第15話 街
やっとのことで地上まで戻って来て、久しぶりの太陽の光を浴びながら伸びをする。
花ケ崎に脅されたせいで、さっきから気分が落ち着かない。
まあいい、気を取り直して街に出るとしよう。
とりあえず素材アイテムを学園の購買に売り払って、その後でクリーニングに出していた制服を受け取ったらシャワーを浴びて、寮の自室に戻ってから普段着に着替えた。
ダンジョンダイブの三日間は食堂も閉まっているから、街に出たら牛丼チェーンに入って食事を済ませる。
二日ぶりの米が美味しくて大盛を二杯も食べてしまった。
街の感じは、もとの世界とそれほど相違もなく、ほとんど間違い探しのような感じではあるが、武器を持ち歩いてる人が平然と通りにいるのには驚いた。
街役場の看板には、ようこそダンジョンの街へと書かれている。
あとはギルド○○本部といったような、ヤクザ事務所みたいな建物が目立つくらいか。
駐車場付きで、ちょっと尋常ではないくらいの金回りの良さを感じさせる車が並んでいる。
ダンジョンの攻略情報であれば、動画であれ何であれ金に換えられる世界だ。
じろじろ見ていたら、ひときわ大きな事務所の前に立っていた女性に睨まれる。
ギルドノワールとあるので、あの有名な伊集院響子の所属するギルドだろう。
街に来たので、まずはこのギルドハウス街でアイテム拾いを敢行する。
いいものが落ちていそうだが、ゲーム開始直後なので大したものは手に入らない。
おかしなことに、今回は攻略本の通りにアイテムが落ちていなかった。
まさか一条の対決イベントを助けたことで、すでにシナリオが書き変わってしまったのだろうか。
もしくは、NPCが勝手に動き回るようになってしまった弊害か。
それにしては落ちているアイテムなんかが変わるというのもおかしい。
どれも普通の人間に発見できるような感じでもないのだ。
そのあとは泥棒市と呼ばれる、闇市が並んだ通りに向かった。
そこで道端にブルーシートを広げている男から、誰かの遺品だと思われる短剣を買った。
そして表通りの骨とう品をあつかう店から、ダンジョン産だという金庫のような箱を買う。
さっきの短剣は、この箱を開けるための鍵になっている。
こんなもの攻略本なしには見つけることなど不可能だ。
短剣の柄に彫刻されたヒントのようなものがあるにはあるが、普通は気が付かない。
開けてしまったらもう用はないので、中身のネックレスだけ取り出して、箱と短剣は闇市で売ってしまう。
闇市に来て思い出したが、ダンジョン内には普通に遺品とかも落ちている。
間に合わないのはしょうがないと思うが、助けられるものは出来るだけ遺品になる前に助けてやりたい。
しかし校庭で出くわした、あの魔神のようなものとは今の段階で戦うことはできないのも事実である。
変に動いてしまえば、出会ってはいけないものに出会ってしまう危険はどうしても付きまとう。
あんなものが出てきてしまったら、もはや逃げることもできない。
奴は今でも、学園の生徒の誰かに化けているだろう。
腕力のアミュレット
筋力+20
ゴミみたいなアイテムだが、売れば優に一年は遊んで暮らせるだけの金が手に入る。
これを持ってトレーダーズビルに入り、そこに入っているテナントの店主に交渉を試みた。
「敏捷のアミュレットが欲しいのか。だけど腕力の方が高価だぜ」
「じゃあ、身代わりの指輪もつけてください」
「身代わりの指輪ねえ。ありゃ、気絶ダメージを一回防いでくれるだけだぞ。しかもHP1でだ。ポーションのふたも開かねえうちにまたやられちまうよ。そんなもんでよければつけてやろう。あとはマナポーションを一つつけてやる」
俺はお礼を言って、敏捷のアミュレットと身代わりの指輪、それにマナポーションを一つ受け取った。
50円の短剣と120円の金庫が、2万円分くらいのアイテムに化けた計算である。
この後で占いおばばの店にも行ってみたが、主人公ではない俺の未来は見えなかった。
女の子との好感度もわかるはずだが、それもわからないと言われてしまった。
役に立たないババアだと憤慨しながら店を出たら、次に向かうのは宝探しである。
やってきたのは、さっき下見したギルドノワールの裏手である。
古くは別のギルドだったこの敷地には、幻の刀が祭られている。
ちいさな祠の屋根の部分が開くようになっていて、そこに日本刀が入っているはずだ。
中の様子をうかがうと、特に人の気配はしないので、今の俺の身体能力であれば取って戻るくらいは気付かれずにやれるはずだ。
「ねえ、ちょっといいかしら」
急にうしろから声をかけられて俺は飛び上がった。
振り返った先にいたのは花ケ崎である。
「おどかさないでくれ。なんでお前がここにいるんだ」
まさか俺を捕まえて尋問でもしようというのだろうか。
しかし、それは俺を見くびり過ぎというものだ。
そうなれば俺だって全力で抵抗するのだと考えつつ、アイテムボックスに伸ばした手が空を切った。
そういえば、アイテム拾いをするためにボックスの中身はすべて寮に置いてきたのだ。
しまったなと焦ったが、よく見れば花ヶ崎に剣呑な様子はない。
尋問するとかではなくて、俺の秘密でも探っていたのだろうか。
「なにを焦っているのかしらね。よほど後ろ暗いことをしようとしていたようだわ。忠告しておくけど、そのギルドの敷地内に部外者が入ったら命がないわよ」
どうやらすべて思い過ごしで、ただの忠告であったらしい。
そういえばこいつは、そんなことをするようなキャラではなかった。
「別に入るつもりはない」
「そうかしら。とてもそうは見えなかったけれど」
「誤解だ」
そうは言ってみたが、花ケ崎はそうかしらという顔をしてどこかに行きそうな気配がない。
早くしないとノワールの奴らが探索から帰ってくる時間になってしまう。
そうなれば気付かれずに中に入るなど不可能になる。
「あ、あの、ちょっとあなたにお願いがあるの。喫茶店にでも入りましょう」
「頼み事なら、今ここで言ってくれないか」
俺の言葉に花ケ崎は周りを見回した。
当然ながらこんな場所に近寄るやつはいないから、そこには誰もいない。
逡巡する様子を見せたものの、花ケ崎は意を決したように口を開いた。
「その、あのクラスに就くためには、どうしたらいいのか知りたいのよ」
ずいぶんまどろっこしい言い方をするものだと思ったが、契約魔法に縛られていて、その件に関することはしゃべれないのかもしれない。
「解放条件なら、お前の親父が手に入れたんじゃないのか」
「その、あなたなら近道を知っているような気がするのよね」
ふむ、と俺は考え込んだ。
一番の近道は魔女にクラスチェンジして、クラスレベルを最大まで上げることだ。
もともとアークウィザードなんて中位クラスだから、そんなに難しいことはない。
しかし、魔女にクラスチェンジする条件が偶然を装って解放させられるようなものではなかった。
魔女
MP+200 魔力+80 精神+50
純メイジを育てるなら悪くない選択肢となる。
女キャラを速成して戦力にするためのクラスという側面もある。
代償としてHPの伸びが悪いため、クラスチェンジ可能になったらアークウィザードなどの他クラスに変えないと、キャラクターロストの危険性が高まる。
魔女とは悪魔との性的な交わりにより、魔の力を宿した女性の事。
蛇は悪魔の使いとされるので、神社にある蛇の石像(CG回収ポイント)と性的な交わりを得れば解放される。
「神社にある蛇の石像に跨ってみろ。俺にできるアドバイスはそれだけだ」
かっこつけて言ってみたが、花ケ崎の奴はこの場を立ち去る気配がない。
早くどっかに行ってほしくて危険を承知で話したというのに、なぜ動こうとしないのだろうか。
これはちょっとしゃべり過ぎただろうかと後悔してきた頃、奴は口を開いた。
「もしかして馬鹿にしているのかしら。心配しなくても、ちゃんとお礼は考えているのよ」
「礼なんかいらない。騙されたと思って試してみろ」
まだ納得していない様子だったが、それでやっと花ケ崎が消えてくれたので、俺は素早く忍び込んで祠の屋根に隠された日本刀を探す。
祠の屋根は思ったよりも簡単に開いて、ボロボロの油紙に包まれた日本刀が姿を現した。
気配に気付かれたのか、誰かがやってくる足音がしたので、俺は日本刀をひっつかんで、急いで祠の屋根を戻した。
その音を聞かれたのか足音が早まり、俺は一番近くの生け垣を飛び越えた。
着地と同時に全力で駆ける。
そして曲がり角を不規則に曲がりながら走れるだけ走った。
追手がかかっていないことを確認しながら、俺は徐々に速度を落とした。
手にはしっかりと一振りの日本刀が握られている。
これは虎徹という、本来ならノワールに入団してから手に入れるのが正規ルートである武器だ。
ゲームと同じく、知ってさえいれば入手は可能な、二週目以降用の武器だった。
こんなことで、なんだかやたらと疲れた気がする。
やはり見張りに立っていたのは、気配察知系のスキルを持ったローグだった。
これ以上、街の探索をする気にもなれない。
休憩がてらに花ケ崎の様子でも見に行ってみるかと、俺は神社のある方へと向かった。
街はずれの鬱蒼とした森の中に、神社へと続く階段が伸びており、それを登っていくと思ったよりも大きな蛇に跨った花ケ崎を見つけた。
日本昔話のアニメで見た、でんでん太鼓を持ったアレのようだ。
「騙したのね」
さてどうしたものかと首をひねる。
どうやって上ったのか知らないが、けっこう高い位置に花ケ崎は跨っている。
「人を疑うばかりじゃなく、もうちょっと工夫してみたらどうなんだ」
とりあえず俺は花ケ崎の足を引っ張ってみる。
「きゃあっ、ちょ、ちょっと、よしなさいよ!」
ふむ、これはちょっとやそっとじゃ条件を満たせないような気がする。
花ケ崎は天真爛漫な雰囲気だから、どうも性的なものとはほど遠い感じがしてしまう。
このまま放っておくにも、罰当たりすぎて神主にでも見つかればすぐに降ろされてしまうだろう。
「おい、暴れるなよ」
花ケ崎が暴れて蹴ってくるので、足を引っ張って刺激を与える作戦はやめる。
顔を蹴られてまで、こんな奴の助けをするのは御免だ。
「無茶を言わないで。危ないじゃないの」
勘違いされて警察を呼ばれても困るし、これ以上俺にできることはないように思えた。
ふと閃いて、さっき手に入れた刀の鞘で腰のあたりを押してみようと考えた。
「ひゃっ」
鞘が触れたとたんに、花ケ崎はビクンと震えながら短い悲鳴を上げる。
ふり向いた花ケ崎の足が開いて、見えてはいけない白いものが少し見えた。
俺は急いで視線を逸らした。
「まっ……」
「わ、悪い。ちょっとだけ見えた」
白いなにかが、ちらりと見えてしまったのは事実である。
動体視力が上がっているせいで、思ったよりも鮮明な映像が頭の中に残っている。
「もういい」
そう言って、花ケ崎は下に飛び降りると、急に真顔になって、もう帰ると言い出した。
ガードの硬い花ケ崎がこうなるとは、CG回収ポイントとやらには恐れ入る。
きっと何らかの魔力が働いているのだろう。
「一回であきらめるなよ。魔女のクラスが解放されたら、それをクラスレベル10まで上げるんだ。そうすればアークウィザードは解放される」
そう言った俺を、花ケ崎がじっとりとした目で睨んでくる。
無言で俺を睨みつけながら距離を詰めてくるので、俺は思わず後ずさった。
氷の女王と呼ばれるだけあって、無表情になった時の冷たい迫力はさすがのものがある。
俺が圧力に負けて視線を逸らすと、花ケ崎は何も言わずに帰っていった。
さて、このあと俺はどうすべきだろうか。
召喚魔法の契約は急務だが、どちらにしろお金が足りないから下見だけして寮に帰ることにしよう。
金策をしたいが、このゲームには金策クエストのようなものはない。
かなり高度な市場経済が実装されているそうなので、同じアイテムばかりを売りに出すのも価格を下落させてしまう。
それでも魔石だけは買取価格が安定しているので、それを利用するのが一般的である。
拾ったマナポーションを売るのもいい金策になるが、俺はレベル上げを優先して全部使ってしまった。
とりあえず、野太刀や打ち刀など売れるものは売ってしまおう。
アイテムも整理して、必要なさそうなものは売ってしまうことにする。
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