第17話 カエル落とし
授業が終わると、昼休みになったので食堂に向かう。
アジフライ定食ときつねうどんを注文して席に着いたら、花ケ崎が取り巻きを連れて隣の席にやってきた。
なにをされるのだろうと戦々恐々としていたら、いきなり手を伸ばしてきたので身構える。
「ごみが付いているわよ。そんなに怖がることないでしょう。昨日は、あなたにどうやって復讐するか考えて眠れなかったのだけれど、うまくいっていたことに気が付いてからは考えてないわ」
そこで俺の耳に口を寄せていった。
「ちゃんとクラスが増えていたのよ」
「よかったな」
「あれはいったいどういう原理なのかしら」
花ケ崎は不思議そうな顔をしてみせた。
悪魔と性的な交わりを持ったなんて教えたら、花ケ崎が信心深いタイプだった場合、恐ろしいことになりそうな予感がする。
とても説明することはできない。
「説明はできない」
花ケ崎はそうなのといって、カニクリームコロッケ定食を食べ始めた。
金満な学園だから学食のメニューも美味しいが、貴族が食べているのは見たことがない。
花ケ崎も今日が初めてだろう。
「それで、花様はレベル10になられたんでしょう。さすがですわね」
取り巻きの一人がヨイショするように、そんなことを言った。
彼女たちはさっきから、俺にドブネズミを見るような視線を向けている。
暗に近寄るなと言いたいのだろうが、別に俺の方から近寄ったわけではない。
「そうなの。ダンジョンダイブの授業で調子が良かったのよね」
「4層の奥に挑戦されたのですってね。あの一条たちですらまだ4層には手をこまねいているというのに勇敢だわ」
「勇敢なもんか。そいつは後ろで遊んでただけだ。ほとんど俺が倒した」
よせばいいのに、つい俺はそんなことを言ってしまった。
空気がこれ以上ないくらいキンキンに冷え込んだのを感じる。
「それは冗談のつもりかしら。キモイわ。話に割り込まないで頂戴」
眼つきの悪い金髪カールが、びっくりするほど冷酷な目で俺のことを睨みつけた。
よくそれほど嫌な顔を人様に向けられるものだと思う。
金髪カールは表情を取り繕うと続けて言った。
「いくら憐れだとしても、こんな雑魚を花様が面倒みる必要なんて、ないのではないですか」
「意外と本当のことを言っているのかもしれないわよ」
花ケ崎のその言葉を冗談だとでも思ったのか、取り巻きたちが笑う。
本気で笑っていたわけではないのか、急に笑うのをやめて真顔になった金髪カールが言った。
「そろそろ自分の才能のなさを悟って、学園をおやめになったらどうなの。お前のような才能無きものがいるせいで花様が苦労されているのよ」
「馬鹿馬鹿しくて、お前とは話をする気も起きない」
下だと思っていた奴になめた口をきかれて気分を害したのか、金髪カールはテラスに行きましょうと、まわりの取り巻きを誘って行ってしまった。
たぶん喫茶店のテラス席の事だろうと思われる。
あのあたりは上流階級の女子たちがよく集まっているのを見ている。
「それでね、お礼がしたいのだけど、なにか望みはあるかしら」
一人だけ残った花ケ崎が言った。
花ケ崎はアイテムボックスから天使の杖というアイテムを取り出して見せた。
なんだか高そうな杖だから、これもまたAレアかBレアくらいのものなのだろうが、俺もAレアの虎徹を手に入れたのでうらやましいとは思わない。
28層程度の攻略階層では、ユニークやSSSはおろかSやAクラスのレアさえほとんど出ていないだろう。
もちろん、ドロップアイテムにどんなエンチャントが付いているかは運なので、それに匹敵するようなものがないとも言い切れないのが怖いところだ。
ハクスラ要素もこのゲームの売りで、出たアイテムはオンラインで売り買いもできたそうである。
「私には見込みがあると言って、お父様が買ってくださったのよ。今日の朝、届けられたの。だから遠慮はいらないわ」
変な形の杖に頬ずりしながら花ケ崎が言った。
こんなに機嫌を良くしている彼女は見たことがない。
「よかったな。だけど礼なんかいらない」
「そうはいかないわ。貴族というのはメンツを大切にする文化があるのよ。お礼をしないなんてわけにはいかないわ」
「ふん、じゃあ幽鬼族の召喚契約書がほしいね。幽鬼のコインでもいい」
「とんでもないものを要求するわね。たしか、デーモンの契約書なら実家の蔵にあったかもしれないけれど、それじゃ嫌なんでしょう。でも、コインくらいなら、私のお小遣いでも買ってあげられるかしら」
コインは7層でも落ちるのだが、あいにく誰も行かない階層なので街でも売りがなかった。
現在77枚まで集まっているので、あと23枚必要なのだ。
本当にそんなものを手に入れられるのだろうかと思っていたら、花ケ崎は思いもかけない方法で、それを手に入れるようだった。
端末を取り出してポチポチやってから、花ケ崎は言った。
「一枚100円程度なのね。このくらいならいいわ。いくつ必要なのかしら」
どうやらネットのオークションサイトを利用して手に入れるらしい。
ダンジョン産のオークションなんて身分証明が必要だし、学生の身分では手に入らない。
もし出品したいものがあったら、購買部に頼んで出品してもらうしかない。
「23枚欲しい」
「……まあ、いいでしょう。そのくらいはお世話になってるものね。でも、よりによって幽鬼とはね」
なんという棚ぼただろうか。
残りをどうやって集めるか、ずっと思案していたのだ。
これ以上は、ビルドの都合上もあってビショップのままでいられなかった。
ビショップのままレベルが上がってしまえば計画自体が狂ってしまう。
ソロ攻略ということもあって、経験値の効率が良すぎた結果、ドロップアイテムの必要枚数が集められていなかったのだ。
「本当に助かるよ」
「いいわ。でも、こんなもの何にするのよ」
「秘密だ」
幽鬼族の召喚契約書は軽く5万円はするから、100円でコインを買えるなら無限にお金稼ぎができることになる。
契約書自体はボスしか落とさないが、コイン100枚と交換する方法もあるのだ。
俺は急いでオークションサイトを開いた。
しかし、売りに出されていたものは花ヶ崎が次々と落札してしまっていて、残されたものは数枚しかない。
花ケ崎が落札しているものも、かなり古くから売れ残っていたようなものばかりで、出品の日付はかなり古い。
オークションの期間が過ぎて、最低落札価格のまま残っていたものばかりだ。
他のコインに関しては出回ってる数が多すぎて、売りにすら出ていないような感じだった。
このコインは隠し祭壇に捧げれば契約書に変わる。
心配事もなくなったので、早いとこ次のレベル上げを開始しよう。
授業が終わったら煙玉を大量に買い込んで、12層を目指す。
12層に入ったら、階段ではなく、ひたすら攻略法が使えるマイナーポイントを目指した。
別名カエル落としというレベルのあげ方を試してみる。
12階層は渓谷のように切り立った地形で、崖の向こう側にいる敵を魔法で釣って、崖っぷちに煙玉を炊いておくとそのまま落ちていくというものだ。
雷撃の覇紋は成長して、範囲魔法のボルトスパークまで使えるようになっている。
こいつを崖っぷちの煙めがけて放つだけだ。
カエル落としができるポイントはいくつかあるが、攻略本に③と記されたボスの出る場所が一級ポイントである。
周りに人がいないような奥地だし、ここなら邪魔が入ることもないはずだった。
案の定、到着しても、まわりにはひとっ子一人いない。
モンスターは人間を見つけると、興奮して何も考えずに向かってくる。
だから地形に引っかからないようにうまく誘導してやる必要があった。
カエルというのは見た目が似ているだけで、モーランという正式名称がある。
始めてみると意外と退屈な作業で、すぐに俺は寝転がりながらやるようになった。
さすが攻略本が推奨するポイントだけあって、俺の方には敵がやってくる気配すらない。
そのくせ崖の向こうの広場には、敵がかなりの数で湧き続けてくれる。
そいつらはポップして10秒もしないうちに谷底へと吸い込まれていった。
一回だけキングモーランの雷撃系最高魔法であるボルテガをまともに食らって、危うく死にかけるということもあった。
痺れて動けないうちに連続して魔法が飛んできていたら、間違いなくあの世行きだった。
だから、それからは地形の突起に隠れてやることにした。
煙玉が残っているうちに切り上げて、谷底に降りてアイテムを回収する。
再生のリング
HPリジェネ HP+200 ダメージ軽減+9
HP回復を強化してくれるリング。
割合回復のリジェネはHPが伸びたあとで真の効果を発揮する。
HP特化型にすれば、毎分200回復も夢ではない。
カエル落としで簡単に量産できるため、是非とも入手しておきたい。
悪くはないが古代のリングから変えるほどではない。
命がかかっている以上は、HPを強化してくれる装備が何よりも優先される。
攻略本の評価は高いので、一応、今回出たものだけは売らずにとっておくことにする。
外に出たら、さすがに12階で出たものをそのまま購買に売るのもためらわれて、街に出てアイテムを売ろうかとも考えた。
外で売れば税金がかかるが、購買部に売ると研究所に情報を抜かれているのが確実なので売りたくはない。
しかし、ステータスの情報はすでに抜かれているのだから、今さらという感じもする。
まあいい、いちいち街までなんて下りていられるかと、俺は購買に乗り込むことにした。
業者が扱うような量の魔石を売りに出したが、金額自体はさほどでもなかった。
アイテムを売ったら、遅めの夕食を食べて寮の部屋に戻る。
寮の窓から見える、学園の外にあるダンジョンの入り口まわりには、高級車がやたらと並んでいた。
ダンジョン内で何かイベントでもあるのだろうか。
そういえば一条にストーリーの進行具合を確認しなければならないのだったと考えていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。
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