第19話 花ケ崎ルート?



「惜しかったですね」


「まあな」


 西園寺りんにそう返して、俺は水飲み場に向かう。

 水を飲んだら着替えて教室に向かった。

 あと一コマ授業を受けたら昼休みである。

 楽しみだなあと考えていたら、急に花ケ崎が現れて空き教室に引っ張り込まれた。


「あの女は誰なのかしら」


 壁に背中を押し付けられて、花ケ崎は射殺さんばかりの目を俺に向けている。

 息がかかるような距離だが、そんなのはお構いなしだ。


「いきなりなんなんだよ」


 まるで学園もののラブコメみたいな場面だなと思った。

 それにしても、花ケ崎は人に詰め寄る時の迫力が半端ではない。


「ずいぶん親しそうにしていたようだけれど」


「親しくなんかない。今日初めて話したばかりだ。なんだ、俺にヤキモチでも焼いてるのか。だったら、そんなに殺気を込めずに、もっとかわいげのある感じで言ってくれ」


 俺の言葉に、花ケ崎は顔を真っ赤にしてあたふたと取り乱した。


「ななな、なんでそうなるのよ。なにを言い出すのかしら。そんなはずないわ。殺すわよ」


 花ケ崎は急に俺から離れると、耳にかかった髪を何度もかき上げたり、前髪を直したり、早送りみたいな動きをしながら視線をさ迷わせている。

 マジでそんな感じがするなと思えるが、殺されてもかなわないのでそれは言わない。

 よほど不意を突かれたのか、花ケ崎はその目に涙を浮かべていた。


「じゃあ、なんでそんなことを気にするんだ」


「将来の下僕候補が、変な女に騙されそうになっていたら、声くらいかけてあげるものでしょう。それを勘違いして、思い上がりもはなはだしいわね」


「お前の手下にはならないって言っただろ。俺のことを好きだって言うなら付き合ってやらないこともないけどな」


 俺の軽口に、花ケ崎は声のトーンを落として言った。


「そう。そういう考えでいるなら、決闘を申し込むわ」


「嫌だよ。なんでそんなことをしなきゃならないんだ」


 そう言ったら、花ケ崎は貴族と庶民が付き合うなんてありえなのだということを、早口でまくし立てるように説明し始めた。

 そんな話に興味がない俺にとっては、いささか迷惑である。

 花ケ崎が落ち着くのを待ってから、俺は教室に行こうと提案した。


「あなたは変な才能があるのだし、貴族を目指してみるのも悪くないんじゃないかしら」


「まあ悪くはないな。だけどお前と付き合うためにそんな苦労をするのは御免だね」


「こ、この下郎! 誰があなたとなど付き合うものですか。私はそんなつもりで言ったんじゃありません!」


 俺の冗談に、花ケ崎は人目も気にせず廊下でわめき始める。

 視点も定まってないし、まるで今日は別人かなになってしまったかのようだ。

 悪いものでも取り付いてなければいいなと、本気で心配になるようなありさまである。


「そうかよ。なんで今日はそんなにテンションが高いんだ。キャラがぶれてるぞ」


「あなたは身分というものが、何もわかっていないようね。身分が違う者同士は、決して結ばれないの。貴族が庶民と付き合うなんてことはありえないのよ。あなたが新興の下級貴族になったところで、それは変わらないわ」


「そうとも限らないだろ。駆け落ちしたりなんてよくある話だ」


「そ、そんな特異な例をだしても反論になりませんっ」


「あら、この馬鹿に身分というものをお教えになっているのですか」


 教室についたところで鉢合わせたのは、金髪カールだった。

 たいした家の出でもないくせに、差別意識だけはひと一倍の嫌な奴だ。


「ええ、とても苦労しているのよ」


「そんなの、言ってくだされば私たちがお教えしますのに。──おい、花様に気安く接するな。お前のような奴が話しかけていい相手ではない」


 そんなことを言われながら、ゴキブリでも見るような目を向けられる。

 身分制度のない国で生きてきたからなのか、こいつの物言いは本気で頭にくる。

 頭に血ののぼった俺は、金髪カールに詰め寄った。


「口に気を付けろよ。俺がコイツを抜いたら、身分はお前を守ってくれないぞ」


 虎徹の鯉口を切る俺の脅しに、金髪カールは青ざめた顔で後ずさる。

 そこへ、おいおいまた揉め事かよとか言いながら、ロン毛が口をはさんできたので、そいつを突き飛ばして、俺は自分の席に戻った。

 魔法職のロン毛は思ったよりもひょろっちくて、尻もちをついていた。


 ダンジョンで得た力を、こんなふうに振り回すのは俺の主義に反するが、さすがに金髪カールの物言いは頭にくるものがあった。

 もちろんこんなことをしていれば、明日の朝になって奴の一族が家来を引き連れて討ち入りだと、寮の前に押しかけて来ないとも限らない。

 それでもアイツの物言いには、何か言ってやらずにいられれなかった。

 そんな俺を花ケ崎が追いかけてくる。


「嫌な気持ちにさせてしまったわね。そんなつもりではなかったの。ごめんなさい」


 花ケ崎は俺に向かって頭を下げた。

 まさに俺にとって、厄介ごとの塊のような存在である。

 しかし、花ケ崎と絡むようになって、クラスメイトからの当たりが緩んだのも事実である。

 最初はあたりが強くなったが、何度か組むうちに後ろ盾のようになっていた。

 教室のすみでは、なにやら金髪カールが喚き散らしている。


「もういい。気にするな」


 そう言ったら、花ケ崎はしょんぼりとしながら帰っていった。




 そして放課後である。

 そろそろ一条と話をしないといけないなと考えていたら、向こうの方からやってきた。

 風間や神宮寺まで連れて、一緒に俺のところにやってくる。


「少しやり過ぎじゃないかな。苦情が出ている」


 と、一条が真面目くさった顔で言った。


「やり過ぎというのは、金髪カールに言い返したことか、ロン毛を突き飛ばしたことか」


「どちらもだね」


 と、一条のかわりに風間が答えた。


「あの金髪も言いすぎだし。ロン毛とはたまに突き飛ばしたり、突き飛ばされたりする仲なんだよ」


 ロン毛には、前に一度、ダンジョンから出たところで突き飛ばされたことがある。

 Aクラスの奴と揉めて、八つ当たりされた時のことだ。


「俺が代わりに言ってやろう。花ケ崎のおかげでレベルをあげたのに、あんまりイキがるのはやめておけ。見苦しいぞ。そろそろ彼女を開放してやったらどうだ。ひとり立ちすべき時だろう。彼女のような有用な人材に、お前のお守りなどさせておくのは惜しい。寄生はどちらにとっても不幸な結果になる」


 口をはさんできたのは、貴族組の狭間修司だった。


「面白い意見だな」


 なるほど、外から見ているとそういう解釈になるのか。


「この前のダンジョンダイブでも、かなり無理をしてレベルをあげたんじゃないかって話になってね。普通は足手まといになる初心者を連れて、あんなにレベルは上げられないよ」


 と風間が言った。

 無理をしたのは俺なのだが、言ったところでこいつらは信じない。

 あいつも浮かれて、レベル10になったと周りに自慢していたからな。

 初心者というのは天都香の事か、それとも俺も入っているのかはわからない。


「俺から組んでほしいなんて言ったことはない。自分の意志で決めさせればいい」


「だそうだけど。どうする」


 そう言って、急に風間が話を向けたのは、いつの間にか俺の後ろに立っていた花ケ崎である。


「たしかに足手まといだったかもしれないわ。あなたに甘えていたのかも」


 狭間や風間の言葉は、どうやら花ケ崎の方に刺さったらしい。

 花ケ崎は今にも泣きそうな感じだし、慰めの言葉でも言ってやりたかったが、不愛想なキャラではそれもできない。


「そうは言ってない」


 なんと続けたらいいものかと思案していたら、話は勝手に進められてしまった。


「じゃあ私と組めばいいじゃない。天都香さんが回復もできるしちょうどいいわ」


 神宮寺と天都香が、花ケ崎と組んでやるそうだ。


「お前はしばらく一人でやれ。そうすれば彼女の苦労がわかる」


 俺の苦労も知らないで、狭間はそんなことを言っていた。


「そうさせてもらおうかな」


 もともとソロでやるつもりだったし、なにか新しいことが起こったわけでもない。

 それに普段の放課後は、ずっとひとりでやっていたのだ。

 落ち込んでいる花ケ崎を慰めるようにして、神宮寺は彼女をどこかへと連れて行った。


 そろそろ主人公との対決イベントでも起こって、俺はこの学園を退学にでもなるのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 話はそれで済んだようだったので、俺の境遇に変化は起きていない。

 一条も周りに言われて仕方なく話を付けに来たという感じである。

 俺の身に何が起こるかは、シナリオでも重要なポイントではないのか、攻略本にも詳しく書かれていなかった。


 話がひと段落付いたのを見て、俺は言った。


「それで、一条。最近どうなんだ」


 いくら何でも不自然すぎるが、俺の方も用事を済ませておかなければ落ち着かない。


「? どうとは」


「ギルドからの誘いが来てるんじゃないのか。どこに入るか決めたのか」


 まるで父親が息子に訪ねるよな口ぶりだが、それ以外に言葉が見つからない。


「ああ、それなら保留にしているよ。名前だけ聞かされてもわからないからね」


「でも、剣道部の先輩から誘われてるところがいいんじゃないかな。剣を使うなら武闘派ではないだろうし、あの人なら信用できるよ」


 武闘派は槍を使うので、そういうところでも見分けることができる。

 剣術の授業にいる近藤や芹沢も、あれで武闘派ではないというのがすごい。

 剣道部といえば、主将の一ノ瀬愛のあのギルドだろうか。


 まだシナリオはそれほど進んでいないようである。

 ギルド関係の話が動くときに、抗争とかの事態になるはずなのだ。

 はたして今のこの世界が、そんなフラグのようなものによって左右されているのかまではわからないが、攻略本にはそうあった。

 なにはともあれ、俺はもっとレベルをあげておくべきだろう。


 その日の放課後、俺はアイテムボックスだけでなく、バックパックとポケットにも煙玉を詰め込んで12層を目指した。

 このカエル落としはいい。

 今までに比べたら格段に楽だし、お金も溜まってくれる。


 今はエーテルも使っていないし、煙玉は1円20銭と安いからやるだけ金になる。

 なにより、もうすぐ念願のスキルが手に入りそうなのだ。

 食堂で早めの夕食を済ませてきているので、今日は深夜までやろうと思っていた。



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