第16話 29層


 嫌だと思いつつも、翌日も真面目に登校する。

 授業がめんどくさいのだが、ダンジョンに関する授業は思いのほかためになる。

 攻略本の記述にずれが見えてきたこともあるし、そろそろ主人公がどのくらいまでストーリーを動かしたのか、探りを入れてみた方がいい時期かもしれない。


 Cクラスを倒したことで、ストーリーが進むフラグはすでに立っている。

 ダンジョンダイブ明けの教室は、クラスメイトが探索の話で盛り上がっていた。

 楽しそうではあるが、すでに花ケ崎に感づかれつつあるので距離感は必要だ。

 そんなことをぼんやり考えながら窓の外を見ていたら、華やかな声が聞こえてきた。


「貴志、うまくいったわよ。ちゃんと増えていたの!」


 初めて見たというくらいの笑顔を振りまきながら、自分の席に鞄だけおいた花ケ崎がこちらに向かってくる。

 笑顔なだけあって、顔だけはため息が出るほど綺麗だ。


「そうか。よかったな」


 いきなり教室の中で下の名前など呼ぶなと言いたかったが、持ち前の忍耐力を発揮してそつのない返事を返した。


「例のあれ、本当に効果があったのよ」


 あろうことか、急に耳打ちをするように顔を近づけてきて、小声になりながらそんなことを言う。

 息がかかって、俺はどぎまぎしながら視線をさ迷わせた。


「わかったから、二度と教室内で俺に話しかけるな」


 クラス内のヘイトを俺に向けたくて、わざとやっているのではないのかというような暴挙だ。

 まわりのことなど視界に入っていないのか、花ケ崎にはそれを気にする様子がない。

 さらに顔を近づけてきて、耳打ちするように言った。


「なんとお礼を言ったらいいのかしら。この恩は必ず返すから」


 あまりの暴挙に、俺の方も頭に血が登る。


「黙れ。さっさと自分の席に戻らないと、レイプして山に捨ててくるぞ」


 血管が切れてしまいそうなくらい血圧が上がっていた。

 ご機嫌な花ケ崎はそれで自分の席に帰って行ったが、残された俺は針のムシロだ。

 どうして俺は教室内でこんなに浮いているのだろうか。

 前からこうではなかったはずである。


 いつもなら自分の召喚獣を自慢しているような女子ですら、今日はそれをやらない。

 いつもならスキルや魔法を見せびらかすように発動させている奴らすら、なにやらヒソヒソと声を潜めて話している。


 取り入りやがったというのが大方の評価らしい。

 別に俺は貴族の子飼いになどなりたくはない。

 軍よりも待遇はいいらしいが、それだけ危険のある仕事ということだ。

 なにせどこのギルドも29層の攻略を目標に掲げているからな。


 ダンジョンは9層19層29層などにボスがいて、現在は29層のボスを倒すために18層での熾烈な縄張り争いが繰り広げられている。

 20階層台は、敵がデバフに特化しているので避けられているのが理由らしい。

 そのせいで29層のボス攻略が行き詰っている。


 ボスを倒すと30層まで転移できるテレポートの指輪が手に入るため、29階の攻略は重要な意味を持っている。

 このキーパーボスという特別強いボスを倒さないと、それ以降の階層には進めない。


 日本以外で30層以下の階層しか攻略できていない国は少なく、このままダンジョン開発で後れを取れない日本政府は、29層のキーパー討伐に莫大な賞金を懸けた。

 討伐したギルド員に貴族の爵位と、永久的な免税を約束している。


 もしボスを討伐するギルドが現れれば、38層までの攻略が一気に進むだろう。

 基本的に外国籍のダンジョン入坑は許可されていないから、海外から有力な探索者を連れてくることもできない。


 そういった事情もあって、効率のいい階層での争いが火種になって、大きな抗争に発展するのだ。

 しかしそれは攻略組トップの話であって、小競り合いが激しいのはどこも一緒である。

 8階層までは学園の生徒が激しく争い、10~15までは正式なギルドと認められたばかりの下部組織が争っている。

 東京だけでなく、関西にある坂東学園ダンジョン、九州にある熊本ダンジョンあたりも、東京を追い抜こうと必死に攻略中だから内情は同じようなものだ。


「今日の授業では29層攻略の実際の映像を見せる。TVでよく流れるからみなも知っている19層ではない。一般に知られているのは19層攻略の動画だが、失敗の情報も知っておいた方がいいからな」


 10年ほど前の映像だろうか。

 前衛らしき8人は全員が蒼いリングを装備し、大きな盾を持っている。

 武器はダンジョン産の片手剣で、アンデッド特攻のあるエンチャント武器だ。

 後衛は撮影者を含めて20人以上の回復魔法特化が集められているらしい。

 29層のボスはヴァンパイアで、聖魔法の特攻が効く。


 画面からでも伝わってくる息を呑むような緊張感に、教室内は静まり返っていた。

 いくらなんでも狭いボス部屋に人数を詰め込み過ぎていて、これでは身動きが取れない。

 答えを知っている俺としては、すでに嫌な予感がしていた。

 すぐに幽鬼の馬にまたがり、巨大な大剣を持ったヴァンパイアが現れる。

 前衛8人は恐れもなく踏み込んでいき、横薙ぎのスキルによる攻撃を盾で受ける。


 さすがにボス戦でパリィを狙うような冒険はしていない。

 前衛ががっちり取り囲んだら、後衛が魔法を放って攻撃する。

 後衛の火力が強力すぎて、飛び交う魔法の数が尋常ではない。

 エフェクトで何も見えなくなるほどの魔法を浴びせていたら、ボスのHPが半分を切って、眷属召喚が始まった。


 呼び出されたのは10体ほどのスケルトンロードで、そいつらが一斉に後衛職が陣取る中に放たれた。

 隙間がないために、変なところで強制ポップしてしまったのだろう。

 スケルトンロードは魔法に耐性が高く、素早く、最初に攻撃をした一人に全員がヘイトを向ける。


 正解は、物理に耐性の高い召喚を囮にするか、敏捷で勝るやつに引きまわさせるかだ。

 しかし少ない試行回数ではそれもわからないのだろう。

 自由に位置取りを変えるスペースすらないのに、引き回すような芸当は不可能だった。

 前衛の誰もがヘイトを取れずにいたら、回復魔法を使った後衛にヘイトが向かった。


 崩され始めたら早かった。

 後衛は一人ずつ落とされ、後衛を助けに向かおうとヴァンパイアに背中を向けた前衛は横薙ぎの強烈な攻撃を貰ってしまう。

 ヒーラーはヘイトを恐れて魔法が使えない。

 狭いボス部屋に人数を入れ過ぎたせいで、逃げる場所もなく数を減らされ始めた。


 生き残ったのはわずか数人で、10人以上をボス部屋に残しての撤退である。

 よく見れば参加したメンバーには、全員の装備に六文銭の家紋が入っていた。

 あの三途の川の渡し賃である六文銭は、真田家の家紋のはずだ。

 であれば、現在でもトップの攻略ギルドである真田家が抱えるギルド六文銭の攻略であったらしい。


「新層攻略は探索の花ではあるが、それには事前の準備に全てをかけなければならない。みんなの中にも新層に挑む者がいるかもしれないが、その時に思い残しがあるようでは足を引っ張ることになる」


 教室内は重苦しい空気に包まれるが、探索者をやる以上はミス一つで死ぬのもあたり前だと言い聞かされている。

 だからこそ、そんな状況でボスに挑むなんて、狂気の沙汰とも思えた。

 あんな初見殺しでしかないギミックを持つボスに、なんの情報もなく挑むなんて、まともな神経ではまず無理だろう。


 いくら死と隣り合わせの探索者だと言っても、あそこまで無謀なことは普通考えない。

 ほとんどは10階層以下でレベルをあげて、軍にでも就職するのをよしとする生徒が多いのではないかと思う。

 新村教諭が動画の戦い方を解説してくれるが、俺にはどうもステータスが足りていないのではないかと思える。


 そもそも29層のボスに挑戦するのに、トップギルドが18層くらいでレベル上げをしているというのがおかしい。

 いくら20層台ではステータス異常が大変だとしても、効率が違いすぎる。

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