第18話 幽鬼の召喚


 花ケ崎にもらったものと合わせて100枚のコインを、7層の隠された祭壇のすり鉢状の入れ物に入れる。

 黒い靄が現れて、しばらく待っているとコインは契約書に変わった。

 契約書に俺の名前を書き入れると、契約書は燃えてなくなった。


 さっそく召喚してみると、一体のスケルトンが現れ、真っすぐに暗闇の中へ消えて行った。

 もともと素早いモンスターだから、現れてから消えるまでのスピードも半端ではない。

 幽鬼族は攻撃的過ぎて、従順度もないようなものだから、ひたすら敵を探してどこかに行ってしまう。


 敵をかく乱させるくらいで、敵の攻撃を引き付けるなんて芸当はどんなに高レベルの幽鬼であってもできるようにはならない。

 そこで、さっき召喚したスケルトンとの繋がりを失った感覚がした。

 きっとなにかに挑みかかって倒されてしまったのだろう。

 俺は4層に向かった。


 魔力が230以上250以下において幽鬼族を召喚すると、256分の1の確率でゴーストが召喚される。

 このゴーストは知っての通り物理攻撃を受け付けないので、この4層においては無敵の召喚となる。


 ようはMPが続く限り、勝手に経験値を稼ぎ続けてくれるというわけだ。

 少ない経験値とはいえ、24時間ひたすら稼ぎ続けてくれるのだから、それが積もればそれなりになる。

 召喚したゴーストは広すぎる4層のどこかをさ迷い続け、二度と人目に触れることはない。


 そこら辺の人間を襲うこともないので安心である。

 もちろん人間に見つかれば倒されてしまう可能性もあるので、人気のないところまで行って召喚する必要がある。

 召喚しているだけでMPを消費するから、最初は5体くらいを召喚しておこうと思う。

 攻略本では、最初は2体が推奨されているが、物は試しである。


 出てきたスケルトンは自分で倒し、ゴーストはどこへでも好きに行かせるというわけだ。

 この作業は召喚自体に一番MPを消費するので、マナポーションを使うハメになった。

 作業が終わったら12階層に行って昨日の続きをやるのだが、5体くらいでも消費が大きすぎて、このレベル上げと同時並行ではマナポーションが必要になる。


 カエル落としを終えて帰って来ても、3時間に一回はマナポーションが必要で、やはり5体は多すぎたようだ。

 モーランがマナポーションを落としているので、マナポーション自体の在庫はある。

 このまま封魔の覇紋が育ってくれればいいが、夜中に起きてマナポーションを飲むのはつらかった。


 けっきょく最後は寝てしまって、昨日苦労して召喚した5体は消えてしまった。

 早朝にダンジョンに入って、急いで2体を召喚してくる。

 おかげでこの日は遅刻した。




 剣術の授業の相手は、相も変わらず斎藤である。

 こいつもずいぶんと弱くなったなあと、感慨深い思いで手を抜きながら戦っていた。

 剣闘士でレベルをあげ始めたら、もはや相手にもならなほど弱く感じられる。

 斎藤が音をあげて、俺は訓練場の脇にある木陰に入って休むことになった。


 実戦経験の足りない俺としては、この休憩の時間すら惜しく感じられる。

 この授業だけは唯一、対人訓練ができるチャンスなのだ。

 斎藤は火炎の覇紋を入れていて、容赦なく使ってくるから練習相手としては悪くない。

 本来なら剣術の授業で魔法は禁止らしいが、負けるくらいならどんなことでもやるというのが、この学園における正義であるらしい。


 訓練を続けてくれるのなら再生のリングをあげてもいいくらいだが、そんなことをしたら目立ってしまう。

 火炎の魔法では俺に通用しないと見て、一体どこで入れたのか破魔の覇紋まで彫ったらしく、斎藤はスペルシールドまで使うようになっていた。

 俺はレアな覇紋だと思って、今まで誰にも見せていなかったのにだ。


 そんな簡単に使っていいのならと、俺も使うようになったのだが、俺のはバフとデバフを解除するディスペルの魔法に特化した覇紋だから、スペルシールドはすぐに消えてしまって使いにくい。

 それでも自分で解除する必要もなく次の行動に移れるのは利点だと言える。


「真似すんじゃねーよ」


「真似じゃない。最初から持ってた」


 こんなやり取りがあったのは言うまでもない。

 早く続きを始めたいと思いながらまわりを眺めていたら、今日は見慣れぬメンバーがいることに気が付いた。

 綺麗な青く光る黒髪の、和風な女の子がAクラスの奴に回復魔法を使っている。

 Aクラスの近藤と芹沢がやりあっていて、その芹沢の方に回復魔法を使っていた。


 いつもと違って近藤は、サメ肌のようなザラついた刀身の日本刀を使用している。

 芹沢の方は金属の装備まで着ているのに、切り裂かれて血を流していた。


「ふむ、やはり練習で使うようなものではないか。もう少し慣れておきたかったが、攻撃力が高すぎるようだ。ちょっと休憩にしよう」


 近藤はしたり顔でそんなことを言う。

 切られた芹沢は顔面蒼白となっていて、なにかデバフでも入れられたか、まるで血でも抜かれたような顔をしている。

 どうやら新しい武器を試すために、回復用の生徒を連れてきたようだ。


 もはや貴族とあっては、いくら教師でも口出しできないらしく、好き勝手にふるまってる。

 和風美少女は戦いが終わったことに胸をなでおろすと、周囲を見回し始めて、俺と目が合った。

 なんだ、と思っているうちに、彼女は俺の方にやってくる。


「あの、ぶしつけな質問で申し訳ありません」


 と前置きしてから彼女は言った。


「どうしてあなたは斎藤さんとペアを組んでいるのでしょうか。その、けして斎藤さんが弱いとかいう事ではないのですが、あなたなら近藤さんか芹沢さんとペアを組むのが適切だと思うのです」


 どこかで見た顔だなと考えていたが、不意に心当たりに思いあたった。


「あ~、売店の売り子か」


「あっ、はい。申し遅れました。私は西園寺りんと申します」


 西園寺は丁寧にお辞儀しながら言った。


「売店で得た情報は洩らさないで欲しいね」


「そ、そうですよね。出過ぎたことを言って申し訳ありませんでした。けっして悪気はないので、お許しください」


 Aクラスの徽章をつけているわりに、物腰の穏やかな少女である。


「それに店に売ったものだけじゃ、強さまではわからないだろ」


「ええ、それはそうなんですけど、どこの階層にどのくらい籠っていられたのかはわかります。それに高杉さんは受け取ったお金を、確認もせず、そのままお財布に入れておられました。つまりはソロということではないでしょうか。ソロであの階層にあれほど籠っていられて、しかも討伐のスピードも考えると、大体の強さは想像できてしまいます」


 いくら何でも詳し過ぎる。

 なぜ魔石を見ただけで階層までわかってしまうのだ。

 研究所の奴らにバレるのならまだしも、こんな一般の生徒に尻尾を掴まれることになるとは思わなかった。


「見栄を張るために魔石を街で買ってきたとは考えられないか。もしくは溜め込んでから売っていたとか」


「その可能性もあるでしょうけど、目も合わせない私に見栄を張る意味はないように思います。私は父の強い勧めで、この桜華中学に入りました。将来は家業を継いで、ダンジョンアイテムの販売店をやりたいと思っています。こう見えてアイテムには詳しいのですよ。人を見抜く目こそ養いなさいと、父にはよく言われてきました。確証はありませんが、その私から見て、高杉さんには何かがあるように思えてなりません」


 そりゃそうだ。

 攻略本を持ってるしな。

 まさか俺が今まで倒した魔物を、買い取った魔石の大きさから、すべて把握しているとでもいうのだろうか。


 そこまで知られているのなら、なにかに感づかれてもおかしくない。

 感づかれたからには始末したいところだが、あいにく俺にはそんな選択肢がない。

 一体どうやって対処したものだろう。


「おい、西園寺。そろそろ始めるぞ」


「あ、はい。呼ばれてしまいましたので、もういきますね」


 俺の方も斎藤が復活したので、問題は棚上げして続きを始めるとするか。

 召喚の関係でMPはあまり使えないが、もはやそんな必要もないほどだ。

 そんなふうに余裕をかましていたら、芹沢が復活しなかったのか近藤からお声がかかった。


「お前は回復魔法が使えたな。ちょうどいい。相手をしろ」


「そっちが真剣を使うなら、俺も使うぞ」


「好きにしろ」



虎徹(A)

 ダメージの30%HP吸収 ダメージ炎属性化 追加ダメージ+120

 Aレアの確定入手武器の中では殴り合い最強の武器。

 ノワールの敷地内の祠に隠されている。

 正規ルートでは手に入れた時点で微妙に使えなくなっている不遇な武器。

 二週目専用か。



 立ち会ってみると、近藤はかなりのスピードで斬撃を放ってきた。

 簡単に左腕を斬りつけられる。

 このスピードからみて、かなり純粋な物理攻撃職らしい。

 俺が足元にボルトスパークを放つと、下がりながらポーションを使っている。

 訓練でそんなものまで使うのかと呆れるが、万が一にも負けは許されないのだろう。


「たしかに厄介な魔法だ。斎藤が苦戦するのもわかる。どうも威力が高すぎるな」


 頭の中のステータス表示に、出血のアイコンが出ているのを確認した。

 ただの持続ダメージであるらしい。

 となればと再生のリングを装備してみたら、出血のアイコンは消えてしまった。


 レア武器とは言っても、高校生が手に入れられるのはそんなものか。

 ボルトスパークで回復魔法を使ってくれるなら、その隙に攻撃していれば終わりだ。

 余裕をかましているところ悪いが、俺は勝てると確信して手を抜くことにした。


 そこからの俺は剣だけの戦いを挑むが、やはりまだ純近接職に剣だけで勝つのは難しかった。

 しかも、こいつの刀には詠唱破棄まで付いているらしく、超近距離で粘着されていると無詠唱のヒールすら何度か妨害された。


 詠唱妨害系は魔法耐性でも防ぐことができない。

 だから、敏捷で回避するくらいしか対策がとれない厄介な付加効果だ。


「なかなかやるようだな。どうやって手に入れたのか知らないが武器もいい。だがMPの管理ができていない。それに剣士としてのステータスも足りていないな」


 最後に近藤はそう言った。

 まさか俺が手を抜いているとは思うまい。

 俺が魔法を使わなかったのを、MP切れを恐れてのものだと思ったらしい。

 ところが俺は召喚を維持しながらでも魔法を使うのは難しくはなかった。


 とはいえ、こんな戦い方もあるのなら、早いところラピッドキャストが欲しくなる。

 回復魔法が使える優位が、武器一つでひっくり返されかねない。

 なかなか参考にはなった。

 防戦一方だったとはいえ、魔法ありならAクラスはもう敵ではないようだ。


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