力とイコールだ。


 普通ならどんな剣の達人でも二対一の状況で勝つことなど不可能だが、ここはゲームの世界なので、そんな一般常識は当てはまらない。

 ステータスや装備によって、ほとんどダメージが入らなかったり、大ダメージが入ったりするのが当たり前だ。


 だから危険なダンジョン内に一人でいるという時点で相当に手馴れているし、敵を処理できるだけの桁違いな攻撃力を持っているという事になる。

 耐久力に関しては、完全にモンスターの攻撃力を上回っていて、最低ダメージしか受けないレベルということだ。

 それが囲まれたとしてもソロで難なく対処できるということである。


 この三人には何度か会っているが、争う気はないというのを態度で表してくる。

 装備につけられた家紋から見て、三人はあの伊集院響子を筆頭とするギルドノワール系列の構成員である。

 バックの組織が大きいので、わりと俺の方もビビって目を合わさないようにしていた。

 レベルをあげたいのはどちらも同じだから、何事もないのが一番のメリットだと考えるのは当然のことだ。


 この感じで本当に抗争などおきるのだろうかという気がする。

 それは、まだ俺がそこまで煮詰まった狩場というのを目にしたことがないからだろう。

 しかし、これからはそういった狩場にも、足を踏み入れないわけいかなくなる。

 俺は13階層に行き、スケルトンソルジャー相手にスキル発動の練習を開始した。

 短刀を両手に持った忍者っぽいスケルトンスカウトの動きもよく見えている。


 ツバメ返し一発でオーバーキルになるくらいだから、この階層でも経験値が少ない。

 そこまで考えて、ふと、ある考えが頭をよぎった。

 これが同格くらいの相手を倒した時の本来の経験値なのではないだろうか。

 むしろ今までは、格上を倒したボーナスが大きすぎただけなのだ。


 つまりしばらくは、このくらい地道にやっていかなければならないらしい。

 度胸をつけるために、チャンスがあれば9層のキーパーを倒しているので、もはや雑魚モンスターでは退屈に感じられるようになった。

 さすがにボスを好んで倒すようなのは少ないので遭遇率も高く、悪くない稼ぎになっている。




 数日が何事もなく過ぎて、またダンジョンダイブの授業が始まる。

 あれからも何度か組んでいるので、伊藤と佐藤にも慣れてきた。

 少しはレベルも上がって、伊藤は軽装歩兵のクラスになり、佐藤はソーサラーへとクラスチェンジした。

 俺がヒントを出しているから、それなりの仕上がりになっている。


 そしてもう一人、Cクラスから犬神つかさというアサシンの男が加わっていた。

 いつもはこの三人でやっているそうだ。

 男とは言ったが、性別がどちらであるかはまだ確信が持てない。

 四人というのは見ない組み合わせだが、ダンジョンダイブの授業なんて俺がパワーレベリングしてやるだけの時間だから、誰も人数など気にしていない。


「Cクラスにはパンドラと関係のある人がいて、いつも威張ってるんだよ。いやだよね。ああいうの」


 パンドラというのは、名前の響きとは違って、かなり武闘派よりのギルドだ。

 最近になって力をつけてきて、大手と並ぶところまで来たとまで言われている。


「わかりますぞ。Dクラスにも同じような輩がいますからな。しかし、Dクラスは上位陣に人格者が揃っている」


「まあ、狭間を除けばそうですね」


 レベルは、伊藤と佐藤が12、犬神が13となっていて、俺がいれば5層でも危なげない。

 サラマンダーは佐藤が魔法でタゲを取り、サーベルタイガーは伊藤が受け持つ。

 そして犬神は、佐藤がタゲを取ったサラマンダーを必死に追いかけて倒す。

 俺はといえば、ひたすら射程に入ったのを斬り伏せていた。


 佐藤はそれなりに魔法耐性も育ってきたのか、それほど苦しくはなさそうだ。

 しかし伊藤にとってサーベルタイガーとやり合うのは、かなり苦戦する様子が見られる。

 純近接ビルドで苦戦するくらいだから、なにか一つくらい武器になるスキルが欲しいところだが、薙ぎ払いや振り下ろしなどリーチの短いスキルしかない。


「たしか、盗賊に刺突ってスキルがあったよな。あれを伊藤が覚えたら良さそうじゃないか」


 良さそうじゃないかとは言っているが、攻略本でも推奨された序盤ビルドの一つだ。

 突進スキルなので、他のスキルの起点にするのに向いている。

 盗賊で敏捷をあげるアビリティを得るのも悪い考えではないだろう。

 普通は武器となる便利なスキルを一つとるのがセオリーらしいが、トニー師匠が考案したビルドはツバメ返しまで一直線で行くしかなく、寄り道ができないから俺は苦労していたのだ。


「ふむ、高杉殿が言うのであれば試してみるのもやぶさかではない」


 そう言って、伊藤はためらう様子も見せずに、盗賊へとクラスチェンジした。

 こいつの思い切りの良さにだけは、いつも驚かされる。

 筋力についていたステータスボーナスが敏捷に変わると、盾の重さにふらついていた。

 伊藤は盾をしまうと、片手剣であるサーベルを両手で持った。


 ウォーリア系は盾で攻撃を受けつつ戦うスタイルだ。

 それがローグ系の攻撃をかわすスタイルに切り替わったところで、慣れない伊藤はサーベルタイガーにやられ始めて、俺が回復を入れてやる必要が出て来た。


 今の俺には敵が止まって見えるくらいだし、攻撃だって避けるのが面倒だから食らってしまえと思えるくらいには軽いのだが、伊藤は冷や汗を流しながら必死に戦っている。

 この世界におけるステータスの補正は、かなり強烈なものだ。


「もしそれが上手くいくなら、ボクは剣士系に変えてみようかな」


「それがいいかもしれません。しかし犬神は盗賊衣装が可愛いので惜しいですね」


「えっ、そ、そうかな」


 犬神は乙女みたいな仕草で口元を覆い、顔を赤らめた。

 肩は細いし、ウエストもくびれているし、露出した肌も白くて綺麗だ。


「なんで、かわいいと言われて顔を赤くしてるんだよ。お前、やっぱり」


 確認のために股間を触ってみると、そこにはずっしりとした温かい感触があった。

 そんなものを触ることになってしまって、俺は非常に気分が悪い。


「うわっ、どこを触ってるのさ!」


 触られた方の犬神は、飛び上がるようにして俺から離れた。


「紛らわしいやつだな。ちゃんとついてるじゃないか」


 玉はついているから男で間違いない。

 今までは不安があったが、やっと確信が持てた。

 こいつは間違いなく男である。


「なんという暴挙であろうか。羨ましいですぞー!」


 ゲームの世界の美少年だからか、はっきり言って、見た目は美少女と何も変わらない。

 犬神は声も含めて女にしか見えなかった。

 伊藤は本気で羨ましがっているようだが、ならば触ればいいではないか。

 男同士で何を遠慮しているのだろうか。


「ちょっと、うるさいよ。ダンジョン内は声が響くんだからやめてよね。聞いてるこっちが恥ずかしくなるよ」


 それまで俺たちは和気あいあいと話していたのに、神宮寺の声が聞こえたとたんにシンと静まり返る。

 同じ階層を回っているから、こんな感じで鉢合わせることは少なくない。


「やっほー」


 とか言って、天都香が俺に向かって手を振っている。


「ごきげんよう」


 ちょっとだけ気だるそうな花ケ崎も後ろから出て来た。

 神宮寺に引っ張りまわされて大変だと、端末に来たメッセージで知らされていたが、なんとも気の毒に見える。

 どうやら花ケ崎のレベルを他の奴に抜かさせないように神宮寺が張り切っているらしい。

 本人にはそこまでやる気がないのだからいい迷惑だ。


 7層が異様に難しいことから、上級生までも5・6層に集まっているので、奥側はたいそう混みあっている。

 だから、このようにすれ違うことも珍しいことではない。

 奥が過密すぎるために、階段から6km圏内くらいにはみんないることになる。

 人混みは揉め事も多いので、みんな安全な手前側でやっているのだ。

 クラスメイトの中でも、そんな人混みの中でやっているのは一条たちくらいだ。


「お前らもほどほどに頑張れよ」


 俺の言葉に、神宮寺はこれ見よがしに大きなため息をついてみせた。


「はあ、4人でやってるんだから、そっちはのん気でいいよね。私たちなんか大変だよ。周りに助けを求められたりするしさ。気楽そうで、羨ましい限りだね」


「まあな」


「それじゃ、私たちはもう行くから」


 端末で大変そうだなと花ケ崎に送ったら、4日で魔法耐性が100になったと帰ってきた。

 魔女なら精神のステータスも上がりやすいし、この階層でもよく回避が起こるのだろう。

 しかし端末を開いたときに、新着メッセージが二つも入っていて嫌な気持ちになった。

 最近は知らない奴からメッセージが届くことも珍しくない。


 俺たちも、人が居ない方に向かって探索を続ける。

 半日で伊藤が刺突を覚えて、軽装歩兵に戻った。

 そしたら今度は犬神が剣士にクラスチェンジする。


 7層に手詰まりな状況だから、最近では俺に虎徹を売って欲しいという話が、Aクラスどころか上級生からさえ来るようになっていた。

 端末に来るメッセージは全部無視しているが、日に日に過激さを増している。

 剣術の授業で、近藤たちに見せてしまったのが失敗だったようだ。

 心配事が絶えないが、そろそろリングももっといいものが欲しくなってきた。


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